第二十節.過去と今
遍と関わり始めて一ヶ月。彼の成長速度は、目を見張るものだった。術式を持たず、己の信念と努力のみでクラス最下位付近から中間層まで上り詰めた。このまま成長すれば、クラス上位——果ては執行官の中でも上位に食い込むだろう。
普通なら喜ぶべきことだ。
でも、俺の中に生まれる感情は焦燥。
その感情が生まれる原因を、俺は知っている。それは、恐怖だ。
感情じゃなく、本能から生じる感情。
感情を消し去る術は知っている。それは、遍に勝つということだ。圧倒的、完膚なきまでの差を見せつけて。
でも、俺にはできる自信がない。それ以上に、そんなことをしたところで何の解決にもなっていない。
「……くっそ!」
無機質な廊下に、鈍い音が響く。
止まっている成長、追い越されてしまうという恐怖。数えればキリがないこの感情。
「おーい、西園寺」
背後から聞こえる、聞き覚えのある野太い声。
思わず振り返るとそこには——。
「宇井、雁亜……准特務執行官」
「よっ、久しぶりだな」
◇三ヶ月前
「彼、どうしますか。このままでは、白黎院では抱えていられませんよ」
「えぇ、直近一年での彼が起こした問題は五十七件。そのうちの約半数以上が魔術行使による傷害。しかも二件に至っては被害者は死亡している」
白黎院の会議室。幹部五名と院長による会議が行われていた。
議題は、院生の少年——西園寺桐凪の素行不良の処遇だ。
「でも、彼の過去は他の院生と比べても特殊だ」
「それはそうだが、他の院生にも実害が出ている。特殊という言葉で一括りにするのは違うぞ」
西園寺桐凪、彼は人生の大半を魔術犯罪と共に過ごした。物心つく前からの、父親による教育虐待。そして、その父親の魔術犯罪の幇助。
十歳にして、父親を殺害し魔術の腕を買われ巨大犯罪組織『荊』に所属。
そして、去年。大規模な『荊』掃討作戦にて部隊指揮を執る宇井准特務執行官に救出され現在に至る。
「宇井准特務による更生プログラムとはいえ、我々では対処しきれないぞ」
「院長、どうされますか」
「一度、公安と宇井准特務執行官に連絡をする。それまで、西園寺桐凪は他の院生からは隔離するように」
「「「「「はっ!」」」」」
◆
「宇井准特務執行官、彼は危険ですので気をつけて」
「わかっている、大丈夫だ」
無機質な階段を下っていく。
「誰だよ、さっさとここから出せ!お前ら全員ブチ殺すぞ!」
薄暗い部屋。鉄格子越しに見えるのは、一年前に救出した少年だ。
あの頃と変わらない、他人を警戒する目。この一年の彼の生活が嫌でも想像できてしまう。
「久しぶりだな、西園寺。覚えてるか、私のこと」
「あぁ?おっさんの顔なんていちいち覚えてねえよ、さっさとここから出せ!」
ゆっくりと、彼の目の前まで歩み寄り目線の高さを合わせる。
綺麗な、真紅の瞳をまっすぐと見つめ声を出す。
「ここから、出たいか」
「……当たり前だろ!」
「そうか、西園寺。君には今二つの選択肢がある」
彼の目の前に人差し指を立てる。
「一つ、このまま白黎院を退院する。そして、お前を深淵監獄要塞に送る」
「……は?」
「当然だろう、ここでの度重なる問題行動。しかもその内容は傷害と殺人だ」
「何が、『出たいか』だ!結局は、同じところだろ!」
ヒートアップする西園寺。
臆さずに、そのまま人差し指と中指でピースサインを作り話を続ける。
「話を最後まで聞くんだ。二つ目、これが本題だ。白黎院を卒院し、二年飛び級で白黎修練院に入れ」
目を丸くす」る西園寺。
その表情は、困惑、疑念、さまざまな感情がこもっていた。
「……お前、それ本気かよ」
「だが、条件付きだ。三件以上の問題行動を起こしたら即監獄行き、殺人ならその場でお前を殺す。それだけじゃない、無事修練院を卒院した後も二年は私の班に所属してもらう。これが条件だ」
「俺は、人殺しなんだぞ」
「あぁ、知っている」
それでも私は、彼を諦めたくないのだ。
まだ十六歳の少年。魔術によって、人生の大半を薄汚れた世界で過ごした彼に色々な世界を知って欲しい、と。
「……少し、時間をくれ。考えたい」
「あぁ、わかった。二日後にくる、それまでに答えを出せ」
◆
「よう、おっさん」
「今日は、騒がないんだな」
「うるせえよ」
二日前までは私が何を言っても噛みつき、騒いでいたのにも関わらず今日は大人しい。彼の落ち着いた目を見るに、答えは決まったのだろう。
「早速本題だ。どうしたい、西園寺」
「俺は、修練院に入る」
まっすぐと、俺の目を見つめる彼の視線。
その目に迷いはなく、腹を括った様子だった。
「そうか、西園寺」
鉄格子の間から、腕を入れる。
「なんだよ、おっさん」
「いいから、握手だ」
「はぁっ?何だよそれ!」
「いいから、早くしろ」
不満そうに、けれどどこか安心するかのように優しく私の手を握る少年。
「よろしくな、西園寺。私の名前は、宇井雁亜。准特務執行官だ」
◇
「久しぶりだな、おっさん」
「相変わらず、元気そうだな」
二ヶ月ほど前と何ら変わらない姿に、どこか安心する。
とはいえ彼は、現状『最も特務に近い執行官』と呼ばれるくらいの手馴れだ。心配の必要はないだろう。
「二ヶ月、案外楽しかったんじゃないか?」
「そんなことねえよ、どいつもこいつもザコばかりで嫌気がさす」
「まあまあ、そんなこと言うな。この時間までいるってことは、なんかしてたんだろ。友達か?」
相変わらず、鋭い。
「ちげえよ」
「じゃあなんだ、教官に怒られてたのか?」
「そんなわけねえだろ!」
「そうか……お前、随分丸くなったなあ」
「どういうことだよ」
「なんというか、棘がなくなったか?まだ口は悪いが、それでも二ヶ月前とは大違いだ」
棘がなくなった、か。
確かに、今まであったような他者への不信感。無性に物に当たりたくなるといったことは少なくなった。そういう意味で言ったら、確かに俺は丸くなったのだろう。
「そうかよ、言っとけ」
「まあそういうことだ、きっとお前が気づいてないだけで多くのものを得たんだろうな」
「何言ってんだよ」
「それじゃあな、西園寺。またどっかで会おう!」
そう言い残し去っていく宇井雁亜。
彼の大きな背中も、すぐに夜の闇の中へと消えていった。
「俺が気付いていないもの、か」
待てよ、そういうことか——?
◇一週間後
結局、あの日から西園寺くんとは放課後の手合わせはできていない。
どうやら、僕は避けられてしまっているようだ。目も合わないし、ちょっとでも近づこうとすればすぐにどこかへ行ってしまう。端的に言って、腹立たしい。
今の彼は、現状の焦りから逃げているようにしか見えない。
僕だって彼に対して思っていることを伝えたい。それなのに、話すことすらできないだなんて許せない。
一度会って話したいし、叶うなら剣を交えたい。
そんなことを考えながら、誰もいない訓練場で一人。剣を振っていた。
「おい」
ドアが乱暴に開かれたと思ったら、見覚えのある顔が見えた。
「西園寺、くん……?」
「よう、久しぶりだな」




