第十九節.焦燥
修練院に入ってはや二ヶ月。
卒院まで、あと二ヶ月だ。
成績は、最下位からなんとか中の下まで上がることができた。それもこれも全部、西園寺くんのおかげ——いや、僕の努力の成果だ。
「おい遍、飯いくぞ」
「おう!」
三限の体術訓練まで、まだ時間がある。今のうちにたくさん体力をつけて、午後に備えよう。
◇三限.体術訓練
この授業、僕と西園寺くんは交代で芹沢教官に稽古をつけてもらっている。
西園寺くんの課題は、全体的な無駄の削減。
僕の課題は、多いが当面の目標は神無流剣技・絶剣派の習得だ。
「次、環だ。」
「チッ、死ねよクソザワ!」
「……フン」
相変わらず、口と態度が悪い西園寺くんだ。
不貞腐れる西園寺くんに、構っている暇はない。僕も、芹沢教官に合わせるように剣を構える。
「今日で、十個あるうちの半分。五つの目の技を習得してもらう」
「はいっ!」
神無流剣技・絶剣 五ノ型 八艘跳び。
四方八方に計八回跳躍しながら、着地と同時に斬撃を与える型。一瞬一瞬の戦況理解だけじゃなく、効果的に一撃を与えるための判断力も必要な、絶剣の中でも難易度の高い型。
「……来い」
「神無流剣技・絶剣、五ノ型——八艘跳び!」
注目すべきは、相手の目線と刃の向き。
一瞬も目をそらすな。
一跳躍、一斬。繰り返し、五撃目。
背後、行ける。このまま——!
「まだ、甘いな……」
振り返ると同時。芹沢教官は振り下ろされる俺の刀を弾き返し、俺の背後に周る。
「なっ!」
それでもまだ、型は終わっていない——!
もう一度跳躍し、伸び切る直前の芹沢教官の刀を往なし再び跳躍。
繰り出す七撃目。全力で振り下ろすも、俺の動きを予測し弾き返そうとする芹沢教官。
わざと、空振りしそのまま刃先を上へ向け振り上げる。伸び切った芹沢教官の刀は宙へ舞い、無防備になる。そのまま最後の跳躍をし、背後へ周り首筋に刀を当てる。
「合格だ、五ノ型は完成でいいだろう」
「あ、ありがとうございますっ!」
「七撃目、型にはなかったがその判断力はいいぞ」
「次、西園寺だ」
一ヶ月で、五ノ型までの習得。まずまずと言うべきだろう。
残りの二ヶ月の目標は七ノ型までの習得と、習得した型の練度を可能な限り高める。
今の僕なら、やれる。西園寺くんのように、一人でも戦っていけるようになるために。
自信が、熱を帯びていくのを感じる。
もっと試したい、挑戦したい、と僕の心が叫んでいる。
耳に届くのは、西園寺くんと芹沢教官の剣戟。今まで、煩わしかったはずのその音も今となっては僕を安心させてくれる音へと変わっていた。
◇放課後
「とりあえず、少し休憩するぞ」
「わかった」
一ヶ月前から、毎日欠かさずにしている放課後の鍛錬。今日は、いつもより少し早く一時間半で休憩となった。
「今日は少し早いね」
「あぁ、正直結構疲れててな。たまにはこんな日もあっていいだろう」
「なんか、らしくないね」
「はぁ?お前バカにしてんのか」
床を思いっきり叩く西園寺くん。少し、怖気付いてしまうも僕と西園寺くんの間に遠慮は存在しない。思ったことは素直に言葉にした。
「今日だって、体術訓練の時いつもは八つ当たりしないのに。なんかあったの?」
「……」
なんかあった、と確信する。西園寺くんの鮮やかな赤眼も今日だけは曇っているように見えた。
「焦りだよ」
「あ、焦り?」
「あぁ」
『焦り』。西園寺くんとは、無縁だと思っていたその言葉に衝撃を受ける。そして、重なる言葉に比例するように西園寺くんの表情も曇っていった。
「お前や楓。他のヤツらもここ数ヶ月で格段に強くなった」
「……え」
「特に、お前だよ遍。正直俺はお前を見くびっていた。自分じゃ気付かないだろうが、突出した才能があったんだ」
言葉が出ない。才能がある、だなんて僕の人生において言われたことは一度もなかった。
「お前の才能、それは眼と脳の使い方だ」
「眼と、脳の使い方」
「あぁ、お前は眼で見たものを理解し再現するスピードが桁違いだ。この短期間で、芹沢の神無流を五ノ型まで習得できたのもその才能のおかげだ」
言われるまで、気付くわけもない。それでいて、今後も絶対に自覚することの出来なかった僕の才能。
「それと、西園寺くんの焦りになんの関係が……」
「おれは、この二か月間……」
——何も変わっていないんだ。
「え……」
そう言い残し、西園寺くんは立ち上がって僕に背中を向ける。
「今日はもう終わりだ。また明日な」
かける言葉は見当たらず、遠のいていく西園寺くんの背中だけを見つめていた。
静かな演習場。取り残された僕は剣を握り、無意識に素振りをはじめていた。
西園寺くんは言った自分は変わっていない、と。
でも僕はそう思わない。彼もきっと、僕と同じように気付いていない。人間性、精神については間違いなく成長している。
入院時に比べたら、だいぶマシになっている。今までは他の生徒に対し毎日のように罵声を浴びせていたが、ここ最近は滅多にない。あったとしても一週間に二回くらいだ。
伝えるべきか、伝えないでいるべきか分からない。
雑念を振り払うように、素振りを続ける。
広い修練場。空を切る閑な音だけが鳴っていた。




