第十七節.信じる背中
「楓、いるか!」
「おう、いるぞ!」
「俺たちは一度、こいつをもう一体から引き離す。ここから飛び降りるぞ!」
前を走る慎也。背後からはホムンクルスが追いかけてきている。
気づけば、慎也は視界から消え校庭へと飛び降りていた。
まずい、怖い。
先程までとの戦闘とは違い、一瞬の判断ミスがそのまま死に直結する。
それでも、迫り来るホムンクルス。
迷っていられない。
魔力強化を最大に、そして使い慣れた減速のセットも完了だ。
屋上から一思いに跳躍し、慎也の位置を確認する。そして、俺の背を追うように跳躍するホムンクルスも確認する。
「こっちだ、楓!」
大きく手を振る慎也。
「行くぞ、俺!」
一思いに、屋上から飛び発った。それと同時に、背後に迫っていたホムンクルスが俺の頭上を通り過ぎた。
「慎也、そっち行ったぞ!」
言葉を発するよりも早く、慎也はすでに構えていた。
ホムンクルスが、俺より早く自身の元に到達すると確信して。
大きく振り上げられた拳には、赤黒い炎が纏っている。
ホムンクルスが着地するタイミングと同時にその拳が、鳩尾に炸裂した。爆発音と共にホムンクルスは大きく体勢を崩し、俺に背中を見せる。
「ナイス、慎也!」
残りの高さ約五メートル。減速を解き、ハヤテを逆手に切先を背中の中心——心臓部へと向ける。
ホムンクルスの背中に着地すると同時、突き立てられたハヤテの切先が鈍い音を立てて皮膚を貫通した。
「慎也、離れろ!」
「おう!」
二十分以上、一人で戦って貯めた最大出力の——
「継颯!」
ゼロ距離から発動する継颯。今までのどれとも違う、指向性を持たせない爆発するように炸裂する魔力。
一瞬の閃光が、視界を包んだ後俺の体は後方へと吹き飛ばされた。
「くっそ、痛え……」
校庭一体は、砂埃が舞っているため様子が見えない。
しかし、ホムンクルスのシルエットだけはかろうじて捉えることができた。
頭部から胸部、左肩から左腕にかけては完全に欠損しており、残っているのは右腕、右肩、そして下半身の身。完全に致命傷だ。
それだけじゃない、傷口が少しずつ——
「回復、して……る?」
「楓!まだやれるか!」
砂埃の向こうから、足音と共に慎也の声が聞こえてくる。
「あぁ、やれる!」
数秒もしないうちに、慎也は俺の目の前へと姿を現した。
「厄介だな、あの一撃を喰らっても生きてるだなんて」
「うん、ハヤテの貯蔵はもうない。慎也、お前の本気だとどのくらい出せる?」
「俺個人だけなら、さっきの半分だ」
「俺の術式、《変速》と組み合わせたら?」
ニヤリと慎也は笑い、端的に答えた。
「さっきの《継颯》と、同じだ」
◇
「いくよ、結城ちゃんっ!」
「はいっ!」
目の前を走る、朝日ちゃんの背中を追う。
少し前から視界は晴れ、魔力の流れ、魔力感知、全てが研ぎ澄まされている。今までに感じたことのないような、万能感だ。
「朝日ちゃん、右です!」
視界の端、一瞬だけ捉えた歪な魔力。
直後、同じ地点から発せられる高密度の魔力線。威力は、楓くんが廊下で放った《継颯》とほぼ同等。直撃したら、朝日ちゃんでも重傷は避けられない。
「ふっ!」
魔力線が朝日ちゃんに直撃する刹那、《反発》を発動し宙に高く跳躍する。そして、ホムンクルスの頭部目掛け一閃。
「おんどりゃあああああああ!」
炸裂する踵落とし。
《反発》と組み合わさったことにより、屋上の床が崩れホムンクルスと朝日ちゃんはそのまま四階へと落ちていった。
「朝日ちゃん!」
「私は大丈夫!そのままついてきてっ!」
「はいっ!」
朝日ちゃんの後を追うように、私も崩れた床の下を目掛け飛び降りた。
◇
「楓、何かに変速を付与したことはあるか?」
「いや、無いよ。でも、今ならできる気がする」
「そうか、信じるぞ」
「あぁ、信じてくれ。最後の一撃は、お前に託す」
砂埃は未だ健在。しかし、先程よりも落ち着いてきている。
俺たちは、ホムンクルと向かい合う少し離れた位置へと移動してきた。
「俺はもう行けるぞ、楓」
「あぁ、わかった」
やったことはない。けれど、やり方はなんとなくわかる。
ハヤテに、自身の魔力を通し刀身を顕現させたように——。
「変速、四速」
不安も、恐怖もない。
あるのは不確かな自信だけ。けれど、今の俺たちにはそれだけで十分だ。
慎也の背中に右手を当てる。自身の背中に刻まれている術印から、右腕を通り慎也の体全体へと術式が拡張されていくのがわかる。
それはさながら、慎也の体と一つになるイメージだ。
「それじゃあ、行ってくる」
「あぁ、頼んだ」
クラウチングスタートの姿勢。
On your marks——。
聞こえるはずのない、その音が脳内で鳴っている。
Set——。
号砲の代わりに轟音が、大地を揺らす。
《変速・四速》と《焔凝発》を掛け合わせたことによる爆発的初速。
現在地からホムンクルスまでは約二百メートル。
——四秒。
視界にすら収まらない、人間が到達できる領域を遥かに超えた速度で駆け抜ける。慎也は、文字通り一瞬にしてホムンクルスの懐へと潜り込んだ。
そして、ゼロ距離から回復している途中の上半身——先刻と同じ鳩尾目掛けて、一撃。
「焔凝・発勁!」
発勁、《焔凝発》、《変速・四速》によって生み出される一撃。放たれた拳による一撃は瞬きするよりも速く上半身を爆散させた。
「すっご……」
ホムンクルスに残されている部位は、膝までであり回復できる余力などとっくに残されていない。
慎也の右腕からは、黒い煙が出ておりその威力と反動がひしひしと伝わってきた。
「終わったぞ、楓。あとは朝日達だけだな」
「あぁ、終わったな。無事でよかった」
「おう!楓も、信じてくれてありがとうな!」
◇
「結城ちゃん、どこまで視えてる?」
「魔力の流れまでなら、かろうじて視えてます」
「オーケー、ならそれだけで十分」
朝日ちゃんと並び、向かい合うのは数百メートル先のホムンクルス。
「来るよ、」
「はいっ!」
私の返事と同時、ホムンクルスと朝日ちゃんは飛び出した。
朝日ちゃんとはまた違う、遠くから全体を見渡す俯瞰の視野。朝日ちゃんが今一番欲しがっているのは、私の眼によるホムンクルスの行動予測だ。
——それだけじゃ足りない。
予測できても、決定打を与えられなければ意味がない。
——どうすればいい。
考えずとも答えは出ていた。
——ホムンクルスの構造理解。
校舎全体を把握したように、魔力探知によって朝日ちゃん達の居場所を突き止めたように、この眼と研ぎ澄まされた感覚で、ホムンクルスの構造を看破する——!
◇
ホムンクルスの行動予測は結城ちゃんに任せてる。
「朝日ちゃん、上!」
右頬を掠める一撃。
今のも、結城ちゃんがいなかったら気づくことができなかった。今この瞬間、私と結城ちゃんは運命共同体。どちらかが欠けたら成立しない。
「くらえぇ!」
最大出力の《反発》。それでも、与えられるダメージは少ない。
いや、違うな。
——明確な手応えが薄い。
私には分からない。
単純な魔力強化によるものか、それとも術式による耐性か。
「くっ、やりにくいなあ!」
顎目掛けて、一閃。
やはり、最大出力の《反発》を以てしても威力は弱まってしまう。
先ほどまでの余裕とは裏腹に、焦りが。
明確な不安が、襲いかかってくる。
「……あ」
一瞬の隙。
言われずともわかった。一撃が、くると。
「朝日ちゃん、右足です!」
背後から聞こえてくる声。
私は考えるよりも先に、その一点に全てをぶつけた。
◇二分前
やはり、何かがおかしい。
朝日ちゃんの攻撃が、通っていない。
「物理攻撃、魔術攻撃の減衰……?」
考えているだけじゃ仕方がない。空間に生まれる魔力の歪みだけじゃない、ホムンクルス本体に生じる微かな違和感すら、逃すな——!
体全体を覆うように広がっている魔力防御。
だとしても、おかしい。
ホムンクルの筐体は、楓くんと羽崎くんが戦っているものとほぼ変わらない。違いといえば、楓くん達の方は攻撃が物理。私たちの方が魔術主体ということだけ。
この規模で、この減衰幅を成立させるためには何かしら欠陥があるはず。
何かのメリットを得るのであれば、何かしらのデメリットが生じるのが魔術の道理である。
「誓式——!」
魔術世界において、自身の力量以上の神秘の具現のために生み出された技術。言ってしまえば、世界との契約だ。
だとするのなら、考えられるパターンは二つ
一つ、体の一部が脆弱になる代わりにその他の部位の魔力強度を極限まで高める。
二つ、魔力出力が減衰する代わりに体全体の魔力強度を極限まで高める。
どちらにしろ、視るしかない——!
全神経を、全魔力を両眼へと集中する。
「……っ!」
痛い。けれど、目を瞑るほどでもない。
いつの間にか廊下を隔てる壁は崩れ、教室と廊下は繋がっていた。
広大な戦場の中、朝日ちゃんはホムンクルスとギリギリの接戦を強いられてる。
二人を中心に円を描くように走りながら、ホムンクルスを凝視する。
「……あ」
考察が確信へと変化する。バラバラに散らばっていたパズルのピースが集まっていくような感覚。
ホムンクルスの弱点が、一定間隔おきに移動している。
「朝日ちゃん、右足です!」
◇
反射的に身を屈め、左足の踵に魔力を集中し最大出力の《反発》をぶつける。
「うそ……」
今まで、嘘かのように硬かったホムンクルスの体の一部が薄氷かのごとく砕け散った。
「朝日ちゃん、ホムンクルスには移動する弱点があります!ですので——」
「結城ちゃんが合図をくれるのね!」
「はいっ!」
「オーケー任せたよ!」
そこからの戦闘は、自分でも驚くほどに一方的だった。
結城ちゃんの視る力と、私の反射神経。
「朝日ちゃん、右肩です!」
「おすっ!」
「次は、左胸!」
「オーケー!」
結城ちゃんが合図を出す。
私が攻撃する。
この繰り返し。
まるで、リズムゲームかのようなテンポ感だ。
回復する間も与えない蹂躙。
五分が経過する頃には、ホムンクルスの体は私の《反発》によって穿たれた無数の穴だらけになっていた。ホムンクルスの体はぴくりとも動かず体は末端から塵になっている。
◇
朝日は振り返り、後方に佇む結城をじっと見つめる。
それに気づいた結城は、小さい歩幅で歩き出した。それに合わせるように朝日は小走りに、結城へと駆け寄る。
二人の目線の先は互いの目。
そこにあるのは、勝利への喜びだけではなかった。
パンッと、二人の右手が重なる音が響く。
言葉は無い。
——否、必要ない。
互いの目と、右手から伝わる熱、鼓動。
その全てが、二人の間に確かな信頼を生み出した。
◇
「あ、楓くーん!」
雨の声と共に校門から朝日と雨が歩み寄ってくる。
朝日の背中には、屋上で発見した小さなホムンクルスが担がれていた。
「回収してきたぜーこいつを」
「無事でよかった、二人とも」
「あぁ、本当に良かったよ」
朝日は誇らしげに。
雨は、満面の笑みを浮かべ髪を揺らした。
「それじゃあ、集合場所まで向かおうか」
「オーケー、レッツゴー!」
集合場所まで向かう道中は、四人の明るい笑い声が造られた青空の下に響いていた。
——実務演習終了。
——三班、合格。
◇他合格班
【五班】
湊 雪菜
酒井 くるみ
千歳 優斗
朝倉 アカネ
【七班】
伊藤 瑞希
西園寺 桐凪
斉藤 美香
環 遍




