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第十六節.名前

 授業開始から、約三十分が経過した。各班共通で与えられた時間は、それぞれ七十五分。残された時間的には、まだ猶予がある。


「結城、魔力探知はどうだ」


 地面に両手を置き、目を瞑る結城。


「うーん、少なくともこの階は何もなさそうだよ。ただ、屋上が怪しいかも。今にも壊れそうな脆い魔力と、それとは反対に、すごい大きな魔力が二つある」


「すごいな、そんなとこまでわかるのか?」


「え、あぁ、うん。昔から暇さえあればこういうことしてたからね」


 髪をいじりながら、照れくさそうに微笑む結城。少しこちらもドキッとしてしまった。

 誤魔化すように背中を向け、上に向かうぞ、と合図をして歩き出す。


「東雲くん、待って」


 袖を掴み、引き留めようとする結城。その手は少しだけ震えていた。


「どうしたの、結城。なんかあった?」


 言いづらそうに、口をもごもごとさせている。視線も定まらず、挙動不審な様子。

 地面に座りながら、俺の袖を強く掴み俯く。必然、俺の腰は少し前屈みとなった。


「あ、いや……私、役に立てているかなって……」


「当たり前だろう。それに俺は、魔力探知だなんてできないし、すごいよ」


「そっ、か……。なら、いいんだけど」


 そう言い、お尻をパタパタと叩きながら立ち上がる結城。心なしか、俺がホムンクルスを倒した辺りから元気がないような気がする。


「ごめんね、変なこと聞いちゃって」


「いやいや、全然大丈夫。そういえば、慎也たちは大丈夫かな」


 少しでも気まずい空気を拭おうと、話題を振ってみる。


「どうだろう、心配だけどあの二人なら意外となんとかなりそうじゃない?」


「確かにな、」


 とは言いつつも、心配だ。突然後ろを歩く二人の声が聞こえなくなり、その直後に俺たちは無数のホムンクルスたちに追いかけられた。あの時は、慎也たちのことまで頭が回らなかったが、今こうして冷静になってみると事態はあまり良くない。


 とは言いつつも、慎也と朝日を探す術は今のところはない。二人には、どうにかして俺たちと合流してもらうしかないだろう。


◇


「待てっ!」


「逃げるなあーー!」


 一人と二人の距離は縮まらず、一定の間隔を保ったまま走っている。


「慎也、私のこと術式使いながら投げて!」


「はぁ!?何言い出すんだこのバカ女!」


 慎也の隣を走る朝日の、真剣な眼差し。そして、理解不能な状況。

 ナイフを投げてきた犯人を捕まえるためにも、これこそが最善策であると互いに理解している。


「どうなっても知らねえぞ!」


「オーケー、そう来なくっちゃ!」


 朝日は軽く跳躍し、それに合わせるように慎也は右手で足元をガッチリと掴む。


「いくぞ!」


「ドンとこいっ!」


 地下道に響き渡る爆音と共に、押し出される朝日。

 《焔凝発(フレイム・スラッグ)》による推進力。《反発》による、推進力の強化。

 

「はっやぁあぁああぁぁぁあああぁぁあ!」


 天井スレスレを猛スピードで進んでいく朝日。五秒も立たないうちに、その姿は完全に闇の中に溶けていった。


「俺も、行かないと」


 靴が漏れ出した熱によって焦げていく。


「いくぞ、俺」


 慎也が反動なく使える、最大出力の《焔凝発(フレイム・スラッグ)》足から放出された高密度の炎魔力。術式により、慎也がいたところは小規模なクレーターが形成されている。


◇


「いたな、あれが回収するべき模型……ホムンクルスだな」


「そうだね」


 屋上への入り口。扉に備え付けられた小さな窓から外の様子を伺う。

 そこから見えるのは、二体の巨大なホムンクルスと小柄のホムンクルス。巨大なホムンクルスは俺から見ても異質で、明らかに今まで出会ったホムンクルスの中でも別格だ。


 それに対し、小柄のホムンクルスは少しでも傷を負ったら死んでしまいそうな、そんな危うさがある。


「どうする、結城。俺たちの任務はあのホムンクルスの回収……つまり、デカいヤツらとは無理に戦わなくてもいい」


「そうだけど、でも行くとしてもどっちかが引き寄せないとまずい気がするよ」


 確かにそうだ。俺たち二人だけではリスクがデカすぎる。俺ならまだしも、万が一結城にヤツらが食いついたらと考えたら、ここは深夜と朝日と合流するのが先決だ。


「そうだな、慎也と朝日が合流するまで一旦待つか」


「うん、そうしよ」


 俺は踊り場の、階段側の壁に寄りかかる。

 その横に結城は腰を下ろした。


「東雲くん、一つ……いいですか?」


「ん、どうした?」


「えっと、その……」


 ——名前で、呼んでもいいかな?


◇同刻 朝日


「おんどりゃああぁぁああぁぁああ!」


 着地する度に反発を繰り返し、足はもう爆発しそう。でも、目標はもう目の前。

 あと一回の反発で、届く——!


「行くぞおおおおおおお!」


 渾身の魔力を込め、大地を蹴り上げる。


 指先の一本でも良い、触れられれば反発を使ってヤツの体勢を崩せる。

 腕、指先、真っ直ぐと伸びた左腕。


 その人差し指が、ローブを掠めるその刹那。


「は、ん、ぱ、っ、ツゥ!」


 指の一本くらいくれてやる——!

 反動度外視、出せる最大出力の《反発》を自身の指先から発動する。発動と共に、人差し指が聞いたことのないような音で捻じ曲がっていく。


「……ぐぅっ!」


 それでも、ヤツは前に大きく吹き飛び、タイミング良く曲がり角に激突した。


 私自身も、転がりはしたもののすぐに体勢を立て直しローブに身を包んだヤ(・)ツ(・)の元へと近づいた。


「アンタ、誰?」


「ンフフ♡あなた、凄いわね♪背中に効いちゃったワ」


 背格好から察するに、男性だと思っていたが発せられた言葉は高く女性だと身構える。


 しかし、ローブのヤツはゆっくりと立ち上がりフードをめくり自身の顔を見せた。


「あらやだ、かわいいお嬢さんだこと。アタシの名前は、安藤勇♪気軽に、ミッシェル先生って呼んでねっ♪」


「……は?」


◇


「……は?」


 目の前にいるのは朝日、と……短剣担当の教官、安藤勇教官だ。


「おい朝日、どういう状況だ」


「あ、えっと。このミッシェルって人が慎也にナイフを投げたみたいだよ」


 唇に人差し指を当て、『ンフフ♡』と薄ら笑いを浮かべる安藤教官とその反応や現状に戸惑いを隠せない朝日。


「安藤教官は、なんでここに。というか、なんでナイフを?」


「あらやだ!あなたたち知らないの!?」


 そう言い、口を両手で覆い隠すオーバーリアクションを見せたかと思うと、なぜ安藤教官がここにいるのかを説明し始めた。


「一部の教官たちはねぇ、裏任務的な立ち位置として配置されてるの♪それで、この三班がアタシの担当ってワケ♡」


「……なるほど」


「オーケー、じゃあ倒しちゃっても良いってことだよね!」


「ワオ♡」


 飛びかかる朝日、それを華麗に交わしナイフを飛ばす安藤教官。

 朝日は、短剣を華麗な足技で弾くもそのナイフは全て綺麗に安藤教官の手元に収まっている。


「まだまだぁ!」


「いいわヨ♪グイグイ来る娘、嫌いじゃないワ♡」


 ナイフの軌道と蹴りの軌道。相対する二つの軌道が交錯し、地下道の外壁はみるみる削られていく。


 相対する二つの魔力の他に一つ、脆弱で異質な魔力が一瞬だけ俺の視界によぎった。


「なんだ、今の」


 微かに見えた、地下道の上から漏れている魔力。どこかで感じたことのあるような、既視感のある魔力。


◇


「楓くん、大丈夫!?」


「あぁ、まだ動ける……」


 東雲……楓くんの腹部には大きな裂傷があり、そこからドクドクと血が溢れている。幸い、内臓は出ていないがこのままだと、失血死してしまう。


「すぐに治すね!」


「あぁ、助かる。慎也と、朝日が合流するまでとは思っていたが気づかれるだなんて」


 治癒魔術を、今までにない速度で回し続ける。

 出血は止まり、外傷も少しは埋まった。


「ありがとう、雨。まだ動ける、もっと時間を稼ぐから!」


 そう言い、楓くんはハヤテを握り締め再び術式を行使する。

 無理している、そんなことは言わずともわかる。授業とは言え、これは実務演習。公安で相手にするのはこれ以上の強敵だ。


「私だって、こんなところで……」


 楓くんは、今日ずっと自分ができる最善を尽くしている。自分を顧みずに、恐怖すら抑え込んで立ち向かっている。

 それに比べて私は、ずっと彼に甘えてばかりだ。


 彼が頑張る姿を見るたび、彼の背中を追うたびに感じるのは、劣等感。

 どれだけ頑張ったって追いつくことのできない、その背中。一瞬でも目を離せば、私を置いてけぼりにしてしまうほど速い背中。


 彼の優しさだけでここまで来れた。


 今日だけじゃない、体術訓練だって私は一番下だ。


 それなのに、彼は私を見捨ててくれない。

 手を差し伸べて……いや、差し伸べ続けている。


 ——それはなんで?


「雨!頼む、左腕!」


「うん!」


 彼の、まっすぐな視線。


 あぁ、そういうことだったんだ。


 ——私は君に信頼されているんだ。


 そう感じた途端、私の中の何かが壊れる音がした。

 いつも、自分の限界を自分で決めて何かをすることをやめる。


 言ってしまえば、自分に対する諦め。


 でも、君は私を信頼してくれる。私に、期待してくれる。

 今まで感じたことのない、新しい感覚。


 自分を信じたいと、願ってしまう。


 彼が信じる私を信じたい、彼が信じる私に応えたい——!


 私が今、できること。


 治癒か——否。

 楓くんは、傷こそあれどまだ戦えている。


 援護か——否。

 私が下手に動けば、楓くんの足手纏いだ。


 探知か——是。


 これしかない、今この瞬間私ができる最善手。私にしかできない、打開の一手。


 コンクリートに手を当て、目を瞑る。


 大丈夫、楓くんが戦っているから。


 これは、他人まかせ?

 いや違う。信頼と信頼による命の預け合い。


 意識を潜らせ、魔力を巡らす。

 土、岩。さらに奥——。


 視るだけじゃない、届けるんだ。そして、信じるんだ。


「羽崎くん、朝日ちゃん、届いて!」


 地中——地下道内の魔力の反響を頼りに構造を把握する。

 

 一つ、二つ、そして。


 ——三つ?


 羽崎くんと、朝日ちゃんの他にもう一人。

 私たちの知らない誰かがいる。


 届け、届け、と。渾身全力の魔力を、地下道へと一直線に放出する。


 仲間を、信じて。


◇

 

「くっ!」


 流石にそろそろ、限界だ。右目は見えないし右腕も思うように動かない。


 雨は、地面に手を当て目を瞑っている。きっと、大事なことをしている。少し前までのぼうっとしたような感じじゃない。本気が、言葉を介さなくても伝わってくる。


 今は、彼女を信じるしかない——。


 ——ドスン。


 一瞬、異音と共に地面が揺れた気がした。


 ——ドスン。


 ——ドスン。


 間髪入れずにもう一度。

 今度はさらに大きく、爆発音と共に大きな揺れが校舎に響く。


 その直後、聞いたことのないような爆音が区画一体に轟き、瓦礫とともに慎也と朝日。

 そしてミッシェル先生——!?


 この三人が、飛び出した。


「うおおおおおおおおおおおおお!」


「あっははっっはあっはあああ、慎也、バカみたーい!」


「アナタたち、ちょっと強引すぎるわよん♪でも、そんなところがステキ♡」


 慎也と朝日、俺と雨の間に。


 ミッシェル先生は、二体のホムンクルスと横並びになるように着地した。


「楓、大丈夫か!?その怪我……」


「あぁ、なんとか。とりあえず今は大丈夫だ」


「……そうか、あまり無茶はするなよ」


 最高のタイミングすぎる合流。

 しかし、状況は依然として最悪だ。強力なホムンクルス二体に加え、ミッシェル先生が入った。依然として戦況はあちらが優勢。


 しかし、今にも殺しにかかってきそうなホムンクルスたちとは裏腹にミッシェル先生はどこか浮ついていた。


「それじゃあ、アタシはここで撤収するわネ♪カエデくん、明日お話聞かせて♡」


「……は?」


 そう言い残し、ミッシェル先生は屋上から飛び降りていった。


「なんだったんだ、アイツ」


 ——ズキッ。


 突然、目眩と共に訪れる頭痛に思わず地面に倒れ込む。


「楓君!あまり無理しないで、ここまで頑張ってくれたんだから!」


 駆け寄ってきた雨が傷の手当てをしてくれている。

 

 確かに、俺の体は限界を超えてる。けれど、こんなところで諦めるわけにはいかない。心配そうな雨を横目に、自身を鼓舞し立ち上がる。


「そーいえば、アノちっこいホムンクルス回収したら終わりなんだよね」


「あぁ、そのはずだ」


「でもさー、どうせやるなら完全勝利っしょ!」


 朝日の、余裕と自信に満ち溢れた声が屋上に鳴り響く。


「楓、行けるか。俺とお前は右側だ」


「ついて来れる?結城ちゃん、私にも見せてよアンタの本気!」


 俺と雨、それぞれの敵を目の前にする。

 

「大丈夫だよ、雨。そっちがピンチでも俺が助けに行くから」


「楓君……大丈夫、私も頑張るから!」


 今までにみたことのない、彼女のまっすぐな視線。


「おう!」


「いくぞ、お前ら!完全勝利だああああああああああ!」


 慎也の掛け声と共に、俺たちは目の前の敵へと駆け出した。


 ——実務演習終了まで残り、十五分。

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