第十五節.追う背中と並ぶ背中
まずいまずいまずいまずいまずい。
——まずい。
完全に分断された。それに加えて、後ろからは数えきれないほどのホムンクルスが追いかけて来る始末だ。
「東雲くん、待って!」
俺から約二メートル後ろを走っている結城さんも、もう限界だ。
慎也と朝日の居場所は分からない。それだけじゃない、最初に説明された拘束された被害者の模型もどこにあるか皆目見当がつかない。
変速も、この狭く短い廊下で使えばもし調整に失敗した時どうなるか分からない。
「くっそ、どうしよ……」
◇
「痛てててて……盛大に落っこちたなあ慎也!」
「あぁ、ほんっとお前といるといいこと無いわ」
楓と結城とは完全に分断された。一階の廊下の地面が突如として崩壊し、今や地中に掘られたトンネルのような場所まで落ちてきた。
しかも、一緒に落ちたやつは朝日ときた。
「私の術式使ったら簡単に……え、えぇ!?」
「今度はなんだ」
大きな声を上げた朝日の視線の先。つまり、俺たちが落ちてきた深く大きな穴の上。本来なら廊下の天井が見えてもいい場所。
「塞がってる……」
「嘘、でしょ……」
完全に手詰まりだ。
俺たちは完璧に分断された。頭上には何もなく、辺りと同じ岩石で埋められていた。目の前にあるのは、まるで先に進め、と言わんばかりに広がる暗闇の一本道だけだ。
「とりあえず、進むしかないか」
「そうするしか、ないよね」
最初から仕組まれたものなのか、はたまた完全な事故なのかは分からない。でも、実戦ではそんなことは言っていられない。どんな状況であれ、最善を目指して戦うのが執行官だ。
今は、ただ進むしかない。
◇
依然として、背後には無数のホムンクルス。
結城さんの体力ももう少ない。加えて、こちらには決定力が欠けている。
変速も、使い方を間違えれば二人とも戦闘不能だ。それに、こんなに狭いところだとうまく制御できるかどうかすらわからない。
ホムンクルス達に成す術なく敗れるか、制御を失い何もできないまま終わるか、どちらにせよ敗北は免れない。
だとするのなら、俺は——
「結城、俺につかまれ!」
「え、?」
「いいから早く!」
「わ、わかった!」
結城は、背後から俺の腰を抱きしめるように捕まり頭を低くする。
「振り落とされるなよ、!」
決定力という名のラストピース。
それを埋めるものは、一つしかない。
「いくぞ、ハヤテ」
急速に軽くなっていく体。それでも、背中に加わる重さだけは忘れずに。
一歩でも踏み出せば、体ごと吹き飛ばされそうな感覚。忘れていた、未知の力を引き出すような高揚感。
「……変速」
「五速——!」
踏み出す一歩は
見据える先は、群がるホムンクルスのその先。
群衆を切り裂き、前へ——
進路を塞ぐホムンクルス達を切り伏せ、群衆の反対側へと駆け抜ける。速度にして約八十キロメートル毎時。廊下の全長は約百五十メートル。
秒数に直すと約七秒間の術式発動。一瞬でも制御を失えば、どうなるかわからない。
反動だって、予想できない。
——それでも。
「っぐ!」
廊下の端は、もう目の前。術式をすぐに切れば、慣性による反動で体勢が崩れる。
「それなら!」
「わっ、あぁ!」
「変速、減速」
結城に減速を付与し回された腕をほどく。
その直後に、自身にも減速を付与し慣性による反動を極限まで軽減する。
「あっ……!」
流れるような身のこなしで短剣を構え、先を見据える。
「術式開放——」
溜まりきっていない。それでも、短剣一薙ぎで塵になるホムンクルスたちにはこれだけで十分だ。
宝石が一際大きく輝き、溢れんばかりの魔力が刀身を覆っていく。
「継颯——!」
短剣の切先を、群がるホムンクルスたちに向け、一閃。放たれた高密度の魔力線はホムンクルス達を蒸発させ廊下の先の壁を貫通した。
一瞬、されど永遠かのように感じた術式の発動。生じた光は目を細めるほど強烈だった。継颯の威力も廊下と教室の隔たりを無くすほど大きい。
「結城、終わったよ。とりあえず進もう、二階へ」
「……う、うん」
◇
「継颯——!」
切先から放たれたその閃光は瞬く間に眼前の障害物を焼殺し、無慈悲に前進していく。
ただ茫然と、逆光で黒く染まる彼の背中を見ていた。
震える手。
首筋を伝う汗。
無敵のように見える彼も、本当は怖いのだ。
それでも、私のために。それ以上に、こんなところで終わらないようにと奮い立ちハヤテを——彼の親友を行使した。
ただでさえ少ない手札の中で、《継颯》の術式効果、[変速により生じる自身に発生する過剰な運動エネルギーの貯蔵]と、今彼が出せる最速を掛け合わせた最善の策。
私には、到底できない。
技術的に可能だったとしても、私にはできる自信が無い。
「結城、終わったよ。とりあえず進もう、二階へ」
額の汗を拭いながら、手を差し伸べる君。
はにかんだ笑顔がもどかしい。
吹き抜ける風で揺れる髪が私と君の距離を実感させる。
硬く、そして温かい彼の手を頼りに立ち上がる。
「……う、うん」
悔しさ、憧れ、劣等感、羨望、そして——。
数えきれない感情を噛み締め、彼の背中を追う。高鳴る鼓動を拭いながら。
◇
「くそっ、うらぁ!」
「どりゃあ!せいっ!」
以心伝心、阿吽の呼吸、今の二人に合う言葉を探せばキリが無い。正反対、されどその相性は最上級。
互いの欠点は互いの長所で補い合う。繰り出されるその掛け合いは、まるでを見ているようだ。
「討ち損ねた、後ろ頼む!」
「オーケーまかせてっ!」
慎也の頭部ギリギリを掠めながら繰り出される朝日の回し蹴り。術式、《反発》により何倍にも膨れ上がったその蹴りは、ホムンクルスの頭部を粉砕しその余波で緑色の体液を撒き散らしながら踊るように吹き飛んでいく。
《反発》による反作用すら操り華麗に着地を決める朝日と、息を切らしながら拳を腰下に収める慎也。
「……波は終わったな、とりあえず」
「そんじゃあ、進もっか」
——直後。
地下道の奥、一瞬煌き一閃。
一拍挟み、烈火の一撃。
「慎也!?」
暗闇から放たれた投擲物は、突き出された拳と同時に炸裂した《焔凝発》により粉砕される。
「誰だっ!」
返答はなく、遠ざかる足音のみが響いている。
視線だけを交わし、同時に駆け出す二人。
リズムの異なる、三つの足音が地下道を揺らしていた。




