幕間.孤高の獅子と孤独の薔薇 其ノ壱
いつからだろう、生き方を忘れたのは。
いつからだろう、自分の可能性を殺したのは。
いつからだろう、自分を見失ったのは。
空っぽな僕に、確かに生きる熱を与えてくれた。生き方をくれた。
退屈で、つまらなくて、苦痛だった十九年間。それでも、この一年だけは確かに幸せだった。
僕は、君に出会えてよかったよ、西園寺くん。それじゃあまたね。
◇
白黎修練院に入学して一週間。早くも、僕はクラスで孤立していた。授業を通して、クラスメイトとの関わりが増えているのに僕はずっと一人だ。
それも当然かもしれない。積極的に話してくれる子もいるのに僕は気の効いた返しもできずただ笑うだけ。避けられるのも無理はないな。
今日の授業も屋上でサボる始末だ。
「僕にも、何か才能があればな……」
「なんだ、お前……邪魔だからどけ」
見上げると、金髪赤眼の少年が立っていた。
屋上庭園で気持ちよく風を浴びてたのに、なんなんだこいつは。背も僕より小さいし。
「なんだよいきなりどけ、って。僕が一人で使ってたのに、大体君は誰なんだ」
「うるせえな、ごちゃごちゃと」
そう言い、彼は僕から少し離れたところに腰を下ろした。
「お前、授業出ないのかよ」
「それは君も同じだろ、大体僕みたいな優秀じゃ無い生徒に何を教えたところで無駄だからね。先生の負担を減らすためさ」
そう言うと、彼はどこか納得しないような顔で空を眺めた。
僕も、それに倣って空を見上げることにした。春風が心地よく、少し苛立っていた心が落ち着いていくのがわかる。
しばらくそんなことを続けていたら彼は立ち上がり僕にこう言い放った。
「お前、逃げてるだけだろ」
「……は?」
「俺はもう行く、じゃあなガキ」
僕は、無意識に彼の背中を追っていた。
◇
それから一週間、僕は彼を監視していた。
名前は、西園寺桐凪というらしい。そして、体術訓練の選択武器は僕と同じ刀だということ。それだけじゃない、よくクラスメイトと揉め事も起こしている。
特に、彼が一番敵視しているのは同じクラスの東雲くんということだ。ワケはわからないが、初日からずっと彼を睨み続けている。
思い出してみれば、入学式初日に西園寺くんと東雲くんは揉め事を起こしていた。
それだけじゃない、彼はとてつもなく強かった。体術訓練の初日では、担当の教官をボコボコにし芹沢教官にマンツーマン指導を宣言されている。しかも、魔術の腕も上澄だった。繊細な魔力操作と緻密な魔力強化が組み合わさった彼の剣術に太刀打ちできる生徒は存在しなかった。
そんなこんなで、今日も僕の監視は続く……と思っていた。
「お前、ずっと俺のことつけてるだろ」
「え、そ、そんなことないけど。自意識過剰じゃない?」
気づかれてしまった。
「言いたいことがあるならはっきり言え、わざわざ監視してまでやりたいことってなんだよ」
「……それは」
自分でもわからなかった。けれど、考えるよりも先に言葉が出ていた。
——どうしたら、君みたいになれる
「……は?」
「いやいや、なんでもない。忘れていいよ」
「……はぁ。放課後、第二訓練場で待ってるから来い」
「え、は、はい……」
終わった、完全に殺される流れだ。逃げよう、絶対に。
◇
来てしまった。授業が全て終わってからの西園寺くんの無言の圧力に勝てるはずもなかった。
「お前、あん時言ってたな『どうしたら君みたいになれる』って」
「え、あ、まあ言ったけど……もういいよ、忘れて」
「お前、まだ逃げるのかよ。自分の本心から」
「……へ?」
青天の霹靂だった。
「僕が、逃げてるだって?」
「あぁ、そう言ってる。お前と始めて会った時に感じたのは虚無だった、でも今日のお前は違った。確かに、熱があったぞ」
僕は、何も言えなかった。
今までの人生、僕が自分の意思で何か成し遂げたことがあっただろうか。
自分から何かしようとしたことがあっただろうか。
全て、否だ。全て受動的に行動し、周りに合わせ、自分を主張せずにいた。
それだけじゃない。できない理由も、やらない理由も、全てを他人や環境に押し付けて現実から逃げていた。
今、西園寺くんが言った全てが僕の真実だった。
「あ、ぁ……僕が、僕自身を諦めていたんだね」
「あぁ、そうだ」
一拍置いて、西園寺くんは言った。
「お前は、何がしたい」
息が詰まる、肺に溜まった空気が重い。
それでも口にしたい、この気持ちを。
今までなら笑って誤魔化していた、この本心を。
「僕は、強くなりたい」
「何のために」
そんなの、決まっている。
「僕が、誇れる僕になるためだ」
「……そうか」
西園寺くんは、静かに呟く。それでも、表情はどこか柔らかかった。
それを見て、安心したのか体に熱が戻っていく。
——いや、違うな。
これは、この熱は、きっと違う。僕が、僕自身で見つけ出した熱だ。初めて発した自分の本心、もう逃げないとう硬い意思。それこそが、この熱の正体だ。
「お前、名前は?」
「……へ?」
「教えろ、必要だろ」
「あぁ、僕は環 遍だ。よろしく、西園寺くん」
交わす握手。
ずっと、初めてのことばかりだった。人と交わす熱が、ここまで心地よいものだとは知らなかった。
「放せ、もういいだろ」
「あぁ、ごめん」
西園寺くんは、振り解いた手でズボンをはたき肩に担いでいた刀袋を下ろした。無造作に中から刀を取り出し、瞬きする間にその刀身が顕になった。
「え、えっと。何する気?」
「あ?強くなりたいから、俺に教えを乞いにきたんだろ。いいから構えろ」
その眼力に、逆らえるはずもなく。それ以上に、僕が欲していた。新しい日常の刺激を。今まで知ろうともしなかった自分自身を知りたかった。
「おう、まかせろ」
◇
気づけば、夜が更けるまで西園寺くんと刀を交えていた。
それでも、一度だって彼に決定打を与えることはできなかった。僕が何をしようとも、彼は僕が想定してない動きで圧倒する。勝てるビジョンが浮かばなかった。
「いやー、疲れた」
「そうか?」
「そりゃあね、西園寺くんからしたら僕は取るに足りない相手でしょ」
「当たり前にな」
流石に、直球にそう言われると凹むな。でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。考えるよりも先に、体を動かさないと。視界がブレるほど、思考が鈍るほどに打ち込まないと、前の自分が戻ってきてしまいそうな気がする不安からは逃げられない。
「お前、型とか流派はあるのか?」
「いや。ないけど」
「そしたら、明日の体術訓練。セリザワから神無流を習え」
「神無流か……」
神無流剣技、魔術界で有名な流派の一つだ。一撃一撃が重い榊原流と比べて、連撃重視の流派だ。
「わかった、聞いてみるよ。ありがとう」
「……フン」
相変わらず無愛想。でも、ようやく僕も人並みに頑張れる気がした。彼と一緒なら、僕はもう一度僕自身を信じたいと思えた。ただ、それだけが嬉しかった。
「ありがとう、西園寺くん」
「……あ?」
「いや、なんでもないよ」
「はあ、やるぞ。あと一時間」
西園寺くんは立ち上がり、僕に刀を持つように促した。
「わかった、あと一時間ね」
少しづつ減っていく修練院内の喧騒。それでも、この熱量と絶えず響く剣戟の音だけは決して止まることなく院内に鳴っていた。




