第十四節.実務演習
三限を終え、Aクラスの面々は修練院で一つしかない実務演習場へと案内された。
演習場は訓練場とはまるで違かった。建物があることや、複雑な地形はもちろんだが、圧倒的だったのはその広さだった。小さな町一つ分くらいまるごと飲み込んでしまいそうな空間。
魔術で結界内の大きさをある程度自由に変更できるとはいえ、ここまで広く、そして精密なものだとは思わなかった。
「広すぎるな、ここ……」
「すごい、広すぎます……」
結城さんも、心の声が漏れているようだった。
「さて、Aクラスの皆さん。一ヶ月で、ここには慣れたかな。今日からまた新しいことをやっていくから、頑張ってね」
ここまで俺たちを案内してきた赤坂教官はどこか他人事のようだった。
「この実務演習は、文字通り公安の実践を想定した訓練よ。そして、公安の最小の班編成は四名。このクラスの人数は四十名だから、四人班作ってね!あと、この班はこの先ずっと固定だからねー!」
赤坂教官はそう言い、どこかへ行ってしまった。
「かーえーけー、ゆーうーきー組もうぜー」
少し遠くの位置から大きく手を振りながら、主張する慎也。
結城さんと、慎也のいる場所に集まると、それに合わせるようにクラスメイト達もグループを作り始めた。
「あと一人だけどどうしようか」
「なーどうしよっかね」
「はい、優しい子がいいなあ……」
そんな掛け合いをしていると、遠くの方から女子生徒の声が聞こえてきた。
「おーい慎也ー余ってんなら入れてよー!」
「……最悪だ」
絶望したような顔をする慎也を、結城さんと不思議そうに眺めると五秒もしないうちに女子生徒が俺たちの前に颯爽と登場した。
「よっすよっす、人枠空いてるよね!それならウチも入れてくんない?」
ショートカットに、適度に日焼けした健康的な肌。ノースリーブにショートパンツ。引き締まった足の筋肉に目を引かれる、元気溌剌を体現したような女子生徒だ。
「俺はいいけど、慎也と結城さんは?」
「私も、全然いいですよ」
横の慎也は、固まったまま一言も喋らない。
「なんか、あったのか……?」
「えー、なんもないよ?」
そうなのか、と褐色肌の少女と会話をしていると慎也は大きくため息をついた。
「お前なあ、ここでもあの絡みしてきたらまっじで殺すかんな」
「えーなんのことかウチわかんなーい」
そう言いながら頭の後ろで腕を組みながらチョロチョロと慎也の周りを動き回っている。
「何があったんですか、羽崎くん」
「えーっとな……」
◇三週間前 体術訓練
休みを挟み、今日も体術訓練が始まった。先週のテストで、一方的に相手の湊をボコしたこともあって少し気まずい空気が流れているのは俺目線でも見てとれた。
魔銃選択者の数は少ないとはいえ、俺の存在は完全に周知のものとなっている。中には、恐怖を抱く者もいるだろう。
「あんた、慎也だっけー」
そんな中、周りの空気も読まず肩を組んでくる。
「先週のあんたすごかったね、速いし強いし……ウチすごいあんたのこと気に入っちゃったよ。ウチの名前は、朝日 陽ね。よろしくー!」
最初は、ただのいいヤツかと思った。けれど、その本性は全くの逆だった。
毎日のように金をたかられ、『ちょっとちょうだい』で菓子の八割を奪われる。それだけじゃない、俺をパシリのように扱おうとする始末だ。
◇
「す、すごいな」
「……」
結城さんは、慎也の話を聞き固まってしまった。朝日さんの加入に躊躇っていると、赤坂教官が戻ってきてしまった。
「それじゃあ、この班で授業を進めていくわねー」
拒否する間もなく、班が決定してしまった。
「ま、じか……」
「よろしくねー三人ともっ!」
「よ、よろしく」
「……」
結城さんは、固まったままだった。
◇
その後は、班ごとに分かれての実習だった。俺たちは第三班として、演習場の指定された区画へと向かっている途中だ。
「ここで、一旦皆さんの術式とか能力をすり合わせしませんか」
「いいねーしようしよう!」
指定された区画に着くまでまだ十分ほどかかるため、この提案はちょうどよかった。
「それじゃあウチからねー。ウチの術式は、《反発》。簡単に言ったら自分や触れたものに加わる反発力を自在に操れるんだ。それと、足技を組み合わせた近接戦闘がメインだよっ!」
「次は、俺でいいな。俺の術式は、《焔凝発》。術式の性質は、魔力を溜めて炎属性に変換して放出する。俺はこの術式と八極拳を組み合わせた接近戦が得意だ」
《反発》と、《焔凝発》全く異なる二つの術式。戦術も、八極拳と足技。正反対の二人。彼らがどう思っているのかは置いておいて、相性は良さそうだった。
「次は、私ですね。私は、戦闘はあまり得意じゃなくて治癒魔術が得意です。後は、後方からの魔力支援なんかもできます」
「最後は、俺か……俺は《変速》を使った近距離と中距離の戦闘が得意だ。後は、変速と術式結界を組み合わせた減速結界も使えるよ、あと一応ハヤテっていう霊装もある」
「あーこのずっと持ってるアタッシュケース?」
「そうそう、この中に入ってるんだ」
実務演習も、体術訓練と同じく自身の所有する魔導具及び霊装の使用も許可されている。戦闘時以外は基本的にアタッシュケースのような他者に危害を与えないように保護するのが義務付けられている。
「そのハヤテの術式はどんなやつなんですか?」
「術式は《継颯》っていうやつで、変速によって発生する過剰な運動エネルギーを魔力として貯蔵するんだ。そして、ある程度指向性を持たせた状態で放出するっていう術式だよ」
「なんか、ウチと慎也のやつに結構似てるねー」
「確かに、でもその指向性っていうのはあれか?距離とか速度とかのやつか?」
「それもあるけど一番は形かな。斬撃だったり、弾丸みたく圧縮して飛ばしたりとか色々できるっぽい」
「はえーすっごいね、それ!」
慎也と朝日は近距離戦闘、結城さんは後方支援、俺は近距離、中距離の戦闘。綺麗に分かれているバランスのいい班になった。それに、いざとなったら俺のハヤテの術式もある。戦闘において、切れるカードが多いことに越したことはない。
擦り合わせの後は、他愛無い話をしながら指定された区画へと歩みを進めた。
◇
「ついたーっ、ここだよねっ」
「はい、ここらしいですね」
到着した場所は、学校を模した区画だ。四階に加えて屋上とそこそこ大きな施設だ。
『あーテステス。聞こえるかなー三班の皆さーん』
どこからともなく聞こえてくる赤坂教官の声。
『三班のみんなの演習は、救出訓練だよ。中にいる生徒を模した模型を回収してくること。そして、この学校の中には魔術犯罪者を想定したホムンクルスが設置されてるから、気をつけてねーそれじゃっ!』
ぶつり、と回線が無理やり途絶えたような音が聞こえた後辺りには静寂が訪れた。
「えーと、これ、もう始めた方がいいのかな」
「赤坂教官も言ってたし、始めていいんじゃね」
「始めちゃおーっウチの本気みせたるわいっ!」
「き、緊張します……」
◇Interlude.獅子と薔薇
実務演習、第七班。第八区画、地下道。
「ふっ、ウラァっ!遍、そっち行った」
「わかってるよ、西園寺くん!」
次々と溢れるホムンクルスたち、それをたった二人のみで切り捨てていく。
「すご、あの二人……」
「ね、私たちついていけない……」
互いに互いを見ていない。それでも、互いの行動を理解している。
一ヶ月経ったこの白黎修練院において彼ら以上の連携を取れる者は存在しないだろう。
「西園寺くん、僕がやる!下がってて」
「わかってる、雑魚は口出すな。気が散る」
「《絶剣・塵》!」
瞬きよりも速く繰り出される十一連撃。遍の前にいたホムンクルス達は消失した。地面と壁全体に染まった緑色の体液。そして、地面に散らばる細切れにされた肉片だけが残っている。
「一旦、ここはいいな。向かうぞ、チェックポイントだ」
「西園寺くん、僕ちゃんとできてるよね」
「うるせえな、黙れ」
残された二人も、前を歩く二人の背中を追うように歩き出した。




