第十三節.自分の現在地
かれこれ、俺が白黎修練院に入ってから一ヶ月が経った。クラスもかなりまとまってきた上に、俺自身も魔術師らしくなって来たような気がする。霊獣事件以降、まともにできなかった魔力強化と術式の同時使用もまだ不安定ではあるが継続できるようになった。
それだけじゃない、座学を真面目にやったおかげもあり魔術師として過ごしてきたクラスメイト達の会話内容も最低限理解できるようになってきた。
最後に、これは昨日知ったことだが毎月クラス内の成績が張り出されることになっているらしい。そして、その掲示日が今日とのことだ。
項目は座学、体術訓練、魔術演習、実務演習の四項目だ。しかし、実務演習は最初の一ヶ月は無かったため今回は実質最初の三科目だ。
「よう、慎也……今日は成績が発表されるが大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ、座学がやばい。ずっと寝てたからな……」
「おはようございます、楓くん、慎也くん」
「おはよう、結城さん」
「おっす、結城!」
時刻は八時半、掲示は各クラスのホワイトボードだ。
俺だけじゃない、二人の足取りもいつもより遅く感じる。
教室の引き戸をあけ、三人で教室に入る。想像とは裏腹に、クラスメイトは各々の机で談笑をしていた。ホワイトボードに掲示はされているが、みんなあまり興味ないように見える。
「よっす、東雲。成績、なんか芹沢教官が一人一人まとめておいてくれたみたいだぞ、机の上に紙が置いてあるぜ」
「まじで?確認してみるわ、ありがとう三島くん!」
◇
「終わった……終わっちまったよ、二人とも……」
「私は、耐えました……」
「俺も、ギリギリ耐えた……」
プルプルと震える両手に握られているのは、成績用紙。それぞれの項目の点数と、クラス内での順位が記載されている。
[ 東雲 楓 ]
【 座学.55点 】
【 体術訓練.70点 】
【 魔術演習.40点 】
【 総合.165点 クラス順位.26/40 】
各科目、四十点未満は補習であり俺はギリギリ合格といったところだった。やはり俺の現状の課題は、魔術演習だなと痛感させられる。それでも、ポジティブに考えるのならここに来て初めて自分の現状を客観的に知ることができたのはいいことだ。
「なんか、なんとも言えないな……」
「う、うるせえよ。二人はどうだった?」
[ 羽崎慎也 ]
【 座学.35点 】
【 体術訓練.80点 】
【 魔術演習.55点 】
【 総合.170点 クラス順位. 25/40】
「座学が、本当に終了した……」
「でも、俺と五点……一位しか違わないのな」
「私にできることがあれば、なんでも言ってくださいね」
「ゆ、結城はどうだったんだ……?」
焦りを見せながらそう呟く慎也に対し、少しの余裕を見せる結城さん。
[ 結城雨 ]
【座学.85点】
【体術訓練.45点】
【魔術演習.70点】
【 総合.200点 クラス順位. 14/40】
「高すぎるだろう……羨ましいぜ」
「そ、そうかな……ちょっと照れちゃう」
「うん、すごいよ。俺なんて魔術演習が四十点だ」
「それを言ったら俺は、座学三十五点で補習だからな!」
三人で笑い合いながら、一限までの残り時間を過ごした。
◇三限.体術訓練
一限、二限、昼食を挟み、今日も今日とてミッシェル先生とのマンツーマンレッスンだ。
あー、完全に引っ張られてるな。
「こんにちは、カエデくん♡」
「ちわっす、ミッシェル先生」
ハヤテを取り出し、構える。
それに合わせるように、ミッシェル先生も短剣を構えた。
姿勢も、体の扱い方もまるで違う。それでも、どこを狙うのか——視線だけは同じだ。
この一ヶ月、優しくも厳しいミッシェル先生の指導により俺の短剣の扱いは格段に上達した。
先に動いたのは、俺からだった。ノーモーションの変速、四速による急激な加速で距離を詰める。
「そうそう!大事なのはたちまわりよっ♪」
変速による、物理的な攻撃の緩急。相手の予測を完全に否定し、強制的に俺の舞台で戦わせる。それに加え、ハヤテの術式《継颯》による、高火力の一撃。相手によっては、これだけでも必殺となり得るだろう。
それでも、俺の型とミッシェル先生の型はまるで違う。俺は、自分から攻めていくスタイルだ。それに対してミッシェル先生は、完全受身。それも、相手の一撃一撃を受け流すスタイルだ。
「はっ、はあっ!」
「必死なところも、カッコイイわ……よっ♪」
今までの受け身の姿勢とは全く違う、攻勢に出た大振りの一撃。
「変速、減そ——」
「おそいわっ!」
「ぐっ!!」
減速を発動する間もなく、叩き込まれる短剣。咄嗟に受け止めても、その威力は落ちることなく俺の体を弾き飛ばした。
まだだ、まだ……《継颯》が残ってる——!
「……術式開放、継颯!」
蓄えられた魔力を圧縮し、弾丸の如く射出する。放たれた弾丸は大気を引き裂き、ミッシェル先生へ一直線に進んでいく。
「おしいっ♪」
弾丸は、ミッシェル先生が体を軽く捻るだけで容易にかわされ、大気中に霧散した。
「はぁ、はぁ……くそっ!」
「惜しかったわよ、カエデくん♪」
ゆっくりと、俺に歩み寄り手を差し出すミッシェル先生。差し出された手の皮膚は硬く、ミッシェル先生の積み重ねた研鑽が伝わってきた。
「ありがとうございます」
「最後、一瞬躊躇ったわね」
「はい、ごめんなさい」
「実践だと、その一瞬の躊躇いが命取りよ」
「わかりました、気をつけます」
「それじゃあ、少し休憩してから練習再開よ♪」
「はいっ!」
◇Interlude.泥を啜る白鷺
体が重い。
息が詰まる。
脚がすくむ。
全身が、痛い。
体術訓練、細剣選択。私は、この中で一番の落ちこぼれだ。
「結城さん、何度も言いますが受け止めるだけじゃだめです。受け流すのですよ。細剣は、片手剣に比べてしなやかなんですから。その強みを活かさないと、あなた死にますよ」
「……はい」
そんなことは、わかってる。
けれど、怖い。一瞬でも気を抜いたら死ぬ、そんな極限状態での命の奪い合い。想像しただけで呼吸が止まりそうだ。
細剣の強み、それは剣自体のしなやかさだけじゃない。一対一での身軽さだ。
今の私は恐怖で脚がすくみ、その強さを活かせていない。それだけじゃない、私自身の体力、筋力が足りなさすぎる。
「少し早いけれど今日の授業はここまでです。各自、次の実務演習に備えなさい」
この一ヶ月、ずっと同じことの繰り返しだ。悔しさ以外の感情を抱いたことがない。どれだけやっても追いつけない。それどころかどんどん離れていく。
座学だけできても、実戦で使い物にならなければ価値がないのだから。
捨て駒にすらなれないままじゃ終われない。
使えるものをなんでも使って、私は——結城雨を証明する。




