第十節.修練院の洗礼.後
約五分ほど、廊下を歩き事前に指定された訓練場へと辿り着いた。
(えっと、第四訓練場だから……ここで合ってるな)
場所をしっかりと確認してから、重い扉を開ける。そこには、先日西園寺と戦ったものと同じ無機質なコンクリートでできた、殺風景な空間が広がっている。
「あら、アナタが楓クンね♪」
どこからともなく現れた人影。
低くも、艶のある声。それに加え、体のラインが浮き彫りになるタイトな服に身を包み、濃いアイシャドウと、真っ赤な口紅。首元には、赤と黒のスカーフが巻かれていた。
シルエットはどう見ても男、なのに仕草も口調も妖艶な女性そのものであった。
「……」
「あらやだ、反応薄め?」
「……え、?」
反応薄めも何も、どう反応すればいいのかわからない。
「ンー、短剣を選択したのは楓クンだけだし、始めちゃおうかしらっ♪」
「は、はぁ……」
男は、ぐねりと腰を捻ると別人かのように背筋を伸ばした。
「アタシは、元准特務執行官の安藤 勇よっ♪ミッシェル先生って呼んでね♪」
「……ミッシェル、先生」
名前や容姿、全部がめちゃくちゃだが何より驚くのはミッシェル先生が元、准特務執行官であることだ。
「それじゃあ、授業始めるから——ソレ、準備して?」
と、俺の右手に握られたアタッシュケースを指差す。慣れた手つきでアタッシュケースを開き、中からハヤテを取り出した。
「イくわよ♡」
「……はいっ!」
◇
「所詮この程度かよ」
「く、そ……この俺が」
第二訓練場、武器種選択は刀。受講者は十人、その中の一人の西園寺桐凪。
「もっとマシな奴はいねえのかよ、ぬる過ぎて反吐が出る」
九人の生徒に見られる中、彼は一人単独で特等レベルの教官を破った。それも、術式を使わずに。西園寺桐凪は良くも悪くも型に囚われない。剣を極め、追求したものほど翻弄される無二の太刀筋である。
「西園寺、俺とやろう。斉藤は、他の奴を見てやれ」
「すまない、芹沢……」
「芹沢サン直々かよ。いいぜ、勝ったら授業免除でいいな」
「あぁ、負けたらお前は俺が一から鍛え直してやる」
西園寺桐凪が向ける明確な殺意、それを意に介さなず鋼の心を以って対峙する芹沢雅人。交錯する眼光だけが空間を支配する。
勝負を仕掛けたのは、西園寺からだった。下から振り上げられる、刀。それに対し、美しい放物線を描きながら振り下ろされる芹沢の刀。
激突し、弾き落とされる西園寺の刀。最初の攻防を制したのは芹沢であった。
それでも、攻撃を止めるほど芹沢は緩くはない。それを、西園寺は理解していた。
刀を拾い上げ、体勢を立てもう一度踏み込む。
追撃の手を緩めない芹沢。
「はぁっ!」
「ふん……」
演出される拮抗に、西園寺桐凪は気付く筈もない。既に、西園寺は芹沢の狩場の中である。
重なり合う剣戟。
響くのは打ちつける鉄の音。
舞い上がるは、冷厳なる火花。
狩に飢えた若き獅子を制するは、冷徹に全てを見通す鷹の一閃であった。
西園寺桐凪が繰り出す、太刀筋を全て打ち払う。
体勢を崩し、後退る西園寺の喉元へ——。
その刀の切先は刹那で静止した。無様に倒れ込む西園寺と、驚くほど冷徹な芹沢。
「……あ、あぁ?」
「お前の負けだ、西園寺」
吐息すら冷たく感じさせるほど落ち着いた声だけが、二人の空間を包んでいる。
「お前は確かに優秀だ。だが、まだ甘い。お前の言葉を使うのなら、『ぬるい。』ぞ」
「……っ!」
困惑の表情は明確に殺意へと変化する。
「お前だけは、絶対に殺す!覚えとけよ、絶対にだ!」
それを見た芹沢は、鼻で笑う。そして期待するように熱の孕んだ声色でつぶやいた。
「あぁ、待ってる」
そう言い、芹沢は再び刀を構える。
それに呼応するように、西園寺も刀を拾い上げる。
二人の剣戟の音が、再び鳴るまでに時間はいらなかった。
◇
「っ、はあ!」
短剣と短剣が交錯し、舞い上がる極熱の火花が肌を刺す。
かれこれ二十分、変速と魔力強化を維持しながらの打ち合いを続けている。短剣を握る右腕は短時間で加わった負荷により悲鳴を上げ、足腰も今にも倒れそうなほど疲労が溜まっている。
それでも、ミッシェル先生の右腕は止まらなかった。蛇のようにうねるような軌道を見せる短剣。そして、こちらの短剣を往なし自らの手で隙を作り出そうとしている。
言葉で言わなくても伝わる、俺に教えようとしてる本来の短剣の扱い方。
「あら、もう限界?うふ、それじゃあこうっ♪」
「……!?」
短剣の切先はぐわんとうねりを見せる。
——直後、曲線から一直線に短剣の刀身が眼前へと飛び込んできた。
「はっ!?」
反応できる術はなく、反撃できる体力もなく、落ちる感覚に身を委ねる。
「痛って……」
「お疲れ様、カエデくん♡少しだけ休憩しましょっか♪」
そう言い、ミッシェル先生は俺のそばに腰を下ろした。
「カエデくん、魔術使い始めてまだ四ヶ月ちょっとなんでしょ。すごいじゃない、ここまでできるだなんてミッシェル先生驚いちゃう♪」
「あ、ありがとうございます。でも、やっぱり周りの子達と比べたら全然ですよ」
「カエデくんってば、謙虚ね♪そんなトコも、かわいいわよ♡」
ウインクをし、俺の鼻の先を人差し指でちょんと触れるミッシェル先生。正直、どこまで本気かわからない。けれで、俺のことをちゃんと認めてくれていることは確かだった。
「やっぱり、短剣って人気ないんですかね」
「ンーそうねぇ、不人気よねえ悲しいことに……まあ短剣は扱いにくし仕方ないけどね」
「それに、どうしても超近距離戦闘になってしまいますしね」
「よくわかってるじゃない、それに剣の軌道が読みやすいから対応もされやすいのよ♪」
「ミッシェル先生は、なんで短剣を扱うんですか?」
「え、もしかして知らない!?私、そもそも専攻は短剣じゃないわよ」
笑いながら口に手を当て、もう片方の手をぱたぱたと振るミッシェル先生。
「そうなんですか?」
「そうよ、私の専攻は投擲ナイフだもの。短剣は、その保険よ♪」
そう言い、ミッシェル先生は投擲用の小さいナイフを手で弄ぶ。ナイフの大きさは、果物ナイフほどで柄にはハヤテとはまた違う、緑色に発光する宝石が埋め込まれていた。
「これが投擲ナイフよ♪投げると跳ね返って戻ってくるの♪」
「え、どういう仕組みですかそれ?」
「えーっとね、ナイフが刺さったり当たったりしたら魔力を放出してそのまま持ち主に返ってくるの♪」
ミッシェル先生はナイフの切先を摘み、手首を振るようにナイフを投げた。投げられたナイフは、高速で回転しながら地面へと突き刺さる。
直後、緑色の宝石が一際眩しく発光しナイフは持ち主の元へと最短距離で戻ってきた。
「すごいですねこれ」
「でしょ、でもね魔力消費がどうしても多くて一度の戦闘ではあまり多くは使えないのよ。どうしてもってときか、必殺の時だけね♪カエデくんも、少し使ってみる?」
「はい!」
短剣と投擲ナイフ、二つを覚えることきっとは難しく大変だ。でも、戦い方は多いに越したことがないだろう。
「それじゃあ立ちなさい♪レッスン再開よ♡」
◇
その後、体術訓練と実務訓練を終え自身の教室に戻ってきた。どうやら実務訓練は、最初の一ヶ月は座学らしい。どうにも、前期の生徒が相当な問題児だったらしく実習場がまだ修繕途中だそうだ。
「いやー疲れた疲れた、一日が無事に終わったぜー」
「お疲れ様ですね、東雲くんも、羽崎くんも」
「あぁ、結城さんもお疲れ様。慎也もお疲れ」
「へいへいお疲れちゃん!」
隣には、慎也と結城さん。二日目にして、互いに高めあうことのできる友人ができたのは僥倖と言えるだろう。
クラスのみんなも、少しづつではあるが輪が出来始め入学直後の高校生活を思わせるようだ。
「終礼を開始する、席に着け」
がらがらと音が鳴るドアがあき、芹沢教官が入ってくる。俺たちを含めたクレスメイト全員はそそくさと自身の座席に戻って行った。
「すまない、四限の実務訓練の件は完全に抜けていた。明日も今日と変わらない日程だ。連絡は以上、解散だ」
簡潔に言い残した後、芹沢教官は足早に教室を出て行った。
時刻は十五時五十分、まだ寮へと戻るには早い時間だ。
「楓、結城も、この後暇か?」
クラスの喧騒を遮るように、慎也の声が耳に届いた。結城さんもそれに気づいたようで、体の向きを慎也の方へとずらしていた。
「この後、付き合ってほしい場所があるんだ」
いきなり何を言い出すかと、俺と結城さんで顔を見合わせる。
「どうしても行きたい店があるんだ、付き合ってくれ!」
再び二人で顔を見合わせる。
俺と結城さんも暇だったので、慎也に付き合うことにした。
行き先が、片道一時間かかるということ以外は完璧なプランだったと、後の慎也は語っていたがそんなことはないと思う。




