第八節.覚悟の原石
「……っ痛!」
「ちょっと、あんた動かないでよね!」
「ごめんなさい」
保健室。
先ほどの戦闘で肩を負傷した俺は、慎也に担がれてここまで運ばれてきた。消毒と、魔術による治癒を受けとりあえず傷は塞がった。
本当に、感謝が尽きない。
学校の授業もない入学初日に軽い騒ぎを起こし、あまつさえ負傷して治療を受けるだなんて恥ずかしくてならなかった。
「大丈夫か、楓」
「うん、ひとまずは大丈夫みたい。痛みはあるけど問題なく動かせるし」
「はぁ」
保健室の教諭が、豊満な胸を揺らしながら大きくため息をつく。
そもそも、この教諭どこかがおかしい。痛みでなかなか気づかなかったが、冷静になって見てみるとその服装は過激すぎる。ダボダボの白衣の下にはほとんど何も着ておらず大きな胸が強調され、時折見えかける桜色の秘部から目を逸らすのに必死だ。
それに加え、下は白衣に隠れて履いてるがタイツやスカートといった服も見受けられない。
つまり、シュレディンガーの下着状態である。
「あんたねえ、ガワが治ったからって無理は禁物よ!内側はまだ塞がってないんだからね」
「あ、はい。ごめんなさい。気をつけます」
「わかったならよろしい、それじゃあ今日は帰った帰った」
ドアを指差し、早く帰るよう促す教諭。
感謝の言葉を伝え、満更でも無さそうな教諭の顔を横目に慎也がドアに手をかけた直後——
「あ、待った待った。楓くん、少し話をしようか。慎也くんは外で少し待てて」
「あ、はい。悪い慎也、ちょっと待ってて」
「オッケー」
「すぐ終わるから、待ってくれたまえ」
◇
慎也が去り、ベッドに座らされ先ほどと同様に教諭と向かい合う形で対面する。
「率直に聞こうか、彼——西園寺くんと戦ってどう感じた?」
「それはもう、いうまでもなく強かったです」
「——違う、私の聞きたいのはそういうことじゃない」
「私が聞きたいのは、君の心の問題だ。」
瞬間、脳内に響き渡る去り際の彼の言葉。
『お前は何で、戦ってんだ。』
この問いに、俺は即答することができなかった。確かに、俺は俺のように魔術による犯罪の被害者を減らしたい。これは紛れもない俺の意志だ。
それでも、あの時あの瞬間俺の心にあったのは空白で思考が停止したのを覚えてる。
「うん、やはり何かある感じだね。それは、問いかい?」
「はい、そうです。あの時、彼は俺の戦う理由を聞いてきました。自分の中で答えがあるはずなのに、俺はそれを即答することができなかった」
「戦う理由、ねぇ……難しい問題だ」
教諭との間に沈黙が流れる。教諭は腕を組み、何か考えるような仕草をしていた。
「まず聞こう、君の戦う理由——修練院にきた理由はなんだい」
「魔術犯罪の被害者を減らしたいからです」
ほう、と少し納得したような顔を見せたがすぐに先ほどまでと同じ何かを考えている表情に戻っている。
「私が思うに、それは君が戦う理由の一つだろうね」
「一つ、ですか。でも、それが理由の全てなんじゃないですか」
「それは違うね、そもそも人が戦う理由なんて一つとは限らないさ」
「……あ」
その言葉で、迷いがうっすらと消えていくような気がした。
「それは、今すぐ答えを出す必要はない。西園寺くんは、君に答えを求めた。でも、今必要なのは誰かに答えることじゃあないよ」
——君自身が、自分に問い続けることだ。
「私が思うに、理由なんて後から来るものよ。だから、大事なのはもっと深いところ、言うなれば覚悟だ」
「覚悟、ですか」
「そう、覚悟 。君にとって、今一番必要なものだ」
そう言い、教諭は足を組み静かに話し始めた。
「これは私の持論なんだけど、覚悟とは原石なんだ。磨き続ければ君自身を彩る輝きになる、やがては君自身を象徴する宝石にもなり得るだろう。しかし、磨き方を間違えてはいけない。力が強すぎれば必要な部分でさえ削ぎ落としてしまうことになるし、磨く力が弱ければその原石は本来の輝きを放つことなく朽ちてしまうだろう。だからこそ、君は自身に問い続け覚悟の原石を磨き続けるんだ」
一息付き、俺の目をまっすぐと見つめこう言った。
「そして迷うことを恐れず、進むんだ。君自身が、納得のいく答えが手に入るまでね」
「……はい」
それがたとえ、一時の救いに過ぎなかったとしても今の俺にかける言葉にこれ以上の正解はないだろう。納得のいく答えが見つかるまで進み続けることこそ、俺の覚悟を完成させる方法であると。
「私から言えることはこれくらいだ、楓くん。他に何か、言っておきたいこととかあるかい?」
「いえ、大丈夫です。さっきの言葉が聞けただけでも助かりました」
「そうか、それは良かったよ。それじゃあ、今度こそ早く出ていけ。私は今アルコールとニコチンが欲しいんだ」
引き止めたのはそちらだろうだなんて、道を授けてくれた人に言えるはずもない。促されるまま帰ろうとしたが、気づけばドアの前で立ち止まり振り返っていた。
「なんだい、もしかして何かあるのかい?」
「あの、名前をまだ聞いていませんでした」
「っはははははは、そんなことか!いきなり振り返るもんだから何かあるのかと思ったよ!」
そんなに面白かったのか、涙が出そうなほど笑っていた。
「名前は久世 勇姫だ。久世教諭と呼びたまえ」
「はい、ありがとうございました。久世教諭」
そう言うと、久世教諭はにっこりと純粋な笑みを浮かべ俺のことを見送った。
◇
「すまん慎也、待たせて悪い」
「おう、楓。長かったな、ハラ減り過ぎて死にそうだぜ」
腹部をさすりながら、困ったように笑う慎也。
「それじゃあ、飯でも行くか。この辺になんかあるかなあ」
「俺知ってるぜ、超絶美味いハンバーグ屋あんだ。そこ行こう!」
「了解、んじゃ案内よろしく」
「おうよ、任せとけ!」
そう言い、走り出す慎也。それを追いかける俺。
修練院に入ってまだ一日目にも関わらず、気の許せる友人ができたことが嬉しかった。
でも、それ以上に今日味わったあの無力感。そして、俺の覚悟の原石。
これから俺が乗り越えるべき壁は多い。それでも、俺はこれから始まる新たな日常への希望を感じていた。
◇Interlude
「覚悟の原石、か」
ドア越しに伝わるその言葉が、彼の胸に引っかかる。
その言葉を聞いて、俺は自分の胸の奥にあるものを思い浮かべた。
だが、すぐに否定する。
俺が抱えているものは、原石と呼ぶにはあまりにも歪で、醜いものだ。
何のために戦うのかだなんて、もう決めている。
——■■だけであると。




