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第六節.獅子の問い

「さあ、何を聞きたいのかな。赤城くん」


「……」


 独房の、無機質で冷たい空間がある種の生物かのように肌を舐め回す。今まで感じたことのない居心地の悪さに顔を歪めながら、席についた。


「言っておくけど、質問には全部本当のことを話すよ。そもそも、君に嘘をついてもすぐバレそうだしね」


「軽口はいい、まずは事実の確認だ」


 こいつのペースに合わせていては、議論が進まない。

 資料のコピーを、テーブルとガラスの間、高さにして約十センチほどの隙間から久遠織に差し出す。


「いや、よくここまで集めたね。さすがだ」


「黙れ、さっきも言ったがまずは事実の確認だ」


 わかった。と頷き、久遠織は黙って俺の話を聞き始めた。


「まず、お前こと久遠織は約十ヶ月前から霞坂市西区の廃棄された大型倉庫の地下にて、金城ゆかりと共に霊獣の実験をしていた。そして、同時期に同じ場所で発生した『連続少年少女失踪事件』これも貴様らの起こしたことだな。そして、とうの金城ゆかりは行方不明」


「うん、あってるよ」


「被害者は十人。そして、霊獣に襲われた二人と最後の小泉颯も加えればこの事件による実質的な被害者は十三人だ」


 だが、本題はそこではない。


 事件はすでに解決している。

 目的も、その動機もすでに判明している。霊獣と人間の融合体、()()の生成、それによる人類の魔術的な新たな可能性の模索。


 記録に存在しない。されど痕跡は確かに、ある人物が存在したと示している。

 魔術を扱う以上、自身の痕跡を消すことは敵わない。それが、強大な存在なら尚更だ。



 本題、それは――


「単刀直入に言う、お前ら一つの()()だろ」


 俺の言葉を聞いた直後、久遠織の表情は今までにないほど怪しい笑みを浮かべていた。


「そうだね、君たちの敵は私と金城二人だけではないよ」


 疑念から確信へ。


「やはり、か。規模、思想、潜伏基地、知っている限りで構わない、全て話せ。貴様らの王は誰だ」


「んー、規模は数千?私は、研究だけやらされていたからよくわからないんだ」


 その話に、嘘はないように見える。それでも、千は超えているのか、と。


「思想はね、うーん……言っちゃっていっか」


「いいから言え」


「簡単に言ったらね、」


 ——魔人歴を、甦らせるんだ。



「……やっと来たか」


 言われた通りの時間に、演習場に到着するなり西園寺はそんなことを言いやがった。時間を指定したのはそっちだろ、間に合っているのだから俺に怒りをぶつけるのは間違っている。


 そして、演習場には壁の外周を沿うように観衆が集まっていた。


「おい、楓……大丈夫かよ」


「大丈夫だ、慎也。俺にだって譲れないものがあるんだから、心配すんな」


「……お前が言うなら、止めはしねえけどよ」


「さっさとしろよ、ザコ」


 西園寺の小言を聞き流しながら、静かにアタッシュケースを開け中からハヤテを取り出す。


 直後、西園寺含め観衆の空気が変わるのが俺でも理解できた。


「なんだよ、あれ」


「霊装?式位はなんだ」


「つーか、修練院生が所有出来るモンなのかあれ」


 観衆のざわめきは、伝播し広い演習場に響き渡っている。

 

 喧騒を切り裂くように、西園寺の鋭い声が耳に届く。


「環境設定は、お前の希望を聞いてやる」


「……?」


「……はあ、この演習場の環境設定だ。お前の得意で戦ってやるって言ってんだよ、わかんねえのかゴミ」


 そういえば、昨日武内さんもおんなじようなことを言っていた。

 この演習場はどうやら、中の環境設定を自由自在に変更できるらしい。


「構造物の無い、まっさらな状態にしてくれ」


「あぁ、わかった」


 そう言い、西園寺はドア付近にいる生徒に指示を出し環境の設定をさせた。

 無作為に聳え立っていたコンクリートの構造物は、昨日と同じように地面へと沈む。演習場は、何もなかったかのような平地になっていた。


 平地になってから、今回の戦いの審判を務めるとされる少年が俺と西園寺の間に割って入った。


「この決闘は、決闘術式を用いて行うため体に傷ができることはなく、致命傷を受けても死ぬことはない。ただ、どちらかのゲージがゼロになった直後、術式は強制解除されるため試合終了後は互いに刃を収めることだ」


「……フン」


「わかりました」


「それでは、この魔導具に手を置いてください。それにより、術式は起動します。まずは東雲さんから」


 差し出された魔導具はちょうど俺の手が収まるくらいの大きさをした魔導具だった。カグヤとはまた違う形状の魔導具であり、最初は戸惑ったが審判の説明を受けなんとか術式は起動した。


 術式起動後は特に体に何が起こるわけでもなかった。しかし、視界の右端、そこにゲームのHPバーのようなものが表示されている。


(これが、さっき言っていたゲージか)


 西園寺はというと、俺の二倍の時間はかかったように見える。


「それでは、これより試合を開始します」


「スタート!」


 響き渡る合図、それとほぼ同時に迫り来る西園寺。


(速い!?)


 右手に携えた刀を振り回すように、それでも確かに美しい曲線を描きながら俺の懐へと迫っていく。

 そして先ほどから感じる、彼の高揚感。ルールの確認時から絶やさなかったその、笑顔がさらに不気味さを加速させていく。


「ぐっ!」


 初撃は西園寺。

 痛みはあるが、出血はない。帯電する痛みはそのままに、負けじと俺も応戦する。


 型に囚われない、本能をむき出しにした獅子のような舞。魅了されると同時に、負けたくないという感情が込み上がってくる。


「変速——三速!」


 急激に軽くなっていく体、地面と足の境界が薄くなっていく感覚。もう、慣れた変速のイメージ。

 短剣を構え、迫り来る刀を加速した全細胞を以って打ち返す。


「……ッチ!」


 舌打ちの後、後退し体制を立て直そうとする西園寺。

 その隙すら切り裂く一閃。


 今までよりも、一際大きい一撃が西園寺の胴体を切り裂く。


 舞うのは鮮血などではなく、魔力の結晶。


 加速を維持したまま、反撃される前に距離を離す。それにより発生する隙を狙う。


 軽い一撃も、塵も積もればだ。ハヤテの魔力も溜まってきている、最後の一撃はこいつで——


 瞬間、無数の斬撃が俺の身体を刻みつけた。


(は?)

 

 何が起きたか、理解するよりも速く体勢を立て直した西園寺は俺へと迫ってくる。

 体勢を立て直そうにも、痛みによる思考の支配により身体は制御を失っていた。


 眼前に迫る、圧倒的な死の質量。


 これが、演習じゃなかったら確実に俺は死んでいたという現実。


「しねよ、ハンパもん」


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 視界に舞う魔力の結晶。

 体の感覚は失われ、残っているのはかろうじて繋がっている細い意識(いと)

 笑い声と確かな痛みだけが、無情に届いてくる。


 それでもまだ、負けていない。


 残っているゲージは二割ほど、対する西園寺はまだ七割ほど残している。だが今は、それだけで十分だ。

 感覚が失われても、なお残る右腕に加わる確かな重み。


「術式、開放——!」


 大気の魔力は膠着し、胎動するのは手元の切り札。


 霊装の異質さを感じ取ったのか、先ほどまでの悦な表情が消え警戒している西園寺。


「変速——四速!」


 継颯の準備は万端だ。


 今までよりも速く、加速していく感覚に身を委ね西園寺の元へ。

 繰り広げられる剣戟は今まで異常に速い。剣のぶつかる音よりも、互いの二撃目が繰り出される方が速い。


「変速——減速!」


 自身を中心とする光陣が、空間を侵食する。大気は停滞し、結果は鈍化する。


「これは——!」


 西園寺の、鈍る感覚に適応する暇すら切り裂く俺の切り札を——!


 減速を解除し、未だ停滞する西園寺の元へ。停止していた加速を再開し、反応する時間すら与えず距離にして約十メートルを跳躍する。


「お前、学べよいい加減」


「継さ——」


 残っていた二割のゲージは西園寺の冷たい声と共に散っていく。右手の感覚も完全に途絶え、崩れていく視界と歪み始める意識が身体を支配してた。


 ——何が起きた?


 いや、さっきと全く同じだ。ノーモーションからの無数の斬撃、何かしらの詠唱すらなかった。なのに、あれほどの高威力。


「お前、ハンパもん以下じゃねえか」


「……あ、え——」


 冷たいコンクリートの上、無力に倒れる俺の肩に西園寺の刀が、ずぷりと音を立てて入っていく。

 術式が途切れたのか、魔力の結晶の代わりに傷口からは血が流れている。


「……っぐ!」


 西園寺の全体重が刀を伝わり俺の体を縛り上げる。繋がれた身体は変速の反動で動かず、ハヤテを握る力すら残っていない。


「あれだけ大口を叩いてた割に、この程度とはな。霊装無しじゃ、魔術の指南すら受けていない俺に負けるだなんて笑えるぞ。」


「……っ!」


「お前の覚悟は、受動的なものだ。お前自身で手にしたもんじゃないだろ」


 ——お前はなんで、戦ってんだ。


 脳を揺らすような、西園寺の言葉。


 脳裏によぎるのは、過去のもの。

 寄せられる期待と、託されたもの。遺恨と後悔、あの日以降の記憶が滝のように流れてくる。いうべき言葉は明確だ、それでも——


 俺はその言葉に、返答することができなかった。


「即答じゃないのかよ、やっぱ嘘じゃねえか。もういい、せいぜい公安の犬として死ね」


 そう言い残し、冷たいコンクリートの上に横たわる俺に目を向けることなく去っていく。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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