第五節.未完の覚悟
午前九時、昨日武内さんからもらった一週間のスケジュールと中の地図を交互に確認しながら自分の教室、Aクラスを探した。
中は思ったよりも広く、同じ修練院の院生や教官のような人たちが行き交っている。
十分ほど地図と格闘したのち、Aクラスと書かれた表札を見つけ白塗りの引き戸を開けた。
「遅いぞ、初日から遅刻とはいい度胸だな」
「え、あ」
教室の中はには、合計して十五人が席に着席しドア付近で硬直している俺を凝視している。それに加え小さな教壇の横で腕を組みながら仁王立ちしている強面の男性が俺の返答を待っていた。
「ごめんなさい、道に迷ってしまって遅れてしまいました」
「まあいい、席につけ。お前、東雲楓だな。席は一番後ろの窓側だ」
「はい、わかりました」
軽く頭を下げ、指の刺された窓側の席へと移動する時見覚えのある少年と目が合った。
金髪のボブカット、切れ目のある瞳。引き込まれそうなほどに綺麗な真紅の瞳。
(西園寺、って呼ばれてた子だ)
改めて見ると、教室の中にいる生徒の中でも極めて小柄で顔立ちもどこか幼いように見える。
あまり見つめるのも失礼かと思い、おとなしく席に着く。
「災難だったな、あんた」
席につき、少し身支度を整えていると横にいる男子生徒に話しかけられた。
「そうだね、ここ広くて地図見てもわからなかったんだ」
「わかるわ〜、ここいろいろ施設入ってるっぽいから今日の午後探検してみようぜ」
「いいね、ところで君の名前は?」
「俺は――」
「そこ、うるさい。お前らも、一旦俺に注目しろ」
男性が手を叩き、クラスの視線を中心に誘導する。隣の男子生徒は手を合わせ『また後で話そうぜ』と言い静かに前を向いた。
「今日から四ヶ月間、お前らAクラス専属教官、簡単に言えば担任として指導することになる芹沢雅人だ。元公安一課所属の特等執行官で、担当する講座は座学と体術訓練の刀を担当する。まず、今日の予定だがお前たちには体術訓練で履修したい武器の講座を選択してもらう」
芹沢教官は、列順にプリントを配り始めた。
プリントには合計で六つの武器種、昨日園崎さんが言っていたものが記載されている。
片手剣、両手剣、刀、レイピア、短剣、魔銃の六つ。
「基本的に、この六つの中から選んでもらい明日から実際にその講座を受けてもらう。講座を受ける場所は武器の名称の横に書いてあるから、絶対に遅刻するなよ」
俺に、冷たい目線が突き刺さるのを感じる。
「後は、特にやることもないが、四ヶ月一緒に切磋琢磨するのだから簡単な自己紹介くらいあってもいいだろう。二十分後に、プリントを回収し自己紹介を始める。自分の選択した武器と講座を受ける場所は忘れないように、どこかにメモしておけ」
そう言い切り、静かに教団に寄りかかる芹沢教官。リラックスしているようにも見えるが、その目は生徒一人一人を観察し、精査しているような眼だった。
再び視線を机の選択用紙に戻し、ペンを走らせる。選択武器種に短剣を、氏名に東雲楓と書き記し窓の外を眺めていた。
映画のセットに出てきそうな、鮮やかな花、丁寧に選定された植木、太陽の光を反射する透明な小川。そして、白い装飾の施された西洋風の東屋。
(本当に、日本だよな)
窓の外に広がる光景に魅了されていると、さっきと同じ男子生徒に肩を叩かれた。
「なあ、あんた何にした?」
「俺は短剣にしたよ、君は?」
「あ、俺は羽崎慎也だ慎也って呼んでいいぜ。俺は魔銃を選択したよ、お前の名前は?」
「俺は、東雲楓。気軽に楓って呼んで、四ヶ月間よろしく」
「おう!よろしくな」
軽く握手を交わし、軽く世間話をしていると芹沢教官の設定したアラームが鳴り選択用紙の回収が始まった前の女子生徒に用紙を渡し視線を窓の外に映す。
「それじゃあ自己紹介しろ、まずはそうだな。お前からだ」
そう言い、芹沢教官は一番前の生徒を指差し自己紹介が始まった。
皆、思い思いのことを話している。扱う術式や、理想の執行官像など千差万別だ。黙って聞いていると、西園寺と呼ばれた少年の順番が回ってきた。
「西園寺 桐凪、馴れ合うつもりはない。それが弱いヤツなら尚更だ」
そう言い残し、去っていく西園寺。教室の空気は地獄だった。西園寺の次は、俺の前に座っているおとなしそうな女子生徒だ。前の西園寺の自己紹介も相待って表情は強張っている。
「え、えっと、結城 雨って言います。頑張って、一人前の執行官になれるように頑張ります。よ、よろしくお願いします」
身長が小さく小柄だが、女性らしい魅力的な体を持つ少女。目線は定まらず挙動不審に歩きながら自分の席に戻っていく。
俺の番だ。教壇の前に立ち、教室全体を見渡す。男女の割合は男子が七割で女子が三割ほど、年齢はやはり若年層が中心でぱっと見、年配の方はいないようだった。
「東雲楓って言います。いろんな人を助けて、俺のような魔術犯罪の被害者を減らせるように頑張ります。使っている術式は、変速です。四ヶ月間よろしくお願いします」
浅く頭を下げ、自分の席へと戻る。
「よっし、次は俺だな」
そう言い、慎也は席を立ち教壇の前に立つ。
「俺は、羽崎慎也って言います!最強の特務執行官と最強の魔術師ふたつの称号を絶対に手に入れるのが目標だ!よろしく!」
ほう、そういう人もいるのか。
単純に自分の魔術師としての能力を試したい、高めたい。俺のような正義感から来るものではなく、生物としての本能のようなものだろう。
その後も、順々に自己紹介は続く。十五分ほどでクラス総勢十六人の自己紹介は終了した。
「ん、お前らありがとう。明日からちゃんとした講習が始まる。時間割は毎日変わらない」
そう言い、ホワイトボードに時間割を書き始めた。
八時五十分に点呼があり、その後九時から一コマ九十分の講習を四限まで受けるという。一限は九時から始まり一コマと一コマの間には十五分間の小休憩を挟んでいる。
一限.座学、二限.魔術演習、三限.体術訓練、四限.実務訓練。
二限と三限の間には一時間の昼休憩があり、修練院には学食も利用できるという。もちろん、外食も構わないそうだ。四限が終わった後は自由時間であり、演習場を使ってもいいし寮に戻って休むもよし。本当に、高校と変わらないような一日だ。
「それじゃあ、今日は以上だ。この後は自由にしていい、演習場も開けてある」
そう言い残し、芹沢教官は教室から退出した。
張り詰めた空気は和らぎ、生徒たちは帰る準備を始めている。中には、近くの生徒と交流を深めるためにぎこちない会話をしている生徒もいる。
「楓、どうするよこの後。修練院の中たんけんしようぜ」
「ん、いいよ」
「おい、」
後ろから聞こえた、この教室の中では比較的幼い少年の声が聞こえ振り返ろうとした刹那。背後から加わる大きな衝撃で思わず机に覆い被さるように体制が崩れる。背中と腹部に加わる圧力が俺の体を拘束した。
「は、え?」
「なんだよお前、いきなり楓に!」
「うるせえよでしゃばり。確か、東雲といったな。ツラ貸せよ」
意味がわからなかった。背中に足を乗せているのは、紛れもなく西園寺だ。
「いいから、楓から離れろよ!」
慎也が無理やり引き剥がし、それと同時に俺も体制を立て直し背中を軽く払う。
「なんだよ、西園寺。俺、あんたになんかしたか」
「なんもねえよ、いいからツラ貸せ。そして、俺と戦え」
は?
本当に、理解ができない。いきなり背中を踏まれたかと思ったら今度は『俺と戦え』だなんて。しかも今日は初日なのにも関わらずだ。
「なんで、俺とお前が戦わなくちゃいけないんだよ」
「お前がハンパもんだからだよ、お前みたいな弱いヤツを見てるとイライラする。お前のその浅い覚悟と、託された重さには見合わない強さ、俺が改めて思い知らせてやるから」
浅い、覚悟だって。
ふざけるなよ、確かに俺の決意はつい一ヶ月前にできたものだ。それでも、あの事件を経て精算できなかった思いを、消えることのない後悔を背負い続けると決意したあの日を否定されているようで、心底腹が立った。
「いいぜ、受けてやるよ。ただ、俺も全力で行かせてもらう。魔導具は使わせてもらうからな、お前が売った喧嘩なんだから」
「俺も使うから、そこはフェアに行こう。それじゃあ一時間後、第一演習場で待ってる」
「あぁ、精々負ける準備だけはしとけよクソガキ」
「抜かすなよ、ハンパもん」
そう言い、西園寺は教室を出て行った。
「おい楓、いいのかよ」
「あぁ、構わないよ。第一、喧嘩を売ってきたのはアイツだからな。俺がわからせないと」
笑って答えるが、その顔が引き攣っているのは言われなくても理解できた。第一、俺は西園寺の術式と使用する魔導具は全くの未知だ。
正直、口ではああ言えても内心緊張が勝っている。
(つくづく、俺の悪い癖だな)
反省しつつ、慎也と共に殺伐とした空気の教室を後にした。
◇南鳥島 深淵監獄要塞 シャトー・ディフ
日本、太平洋に存在する最東端の島、南鳥島。本来、彼の島は一部のものしか出入りできない日本の中でも極端に閉じた場所である。
南鳥島は、レアアース掘削と大衆には伝えられているがその実態は大きく異なるものである。
その正体とは、公安の管理する魔術犯罪者勾留施設『深淵監獄要塞 シャトー・ディフ』の存在である。この施設の大きな特徴はその構造である。
「なんで俺がこんなところに行かなくちゃいけないんだよ」
赤城晃一は、地下へと沈んでいくエレベータの中。事前に配布された資料をもう一度読み返していた。
特筆すべきは、階層構造である。第一から第五まで存在し魔術犯罪の規模や保有術式によりそれぞれ割り振られる。
(今俺が向かっているのは、第三階層、か)
第三階層。それは、魔術犯罪組織の幹部級が勾留されている。
チーンと、エレベータの機械音が鳴り響き重い鉄板のような扉がギギギと音を立てて開かれる。
辺りは薄暗く、外は昼だったのに夜中の街灯の少ない住宅街のように不気味な雰囲気だった。それ以上に、空間を満たし肌に突き刺さる明確な殺意が俺の体を縛り付けるのを感じる。
第二資料、囚人番号8967 久遠織。
事件は収束しても、その実態は掴めないものだった。彼は、保有術式、不明。出生、不明。所属、不明。わかっていることとすれば、それは名前と性別くらいだ。
霊獣事件は、形状は解決していても、その実態は全くもって不明瞭である。
十分ほど歩き、久遠織の独房の前へとたどり着く。
独房内は、二重構造になっており魔術強化ガラスを挟んで向かい合う形である。通常時、囚人はガラスの向こうは見ることができない結界が張られる。しかし、面会者がいるときは結界が一時的に解除され面会ができるというシステムだ。
資料を確認し、これまた重い鉄塊のような扉を開けるとそこには、
――久しいね、赤城くん。
「――久遠、織」
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