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第四節.白黎修練院

 職員の方が対面のソファに座り、いくつかの資料を差し出す。


「改めて、お待ちしておりました。赤城晃一准特務執行官、そして東雲楓様。私は白黎修練院の職員として勤務している公安二課所属の武内と申します、本日はよろしくお願いします」


 丁寧にお辞儀をする職員さん。それに合わせて俺と赤城さんも軽く頭を下げる。


「まず、この白黎修練院の概要からですね。どのようなものかは恐らく把握されてると思いますが、私からも軽く説明させていただきます」


 そう言い、武内さんは部屋の電気を消し俺から見て右側にあるスクリーンにスライドを表示させた。


「この白黎修練院は、執行官を育成する施設でございます。育成期間は四ヶ月です。毎年三期生まで募集してまして、東雲さんの場合ですと2020年の第二期生ということになります。そして、修練院での育成項目は四点あります」


 四ヶ月、改めて聞くが執行官になるには少し短いようにも感じる。

 ふと、横の赤城さんを見ると腕を組みながらうとうとと今にも眠ってしまいそうに首を揺らしている。


(この人、一応准特務執行官だったよな)


「座学、体術訓練、魔術演習、実践想定訓練の四つの柱で構成されており、クラス時間割り制でカリキュラムが組まれます。ですよね、赤城准特務執行官」


「……ん、あぁ。東雲は座学だけは絶対に落とすなよ。一般人上がりなんだから、尚更重要だ」


「あ、はい」


 眠気に負けたのか、潔く目を閉じ腕を組む赤城さんに少し呆れるがそれよりも話を聞く方が重要だ。


「そして、この四つの項目で必要な単位を取得した後に最終試験として、実務訓練を実施します。演習ですが本番を想定した実務演習となっておりこれに不合格の場合、再び四ヶ月間講習を受けていただきます」


 最終試験、聞いただけでも心臓の鼓動が大きくなる。考えてみれば当たり前だ、執行官として人々の命を預かる仕事だ。それなら、尚更失敗が許されない。


「最後に、お金面に関してですね。これは心配いりません、こちら都合での院入ですので授業料、などは全て負担させて頂きます。しかし、最終試験不合格の場合は請求する可能性がございますのでその点はご了承ください」


 失敗したら、四ヶ月間やり直し。しかも、場合によっては追加で料金が請求される。

 一回の失敗でも、想像以上に重い。


「それでは、説明は終了です。同意していただけましたらこちらの紙に、サインをお願いします」


 会議室の明かりを点け、机の上に置いてある同意書とペンを渡す武内さん。

 これからの生活への期待や不安、重圧を噛み締めながら自身の名前と印鑑を押す。


「ありがとうございます、それでは明日から講習が始まります。東雲さんは、Aクラスの配属です。そしてこちらが寮の鍵と、本日使用したスライドのコピーでございます。お時間がある際にでも一読して頂ければと思います」


 机の上の資料と、小さいジッパーに入った寮の鍵を小さめのトートバッグと一緒に手渡された。


「こちらこそ、今日はありがとうございました」


 立ち上がり、頭を下げる。部屋の明かりで目が覚めたのか、赤城さんもゆっくりと立ち上がり軽くお辞儀をした。


「そうだ、本日霊装を受け取ったと本部から伺いましたがそれは本当でしょうか」


「あ、はい受け取りました」


「それなら、演習場使って行きますか?自分の使う物ですから、ある程度どんなものなのか体験しておくのとおかないとではだいぶ違いますからね」


「ありがとうございます!」



 修練院の廊下を武内さんの跡を追って進んでいく。


「ところで、東雲さんは武器種選択は何にいたしますか。片手剣、両手剣、刀、レイピア、短剣、魔銃の六種類がありますが」


「え、えっと」


 思わず言葉が詰まってしまった。そもそも、こんなに多くの種類の武器を選べることや聞き馴染みのないレイピアや魔銃と呼ばれたものもあって返答に時間がかかってしまう。


「この中だったら、短剣になると思います。受け取った霊装も、短剣でしたので」


 そう言うと、武内さんは少し顔を歪ませた。赤城さんは、まだ眠いのかあくびをしている。


「短剣、ですか。珍しいですね、毎年短剣の選択者はほとんどいないんですよ」


「え、ほとんど?」


「はい、やはり他の刀や片手剣とは違いリーチが短く、どうしても相手の懐まで踏み込まないといけない都合上、好まれないんですよね。もちろん、サブとしてならいいですけど、メインで扱う方は公安でも珍しいですよ」


 言われてみれば当然だ。刀や片手剣みたいに少し遠くから届くわけでもない。

 相手の懐に飛び込むなんて、聞いているだけで怖い。


「つきました、ここが演習場です」


 分厚く、重そうな扉が開かれ演習場が現れる。

 演習場は無機質なコンクリートで覆われ、おおよそ室内とは思えないほど広かった。小さいビルがすっぽりと覆われてしまいそうなほど高い天井に、先がぼやけるほど遠い壁。

 そして、あちこちに意図も読めないコンクリート製の段差や障害物が置かれている。


 外から見たら普通の何の変哲のない建物の中にこれほど広い空間があるだなんて想像もしなかった。


「やっぱ、驚きますよね。私もよくわからないんですけど、空間を歪ませている……らしくて、こんなことになっているらしいですよ。あと、環境の設定もできて住宅街や平地、森林などさまざまな状況で訓練できます。」


 空間を歪ませる、フィクションでしか聞かない言葉に思考が停止する。それに、環境の設定。本当にどうなっているのかさっぱりわからなかった。


「今回は、試運用とのことですのでただの平地に設定させていただきますね」


 そう言い、武内さんはドア付近にあるボタンで中の環境を平地に設定した。



 いつの間にか刀を取り出し、中で素振りを始める赤城さんを無視しアタッシュケースに入ったハヤテを取り出した。

 初めて取り出した時と同じように魔力を流して刀身を実体化させる。


「東雲、準備はいいか」


「はい、大丈夫です!」


「そうか、そしたらこの中を変速で何回か往復したらハヤテの術式を使え。宝石に強く魔力を流したら発動する」


「わかりました、変速。三速!」


 短剣を強く握り締め、変速を発動する。約一ヶ月のブランクがありながらも、術式や魔力の扱い方は忘れていなかった。

 赤城さんに言われた通り、演習場の中を縦横無尽に駆け回る。

 視界の端で捉える赤城さんは、微動だにせずただただ刀を構えていた。


 加速に合わせて、床を蹴るたび足裏に伝わる衝撃が体を伝って短剣へと吸い込まれていくような感覚があった。


「撃て、東雲」


 短く、簡潔な赤城さんの指示が加速している俺の体よりも早く耳に届く。

 宝石に、魔力を集中させるような感覚。赤城さんの背後へと回り、短剣を構える。


 下から上へ、短剣を振り上げると同時に自身のありったけの魔力を込めて術式の名を唱える。


継颯(ケイサツ)!」


 瞬間、空気を切り裂くように、圧縮された魔力が帯状に広がっていく。

 空気が裂け、床のコンクリートを抉りながら一直線に赤城さんの下へ。


「っ!?」


 しかし、見据えたはずの背中はどこにもなくあるのは抉れた地面と宙を舞う瓦礫のみ。


「遅い」


 背後から聞こえる声に反応し振り返るよりも早く、首筋に感じる冷たい感覚が俺の体を縛りつけた。


「威力は、十分だ。だが、撃った後が隙だらけだ」


 首筋に触れる刃が下され、それに合わせるように俺も振り返った。


「短剣は、さっきの話にもあったようにリーチが短い。今のお前だと、外した瞬間殺される」


 変速で加速し、継颯を撃った。それでも、赤城さんには届かない。実力差はわかっていたつもりだったけど、やっぱり悔しい。


(速さだけじゃ、勝てない。)


「すごいです、東雲さん」


 ドア付近で俺と赤城さんを黙って眺めていた武内さんが口を開いた。


「魔術を扱い始めて約三ヶ月とは思えない動きです、霊装もちゃんと扱えているし……」


「買い被りですよ、今だって赤城さんに防がれちゃいましたし」


「いやいや、それでも扱いづらい変速をここまで正確に扱えてるなんて驚きしか出ないです!」


  口では謙遜していても、実際褒められるのはそれなりに嬉しかったのは言うまでもない。


 止まらない武内さんの褒め言葉に狼狽えながらも、赤城さんの指示で二時間近く何回も同じことを繰り返し同じ回数赤城さんにボコボコにされた。



「それでは、本日はありがとうございました東雲さん、赤城准特務執行官。東雲さんは、明日から始まる四ヶ月間の講習、頑張ってくださいね」


「はい、武内さんも今日はありがとうございました」


「ありがとな、武内」


 深く頭を下げ、修練院前で待機していた園崎さんの車に乗り込む。

 窓の外から小さく手を振る武内さんに軽く会釈をしている俺を無視し、容赦無く車は発進した。



「赤城さん、これからどうするんですか」


「一旦、霞坂に戻ってお前の荷物を回収する。最低限でいいからな」


「わかりました」


 荷物といっても、俺の家には必要最低限のものしか置いていない。服もシンプルなものだし元々物欲もそんなになく同年代の男子と比べたら部屋は質素な方だ。


(持ってくものなんて、服と下着くらいか)


「その後は、再び八王子に戻って修練院近くの寮まで案内する」


「ところでボーイズ、このオレを待たせすぎやしねぇか。何も言わず三時間車に拘束は悲しいぜ」


「悪かった、魔導具の試運用をしてたのでな」


「オレも見たかったぜーーーーーー!!」


 つぶやいた謝罪は、園崎さんの奇声にかき消され、車は首都高を法定速度ギリギリで駆け抜けていった。



 必要最低限の荷物を回収し、再び車に揺られること二時間半。あれだけ荒々しかった園崎さんの運転も心なしか少しだけ落ち着いているような気がした。

 気づけば、夜の帷は落ちていた。街は眠り、星々が目覚め始めた頃、修練院近くの寮へと到着した。

 寮はというと、外観はビジネスホテルに近い大きな建物だった。


「降りな、ボーイズ。東雲、オレはここまでだ。四ヶ月、頑張れよ。」


「はい、園崎さん。今日は一日、本当にありがとうございました」


「いいってことよ!」


 親指を立て、満円の笑みを浮かべる園崎さんに深くお辞儀をして赤城さんの後を追う。

 約五分ほどで自身の部屋へと到着した。


「東雲、俺もここまでだ。お前なら大丈夫だ、とは言わん。だが、簡単には折れないことは知ってる」


 ぎこちないその言葉、それでも俺に対する激励だと言うことは考えなくても理解できた。


「ありがとうございます、赤城さんや色々な人達の期待に応えられるように頑張ります!」


「あぁ、その意気だ。それじゃあな、東雲。頑張れよ」


「はい!」


 俺に背を向き、軽く手を振る赤城さん。その姿が見えなくなるまで見送り武内さんからもらったトートバッグの中から、寮の鍵を取り出し自室の扉を開ける。


 内装も寮にしては広く必要最低限の設備が揃っているようだった。

 ベッド、机、クローゼットと本棚、シャワー室とトイレ。それに加えて壁には大きめのテレビが設置されていた。


(これ、完全にホテルだろ)


 シャワーを浴び、ベッドに横になる。

 気づけば、机に置いてあるアタッシュケースからハヤテを取り出しその刀身を眺めていた。


 柄に埋め込まれた宝石は鮮やかに煌めき、刀身は部屋の明かりを鋭く返している。


 託されたもの、選んだもの、改めて俺の背負っているものの重さを実感する。


(今のままじゃだめだ、もっと強くならないと)


 窓の外には、夜の修練院が静かに佇んでいる。

 明日から始まる四ヶ月は楽なものではない。少なくとも、今までの常識は完全に捨て去るべきだろう。


 それでも、逃げるつもりはもうなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

もしよろしければ感想やリアクションをしていただけるとこれからの創作の励みになりますので、お時間がある際にでもしていただけると嬉しいです!

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