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第三節.最悪の第一印象

 何度か道を間違えるも、他の職員さんの手を借りて無事に赤城さんが待機していたエレベータの元へ辿り着いた。その頃には、時刻は十二時を指しており昼食の時間に近づいていた。


「赤城さん、お待たせしてしまい申し訳ないです」


「いや、いい。それより、物は無事にもらえたな」


 そう言い、俺の手に握られている黒いアタッシュケースに目を向ける。


「はい、受け取りました。大事に使います」


「魔導具の式位は聞いたか?」


「魔導具の級式、聞いてないですね」


 ため息をつき、頭を抱える赤城さん。


「魔導具には、第五式位から第一式位、そして特式位が存在する。これはその魔導具の格を示すものだ。執行官の階級制度と同じようなものだ。上に行けば行くほど強力になり危険性も増す。恐らく、中に紙があるから確認してみろ」


 言われるがまま、アタッシュケースを開けると上の方に紙が貼り付けられている。紙には、識別番号のようなものと一緒に式位が記載されていた。


【識別コード:RE-I 052 式位:第一式位 】


「第一式位、とんでもない代物だぞ。執行官として登録されていないのにも関わらずに、第一式位が与えられるだなんて前例がない。基本的に第一式位は准特務以上が使用しているのに……修練院の連中が見たら腰抜かすぞ」


「……第一式位」


 聞いただけでも分かる、俺の手に余る代物だ。


 感嘆の表情を浮かべる赤城さん。そこまですごいものだとは思っていなかった。いや、確かにすごいものだとは思っているが、赤城さんの反応が予想外すぎて俺も困惑している。


「俺もまだ手にしたことがないものを魔術師になって二ヶ月ほどしか経ってないやつに渡すだなんて、アイツ本気でお前に賭けたんだな」


 確認を終え、アタッシュケースを閉じてから立ち上がる。『賭けた』その言葉が引っかかる。確かに、俺はまだ魔術を身につけてから二ヶ月ほどしか経っていない。それでも寄せられる、確かな期待。不安と、それでも認められていることへの嬉しさが同時に押し寄せた。


「俺、これから頑張ります。皆さんの役に立てるように、もっと強くなります」


「あぁ。期待しているぞ」


 エレベータに乗り込み、上の階へと登っていく。しばらくして、地上に戻り公安の外へと連れられるままに出た。


「赤城さん、これからどこへ向かうんですか」


「まずは昼飯だな。その後は、白黎修練院に向かう。」


「白黎修練院はどこにあるんですか、新宿のあたりですか」


「馬鹿か、こんなところでできるわけがないだろう。場所は、確か八王子あたりだったかな」


 そう言い、スマホを確認する赤城さん。魔術施設がスマホで調べられるのかは甚だ疑問だ。

 しばらく公安の前で待っていると、目の前に一台の黒い車が止まった。自動で扉が開き、運転手と思われる女性が乗れと合図をしてくるのが見える。


「いくぞ、東雲」


「あ、はい」


 地獄のドライブが始まるなんて、この時の俺は知る由もなかった。



 車に乗り込み、女性が放った一言。


「トばすぜ」


 返答する間も、意味を考える間も与えず、爆発したように加速する。

 首都高を法定速度など存在しないかのような勢いで駆け抜けていく。荒々しいハンドル捌きに、胃の中身が全て逆流しそうなのを必死に堪える。


とうの運転手はというと時折意味不明な奇声を上げながらアクセルを踏み続けている。彼女の絶え間ないシフトチェンジによりギアレバーはキイキイと悲鳴をあげていた。

 赤城さんは、慣れ切ったかのように腕を組み仏頂面のまま姿勢正しく座っている。


 何度か、胃の中のものが口に戻ってくるという体験をしたのちに八王子の定食屋さんの駐車場へとドリフト気味に駐車した。


「ぁ、かぎさん。なんですかこれ」


「日常だ」


 こんなものが、日常であってたまるか。

 ドアが開かれ、運転手(あくま)が降りろと合図をする。


「おりな、ボーイズ」


 赤城さんの表情は、仏頂面のままだった。



 定食屋に入り席に案内される。


 赤城さんと、ドライバーの女性が並び机を挟むようにして俺が対面に座った。


「何を食うんだい、ボーイズ」


「食欲、ないです」


「東雲ボーイ、君は男の子なのだから食べなきゃだろー?」


「は、はぁ。ていうか、あなた誰なんですか」


 そうだ。俺はこの人の名前をまだ知らない。おそらく公安の人なのだろうが。


「話してなかったのか、赤城クンよ」


「なんで俺が話すんだよ」


「はぁ、だから赤城クンはダメなんだよ。まあいいや、私の名前は園崎 奏美だ。公安所属って言っても、二課の監視課所属だけどね。」


 公安の、二課。監視課、本当に一つの会社みたいだと感心すると同時に、他にも課が存在するのかという疑問が湧いてきた。


「二課ってことは、他にもあるんですか」


「おうよ、まずは一課の魔術戦闘課だ。これは、読んで字のごとく魔術犯罪者たちをぶっ飛ばす連中だ。次は、私が所属している二課の監視課。ここでは、調査とか、雑用とか、基本的になんでもやってる暇人たちだ」


 一課の魔術戦闘課。戦闘。

 二課の監視課。パトロールや実際の事件の調査。それだけじゃなく執行官たちへのサポート。幅広い業務をこなしているようだ。


 噛み砕きすぎているように感じているが、実際伝わっているのだから問題ないだろう。


「これだけじゃない。最後は三課の封印管理課だ。魔導具の管理、修理、遺体の後始末、陰気な仕事さ。公安は、この三つの課で組織されそれぞれの課のトップ。つまり課長、それらを管理する局長。そして、各支部の局長を管理する公安の最高権力者の伏神巖雷だ」


「いっぱいあるんですね」


「おうよ、一応国際組織だからな!あ、店員さーん注文お願いします!」


 遠くでオーダーを受けている店員への空気を読まない園崎さん。赤城さんと一緒に軽く謝罪し、目に入った麻婆豆腐定食を注文した。


「東雲、この後は白黎修練院に向かって軽い手続きをする。多分、明日からは向こう四ヶ月間寮生活になると思う。手続きの後は、荷物を取りに行くぞ。霞坂に」


「あ、はい。寮生活ですか?」


「あぁ、まあ四ヶ月だけだからなんとかなるだろう」


 御門さんといい、園崎さんといい、俺が関わる魔術師たちは少し適当な人が多い。でも、赤城さんだけはまだ真っ当だと思ってたが、この人も大概だ。


 しばらくして、机にそろった定食をそれぞれ食べてから店を出た。

 その後の運転もまあなんというか、地獄だった。



 八王子市の端、山の麓にある大きな白塗りの施設の前に車がキィーとレース場でしか聞かないようなブレーキ音を響かせながら停車した。


「降りな、ボー」


「降りるぞ、東雲。園崎は待ってろ」


「あ、はい。」


「わかりました」


 寂しそうな園崎さんを横目に、施設の扉を抜け中に入る。内装はというと現代の専門学校を思わせるような清潔感があった。観葉植物や、太陽の光をたくさん取り込む窓。

 あまりにも、魔術とはかけ離れた内装に驚く暇もなく赤城さんに手を引かれ奥へと進むとホテルの受付のようなものが見えてきた。


「あ、これにサインしろって。俺に、命令してんのか女。」


「なんだ、喧嘩か?」


 受付の女の人が、カウンターを挟んで金髪の背の低い少年に絡まれている。


「西園寺、よせ」


「うるせえよおっさん、ぶち殺すぞ」


 西園寺と呼ばれた少年の横にいる、保護者を思わせる大きな背丈の男性が手を掴み暴れているのを抑えようとしている。

 何も言わず、ただただ少年を見つめていた。


「くっそ、うっぜえな。サインすればいいだろ」


 カウンターの壁を思いっきり蹴った後に、握るようにペンを持って紙にサインした。


「西園寺、あまり暴れるな。ここにいるのは全員お前の味方だ」


「うぜえよおっさん。俺の味方は、この世界で俺だけだよ」


「職員さん、すいません。あとでちゃんと指導しとくので」


「い、いえー。慣れていますので」


「西園寺、謝れ」


「……チッ」


 少年は、謝罪の代わりに舌打ちをし受付から足早に去っていった。

 一連の修羅場を遠くから眺めている俺と赤城さん。硬直した俺と赤城さんの横を去っていく瞬間。


「あ、なんだお前、何見てんだよ」


 俺を探るように見つめる赤い瞳、そして切れ目のある目元。一言で言えば、目つきが悪い。


「落ち着け、西園寺。ほんと、すまん赤城。そこの君も、ごめんな」


「離せよおっさん!」


 手を引かれ、去っていく二人を見届けてから受付の前へと辿り着く。


「お待ちしておりました、東雲様、赤城様。どうぞこちらへ、」


 そう言い、応接室へと通され高級そうなソファに腰を下ろした。

 先ほどの一件もあり少し気まずそうな受付担当の女性と、相変わらず無表情な赤城さん。


 心底、居心地が悪い。


 ソファに腰を沈めながら、さっきの少年の目を思い出す。

 見つめる瞳から感じた冷たい視線。


 まるで、何かを値踏みするような――そんな視線だった。


「……東雲?」


 赤城さんの声に、慌てて顔を上げる。


 白黎修練院。

 執行官候補たちが集う場所。


 そして俺は、この日まだ知らなかった。


 あの最悪な第一印象の少年が、これから四ヶ月、 嫌でも関わる相手になることを。



「久遠織、惜しい人材だったが仕方ない。計画に支障はない」


 暗い会議室。中心の円卓を取り囲むように五人の影が椅子に腰を下ろしている。


「王サマ、で、ここからどうすんだ。金城一人じゃ研究は難しいだろう」


「そうね、あの娘一人だとどうしても研究は進められないわよ」


 金城へと飛び交う不安の声を遮るように王と呼ばれた青年が口を開いた。


「その件だが、研究は完成した。久遠が直前に理論を完成させた。まだ粗があるが試作が既に結果を残している。今は、二号機の制作に取り掛かっている」


「そーかよ、で。次はどこに行くんだよ。あと、オレはまだテメェを王だと認めてねえからな。仕方なく、計画に付き合ってるだけだ」


 興味なさそうに椅子を揺らし天井を仰ぐ巨体。

 その後ろにある無機質な扉が、音を立てずに開かれ廊下の淡い光が薄暗い会議室を照らす。


 入ってくるのは、金髪を揺らす白衣を纏った少女。その後ろを追うように歩く短髪の青年。


「王、完成しました。完成体オロチ改め」


 ――霊骸被験者 No.2 ■■■ ■ Type.Quick

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