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第十三節.原点 Answer

 扉を抜け、久遠織がいると思われる部屋へと続く廊下を歩いていく。

 会話はなく、ピリッと張り詰めたような空気が流れ四人のテンポの合わない足音と呼吸音だけが廊下に反響している。ゆっくりと、着実に一歩一歩、歩みを進める。


 廊下は、初めて霊獣と対面した時と同じ、体を這うような生暖かい不快な空気が漂っている。空気は流れることなく滞留しているため、尚更居心地が悪い。

 それに加え、廊下は先ほどまでとは一変し一切の光を通さない暗黒となっていた。


 かくして、一行は廊下の終着点の扉へと至る。

 生暖かい空気とは裏腹に、ひんやりとした鉄製のドアノブを握る。


「……開けるぞ。」


 扉が開かれると共に、暖色の光が四人の影を包み込んだ。



「やあ、待っていたよ。諸君。」


 扉を開いた先の光景は、目を疑うほど異質なものだった。体育館二つほどの広さの部屋の量端には巨大な培養槽が六つづつ並んでいる。培養槽の中には、幾つものケーブルに接続された霊獣が漂っていた。

 そして、体育館でいうところのステージ付近に影が二つ。

 この事件の全ての黒幕、久遠織と久遠織の霊獣化実験の被験者、小泉颯。俺の、ライバルだった男が立っていた。


「……小泉。」


 ここに来て、急に恐怖が湧いてきた。冷や汗と、手の震えが止まらなくなる。


「大丈夫だよ、楓。私たちがいるから。」


 そっと、優しく手を握りしめてくれる御門さん。


「ありがとうございます。」


「久遠織、ここに公安局から通達だ、よく聞け。貴様を国際魔術法違反及び、推定事案ランクA〜に基づき、拘束する。」


「断わる。」


 不敵な笑みを浮かべ、久遠織は手に持っていたスイッチを押す。

 直後、巨大な爆発音と共に培養槽が破壊され薄緑色の液体が溢れ眠りから霊獣が解き放たれる。


「総員、戦闘準備。ここに、赤城晃一特等執行官の名の下に戦闘を許可する。」


 三輪さんと御門さんの二人は、霊獣の対処にあたり赤城さんは久遠織の元へとかけ出していた。

 解き放たれた霊獣に興味はない。見据えるのはただ一人、小泉颯だ。


 On your marks


 この場に存在しない、聞こえるはずのない言葉が脳裏をよぎる。


 Set

 

 互いの地面を蹴る音が響く。


 小泉と俺が動き出したのはほぼ同時。

 カグヤから短剣を引き出し、全身に魔力強化を施す。


「小泉!」


 今度こそ、逃げ出さずに、ちゃんと顔を見て、名前を呼んで、向き合いたいんだ。もう二度と、後悔はしたくないから。誇れる自分でいれるように。


 短剣と、黒い硬化した皮膚で覆われた拳が激突し黒く濁った、小泉の瞳を見つめる。


「小泉!俺だ、東雲楓だ!わかるか、俺だよ!」


 呼びかけに返答はない。拮抗していた力は、小泉の薙ぎによって振り払われる。間髪入れずに行われる小泉の右ストレートが俺の下腹部へと炸裂する。


「ぐはっ!」


 立て続けに繰り出される小泉の徒手空拳。それを一手づつ短剣で往なしていく。絶え間なく、行われるその攻撃になす術はなく防戦一方。俺と小泉の、戦闘により床は抉れ硬い土と冷たい岩が露出する。


 どうにかして、小泉の隙を作らなければ勝ち目はない。


 ここに、術式の展開を。


◇ said.赤城晃一 vs 久遠織


「久遠織!」


 カグヤから長身の刀を引き出す。


「妖刀、それも村正か!」


 両手に力を込める。魔力強化に澱みはない。

 しかし、振り下ろされた一撃を久遠織は軽く受け止め口角を歪ませる。


「……強いな、君。確か、赤城晃一と言ったな。だが、私も強いぞ。」

 

 そう言い切る久遠織の手元にはカグヤが握られている。

 一瞬、久遠の足元が光ったと思ったらすぐに先刻女が俺たちを転送した時と同じように黒い影が広がっていく。しかし、その影は俺と久遠を範囲に入れて尚余裕のある大きさだった。


「出よ、我が(しもべ)たち。」


 黒い影の下、蠢き形を成していく六つの異物。

 

「……めんどくさいことしてくれる。」


 飛びかかる、犬型の霊獣。そして、虎視眈々と必殺を狙う鳥類型の霊獣。様々な種類の霊獣が一度に自身へと襲いかかってくる。一目でわかる、今まで戦ってきた霊獣よりも強いと。

 それに、奴らの核はどれも二つ以上存在しなおさら異質な雰囲気を漂わせていた。


「流石の、赤城特等執行官でも厳しくないかな。」


 距離を取り、刀を構える。所詮は、考える脳のない傀儡。

 しかし油断せず眼前に刻々と迫る死のイメージを見据え、肺に溜まったモノを吐き出す。


「榊原流剣技、紫電閃光連斬!」


 榊原流剣技、その二ノ型。

 一ノ型、紫電一閃の応用技である。紫電一閃が最速で、敵一体を殺すならこの技は対多数を的確に無力化する技だ。

 この、榊原流剣技その技は合計七つの型まで存在し赤城晃一はこの剣技を合計五つ習得している。


 周囲の霊獣の核を中心に攻撃を繰り出していく。しかし、与えるダメージよりも霊獣の回復スピードが、回復量がそれを上回っていく。

 それに加え、攻撃している間にも久遠織は絶えず霊獣を排出する。


「……煩わしい、邪魔だ。灰燼に帰してやる。」


 霊獣を振り払い、密集から抜ける。

 剣を頭上に構え、腰を低くする。


「榊原流剣技、五ノ型。赫月!」


 自身を中心に円環を成すように繰り出される、炎属性の剣技。

 単純な威力だけで言えば、榊原流剣技の中でも一位か二位を競うほどだ。この炎を掠めただけでも凡な魔術師であれば致命傷になり得る。


 辺りの霊獣は炎によって一気に消滅していく。


「赤城特等、やるね。」


「当然だ。」


「君、もし生きて帰って来れたら昇格するんじゃないかな、流石に。」


「余計なお世話だ。」


◇said 三輪葵vs 解き放たれた霊獣


 左右に散り開放された霊獣を相手にするのは、私と御門さん。

 私から見て、右に解き放たれた合計七体の霊獣と対峙する。今まで出会ってきた霊獣たちと比べて一段、いや数段上だと術式を使わずとも経験からくる本能で理解した。

 走りつつカグヤから、細剣蒼穹の細剣(アズールフルーレ)を引き出し構える。

 出し惜しみなんてしない。今まで片手で数えるくらいしかしてこなかった、魔道具の術式と私の術式の同時併用を開始する。


「……術式開放、感覚拡張。」


 息を吐き、身を見開く。眼前に立ちはだかる七つの獣たち。

 今にも恐怖で吐き出しそうな感情を飲み込み、流れる汗を左腕で拭う。


「いくよ、相棒。術式開眼、蒼穹一閃(エンドストライク)。」


 蒼穹の細剣(アズールフルーレ)、十六世紀中期のフランスで発明された細剣型の魔道具。鮮やかな群青色の刀身に様々な宝石によって装飾されている。

 埋め込まれた術式の名は、蒼穹一閃(エンドストライク)。効果は単純明快、突きと斬撃のスピードを所有者の肉体の限界を超え極限まで強化する。

 三輪葵の持つ術式、感覚拡張によって研ぎ澄まされた語感により捉えた対象の弱点をこの蒼穹一閃(エンドストライク)で攻撃すればその攻撃はもはや、必中必殺となり得るだろう。


 限界を超えた肉体で繰り出される超速の攻撃。

 捉えた獲物は逃さない、獣の四肢を薙ぎ払い見据えるのはその心臓部。未だ、宙へ舞っている獣の心臓部の輝きを目掛けて一閃。

 貫かれた心臓は淡い輝きを失いなっていく。獣の体躯(たいく)は、特有の体液すら溢さずに塵へ還っていく。


「……残り、六体か。」


 今みたいに単独で襲ってくる霊獣であればすぐに片付けられるが、同時ともなると話は変わってくる。難易度は鬼畜。今まで何度も死線を抜けてきたが、今回は別格だ。勝利へのビジョンよりも敗北のビジョンの方が濃く感じる。


「それでも、城崎さんみたいになるってあの時決めたから。色々な人から頼られて尊敬される、かっこいい執行官になりたいから。」


 恐怖を興奮が凌駕する。()()()()()()()()()()()()()と己を奮い立たし、踏み出す。


 ここからは、私の時間だ。


◇said 東雲楓 vs 小泉颯


 実力は、小泉の方が圧倒的に上だ。

 術式を使わなかれば、こちらに勝ち目など絶対にあり得ない。しかし、肝心の術式を使う余裕すら与えない小泉の重すぎる攻撃をどうにかして短剣で受け流す。

 鈍い衝撃が体を軋ませる。


(強い、それでも!)


 わかっていた。でも、理解しただけじゃ小泉に勝てるはずがないってことを。

 呼吸を整える暇すら容赦なく破壊する狂うことのない、一定のテンポで繰り出される一撃。それに、合わせるだけで精一杯。


 一定のテンポ、合わせるだけ。


 あぁ、そうかこれだったのか。俺の敗因は。

 今までずっと俺は、小泉に合わせようとしていたんだ。超えるためじゃなくて、並ぶために走っていた。それだけじゃだめなんだ、合わせるんじゃない、並ぶんじゃだめなんだ、小泉を越えないと。


 一位を夢見て、二位へ落ちるように。十位以内を目指して、十二位に収まるように。

 憧れを、目標を越えたいのならそれ以上の高い自分だけの()()を求め己を証明し続けなければならないと。


 後悔も、迷いも、憧れも、今ここで捨てるんだ。向き合うんだったら本心だけを残せ。


 全部捨てた先に、残る俺の本質は。

 走り続けた、俺の原点は。


 誰にも、追いつく時間を与えない。全ての走者を置き去りにするあの感覚、頂点の景色。まるで俺が、俺こそがこの世界の中心だと思わせる、神になったかのような万能感だ。


 こいつを越えて前へ、

 この逆風を切り裂いてさらに前へ。


 迫り来る拳、テンポは変わらない。

 小泉の腕が伸び切るよりも速く、限界すら置き去りにし術式を発動する。


「変速、第四速!」


 急激に軽くなっていく体、視界は乱れるが視線は逸らさない。

 短剣を左手に持ち換え、右の拳に全魔力を集中させる。


「さっきのお返しだ、歯ぁ食いしばれ!」


 二度目の、霊獣と対峙した時と完全に重なる。閉じ込められた魔力が、溢れるように暴発し炸裂する。

 拳は、小泉の頬に着弾し炸裂した魔力が皮膚を抉り取る。反動で俺と小泉は反発したように後方へと身を退いた。


「……ぇで。」


「小泉。」


 今まで感じたことのない、全身を包む万能感ととろけるように熱い体。不安も、恐怖も何もない。残っているのは、『勝てる』という確信だけ。

 実力は並び平行線。

 勝敗を決めるのは、互いの信念だ。


「まだ、残っているんだろう、小泉。そこに、いるんだろ。」


 拳が、小泉に届いた時に感じた違和感。一瞬だけ、輝きを取り戻した瞳。そして、あの時に続き今回で二度目の、俺の名前を絞り出そうとするその声帯。

 未だ残り、踠いているその意識を引きずり出してやるからな。

 破けたジャージを脱ぎ捨て短剣を構える。


 今こそ、過去の因縁に訣別を。

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