第十四節.残された一戦
◇御門玲奈 vs 解き放たれた霊獣
赤城くんは、一直線に久遠織の元へと向かい三輪ちゃんは私たちから見て右側の霊獣たちの対応へと駆け出していた。楓は、久遠織を離れ歩き迫ってくる小泉楓と対峙する。
私は、全員から見て左側にいる解き放たれた七体の霊獣と対峙する。
「魔眼、起動」
瞳に刻まれた、審判の魔眼を起動する。体の構造、魔力の循環、単純な実力、全てを看破する。今までの霊獣よりは強い、でも転送される前に対峙した二足歩行の霊獣と比べれば取るに足らない有象無象だ。
「味気ないなーでも、これが仕事だからね。全力で行くよ!」
一斉に襲いかかっていくる七体の霊獣。
「光矢!」
腕を肩まであげ指先を霊獣にかざす。直後、背後から無数の最大出力で放たれた光の矢が霊獣たちの体を容赦なく貫いていく。飛び散る体液と、舞っていく肉片。三十秒と経たず、殆どの霊獣が鏖殺された。
塵になっていく霊獣と舞っている土煙が視界を覆っているが、発動中の魔眼は覆われた視界の向こう側を確かに視ていた。
「まだ、いる」
土煙を切り裂くように放たれる一筋の光。それすら弾く黒鉄色の肉体を顕にする霊獣。気づいた時には、その凶刃が眼前へと迫っていた。
「……っぐ!」
全神経を、全魔力を防御に向けるがそれでも皮膚は裂け肉は抉り取られる。宙に舞う自身の血肉。
後退り、体制を立て直す。
頬を伝う汗、腕から滴り落ちる血液。
一秒でも油断すれば、確実に死ぬとう揺るがない事実。
三十秒前までは予想もつかなかった現実。
今まで、この魔眼を使って看破できなかったものはなかったがこの霊獣だけは例外だった。視用としても、視たいものに靄がかかったようだった。
認識阻害の類の術式か、或いは
「……あぁ、そういうことね。」
自身に使用されるあらゆる術式の無効化。
これなら全ての辻褄が合う。光矢が弾かれたのも、魔眼が通用しないのも全部。
「なら簡単だ。」
迫ってくる黒塗りの獣より速く、
「変速、三速。」
魔力で強化した、圧倒的な膂力を以ってその心臓を狙う。
そして、寸分の狂いなくすらっと伸びたその石膏のような足が霊獣の核を貫いた。
やはり、見た目とは裏腹にその体は他の霊獣たちと同じく脆い。
朽ちていく霊獣を横目に辺りを見回す、楓も、三輪ちゃんも戦闘は続いている。
この中で一番崩すのが難しそうな部分は、
「見つけた、今からいくよ」
◇赤城晃一 vs 久遠織
絶えず湧き出る霊獣たちに、意識を持っていかれ久遠織へと到達できない。隙を作っても作っても埋めるように出てきてキリがない。
そんな状況は、一筋、いや無数の雨のように降り注ぐ数多の光の矢によって崩れることとなる。
しかし、それでも湧き出る霊獣の数を増やして久遠織は対抗する。以前として、均衡は保たれたままだ。
だが、一瞬動きが鈍った久遠織を見逃すほど体力は磨耗していない。
「ナイスフォローだ、御門。」
「お安い御用!」
今まで使わずに温存した、榊原流剣技の技を解放する。
「榊原流剣技、三ノ型」
虚像連乱
直後、赤城の姿が増えた。
一つ、二つ、三つ、と増えていく赤城と寸分違わない無数の像。やがてその像は、久遠織全体を取り囲む。
「面白い。」
久遠織は笑みを崩さない。しかし、その視線は確実に揺らいでいた。
生み出される虚像は全て同じ動きをするわけではない。それぞれが独立して動く。
上からの振り降ろされる斬撃。したから振り上げられる斬撃。正面からの突き。背後からの一閃。同時多発的に襲いかかる無数の選択肢。
虚像一体の性能は取るに足らない。しかし、それが無数にいるとなると話は別だ。全てを対処しようとするのなら、必ずどこかで綻びが発生する。
「どれが、本体だ。」
見渡しても視界に入るのは同じ虚像。
「ならいい、全部を破壊する」
久遠が黒い影を拡張し、一気に霊獣を放つ。
それを待っていた。
溢れ出す霊獣により、久遠は自身の視界が覆われる。そこを、背後から突く。
「そんなもの、想定済みなんだよ!」
反撃を繰り出す久遠織。圧倒的な勝利への幻像を見据えたのか口角を上げている。しかし、その反撃は予想以上に、手応えがない。視界に収まるのは赤城の本体が散る様ではなく、無機質に霧散する赤城の虚像だった。
「は?」
虚像は、弱い。
それでも、判断を鈍らせるには十分すぎるのだ。
安心し切って、油断したその意識へ踏み込む。
「榊原流剣技。」
魔力は収束し、虚像は本体へと還る。
「一ノ型、紫電一閃」
収束した魔力は一筋の閃光へと昇華し、大気を切り裂く雷と成る。
溢れる有象無象の霊獣ごと焼き払う雷が迸る。
そして、久遠織の認識の外側から赤城晃一の一撃がすでに振り抜かれていた。
「っぐ、は!」
剣に付いた血液を拭き取り、カグヤへと格納する。
その後、握りしめていたカグヤを回収し蹲る久遠織を見据える。
「終わりだ、これ以上抵抗をするのなら貴様を殺す。」
「はっ、カグヤを奪われた以上私は何もできないよ。」
大人しく両手足を拘束される久遠織。
一つの山場は過ぎたと胸を撫で下ろし、同時に決着がつき倒れている三輪の下へと駆け出した。
◇三輪葵 vs 解き放たれた霊獣
「……はぁ、はぁ」
倒した霊獣は五体。残っている霊獣は、二体だけだ。
一対一ならまだやれる。でも、二体同時は、無理だ。
元々、私は戦闘向きの魔術師じゃない。術式も五感を強化する程度であり、戦闘するにしても周りと比べても劣る身体能力による魔導具頼みだ。
今だって、視界はブレるし、呼吸だってままならない。足と腕の感覚ももう、ほとんど残っていない。
それでも、そんなことは逃げる理由にしたくない。ここで逃げてしまったら、もう二度とあの背中を追うことすら許されなくなてしまいそうだから。
震える指先に力を込める。この剣の重さは、覚悟の重さだ。
二体同時が無理なら、無理やり一対一を作り出すまでだ!
迫り来る霊獣の片方に微妙に接近する。知性がなく、獲物を狩ることだけしか機能の無い霊獣にはこれだけで十分だ。一体が喰らいつき、数秒の間をおいて二体目の霊獣が動き出した。
分断された二体の霊獣の距離は約二メートル。今は、それだけでも十分だ。
何度か後退を繰り返し、霊獣との距離を開け細剣を構える。
肺の中の息を全て吐き出し、術式を発動する。
「蒼穹一閃!」
一気に距離を詰め、術式を発動する。
「っぐ!」
いきなり、術式を発動したことにより手先がブレ霊獣の反撃が訪れる。
まだだ、こんなところで終われない。崩れた体制のまま身を翻しもう一度狙う。
今度は外さない!
「蒼穹一閃!」
群青の切先が霊獣の核を背後から滑り込むように貫く。
振り返り、眼前に立ち塞がる霊獣を見据える。肩から流れる血が指先を濡らす。握力はさっきの何倍も弱まり、意識も気を緩めたらすぐにでも消えそうなくらい脆くなっている。
手に収まる細剣があまりにも重く感じる。
それでも、まだ、終われない。
最後の、魔力を、力を振り絞る。
迫る右腕の爪を往なし、剣を霊獣へと向けもう一度唱える、はずだった。
「っ!?」
完全には逸らしきれず、鋭く尖った爪の先が容赦なく腹部を抉る。滝のように溢れる自身の血と、脂肪の塊。
息が詰まり、視界が白く弾ける。痛みと攻撃の重さで、膝が折れ今にも意識を失う寸前だ。
それでも!
もう一度、全身に力を込める。溢れる血も、今にも失いそうな意識も関係ない。
崩れた大勢のまま、無理やり踏み込む。
狙いは一つだけ、今度こそ確実に貫く。
「蒼穹一閃」
倒れ込むように、全身の体重を乗せ細剣を霊獣の核に押し込む。構えは崩れている。それでも関係ない、無理やりにでも届かせるんだ。
もう、ほとんど機能していない体に伝わる鈍い感触と確かな手応え。
崩れ落ちる霊獣の体と共に、自身の体も倒れた。
遠くに聞こえる、聞き馴染んだ声を背景に、私の意識は黒く、暗く、塗りつぶされていった。




