第十二節.反撃の狼煙
「王サマ、来てくれたんだ。」
霞坂市西区の端にある、冷たい潮風が容赦なく吹きつける廃工場の屋根。月明かりが、二つの影を映し出している。
「あぁ、公安の増援が向かってきている。凖特務二名、特等が三名だ。合流される前に、撤退をと思ったのだが」
王と呼ばれた黒い影は、静かに辺りを見つめる。
「……久遠は、どうした。」
「ここに、残るって。まだ見たいものがあるとかなんとか。」
一拍置いて、対面する女は答える。
「そうか、そしたらもういくぞ。久遠は、生きていれば、監獄破りで回収する。」
「……うん。」
屋根に映る二つの影は、潮風と共に散っていく。
◇
「……また、だ。」
守れなかった、失敗した。あの時の誓いは、決意はなんだったのか。今度こそは、目の前で誰も死なせないようにと、大切な人を守れるようにと習得した力。この力が、あったのにも関わらずまた失敗した。
激しい自己嫌悪と、守れなかったことへの後悔。そして、小泉を避け続けた過去への懺悔。背負いきれないほど重い感情が、のしかかる。
「素晴らしいだろ、東雲くん!見てくれ、特にこのボディ!」
「東雲くん、あまり自分を責めないで。」
そんなこと、できるわけがないだろう。まだ、伝えられてない言葉が、やりたかったことが残っていんだ。なのに、全部壊れた。
目線は、久遠織へ。
「そんなに、睨むなよ。」
「――す。」
枯れ果てた声帯を引き絞り、掠れた声を溢す。
「絶対に、ぶち殺してやる。」
背負いきれない感情を、怨嗟の炎へ。
「……変、そく。」
バコンと鈍い金属音が部屋に響く。何度も、何度も、下がっては鎖が伸び切るまで踏み込む動作を繰り返す。
腕が限界を迎えるか、鎖が引きちぎれるか、どちらであろうと関係ない。目の前の、敵を殺し自分も死ぬ。空っぽの器に、熱いスープを満たすように全身を今までよりも多くの魔力で満たしていく。
「東雲楓くんさあ、もう諦めなよ。君たちの、負けなんだからさあ。」
この男から、薄ら笑いを引き剥がす。絶対に、許さない。
「よく考えなよ、この状況を作ったのも君のせいだよ。」
「東雲くん、聞いちゃダメ!」
「あの時、君がもっと速く動けてたならこんな状況にはなっていなかったよね。少なくとも、小泉くんだけでも助けられたはずだよ。」
うるさい。
もう聞きたくない。そんなことは、俺が一番よくわかってるんだよ。
「現実から目を逸らすなよ。精神と力の釣り合いが取れていないからこうなるんだ。力は、それに見合った精神を持っていないと意味がない。君はの力は確かに優秀だ。でも、君の精神は未熟すぎたんだ。だから見誤った。」
「絶対に、ぶっ殺す!」
一際大きく、鈍い音が空気を揺らす。縛りから放たれた豹は、憎悪を握り眼前の久遠織へと飛びかかる。それよりも速く、久遠織は自身の造り出した小泉颯に指示を出す。
――殺せ、と。
勝負は、一撃でついた。小泉の圧倒的なまでの膂力による裏拳が、俺のこめかみに直撃し体は大きく宙を舞う。
「東雲くん!」
「……うっ……ぁ、あう……」
意識は、まだある。衝撃で、思考が安定しない。立ちあがろうにも、全身に力が入らずに情けなく地面にひれ伏すままだ。
「……こんな、ところで。」
無様な俺を見下ろす小泉。その瞳に光はなく、ただただ機械的だった。頭部から伝う血の感覚だけが、自分がまだ生きているという実感を俺に与える。
「か、ぇで。」
刹那、確かに聞こえた小泉の声。それを理解する時間すら与えない、容赦ない一撃が振り下ろされ俺の意識は再び機能停止した。
◇
「東雲くん!」
目の前で、繰り広げられる光景にただただ圧倒されていた。
何もできず眺めることしかできない自分。何のために、戦うのか、何のために執行官として今まで戦ってきたのかわからなくなった。
「……いくぞ、小泉。」
久遠織の後を追うように、小泉くんは去っていく。
蝶番が鳴らす甲高い金属音と共に、扉の閉まる鈍い音が部屋に響く。
「……私が、やらなくちゃ。術式、起動。」
術式、感覚拡張。
それは、自身の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感だけじゃなく自身の直感、そして魔力探知を強化する術式。魔力を込める量に比例して感覚は強化される。しかし、強化される毎に脳への負担も大きくなっていき程度によっては深刻な後遺症や、最悪死亡してしまうこともある。
「でも、強化する感覚を絞れば。」
強化する感覚を視覚と直感に限定する。空間の歪み、暗い空間にある情報を余すことなくインプットしていく。
「……見つけた。」
ラストピース。それは、鎖の脆弱性と先刻小泉くんの体から分離した外殻の破片であった。
自分の目の前で横たわっている東雲くんのすぐそばに落ちている破片。それを、なんとか足で引き寄せ握りしめる。自身のありったけの魔力をこめ、同時に見つけた鎖の脆い部分へと思いっきりぶつける。
それを、二度三度繰り返すとようやく左手の拘束具が外れた。
「後は、右手。」
先ほど左手の拘束具を破壊した時と同じように、拘束具を破壊する。破壊したと同時に、外殻の破片はポロポロと朽ち果てるように手から崩れていった。
「外れた。」
ようやく自由になり、立ち上がるり横たわっている東雲くんへと歩み寄った。意識はないが、ちゃんとまだ生きていた。幸い、気を失っているだけだった。頭の傷を、治癒魔術で治し体を揺さぶる。
「東雲くん!起きて!」
何度か体を揺さぶると、東雲くんは目を覚ました。
「三輪さん?」
「行くよ。」
「どこに」
「決まっているでしょう。」
――みんなを救いに。
◇
「これが、事の顛末です。あとは、私が術式を使って赤城先輩と御門さんの場所を見つけました。東雲くんは今、私たちのカグヤを探してもらっています。」
さっきまであったことを赤城先輩と御門さんに話し終える。御門さんと赤城さんは、どちらも驚いたように目を見開き口を開けていた。
それもそうだろう。実験は成功してしまい、しかも実験体は東雲くんの友人だったのだから。それに加え、『連続少年少女失踪事件』の犯人も久遠織であり、失敗作は他の霊獣と同じように街に放っていた。それらは、霊獣として私たちが殺していたかもしれないのだから。
「三輪、お前そこまでできたのか?」
「はい?なんですか急に。」
「なんでもない。忘れてくれ。」
「いやぁ、三輪ちゃんもそうだけど楓も無事でよかった。」
ほっと、息をつく御門さん。それに釣られて、私たちも一つの山場を越えたという意識が生まれた。
遠くから、走ってくる音が聞こえてくる。
「三輪さん!全員分の、カグヤありました!」
カグヤを抱え走ってきた東雲くん。どこか引き攣ったように笑顔を作っているのがわかる。気を失って物理的に頭を冷やせたのか、さっきよりも落ちつている。しかし、友人が目の前で実験体の初の成功例として見せられたこと、自分が何もできなかったこと。後悔や焦りが、彼の一挙手一投足から読み取ることができる。
「あ、御門さんと赤城さん。大丈夫ですか?」
そして、東雲くんの声は前よりも低く、そして震えていた。
「大丈夫なわけがないだろう。三輪、早く開けてくれ。カグヤがあればいけるだろう。」
「はい!」
頷き、自分のカグヤから使い慣れた細剣を引き抜く。引き込まれるような群青色の刀身に、鮮やかに宝石で装飾された鍔。私の自慢の魔導具だ。
魔力をこめ、渾身の一突きで破壊する。金属音がなり、壊れた鍵は鈍い音を立てながら地面へと落下する。
「よし、取れた!」
「ありがとう、三輪。」
「ありがとっ。三輪ちゃん。」
赤城先輩と御門さんが、牢屋から出てくる。赤城先輩は、東雲くんから自身のカグヤを受け取り腰に装着する。私は細剣をカグヤへ格納した。
「そしたら、お前ら怪我は大丈夫だな。東雲は、あまり無理するなよ。極力俺たちがなんとかするからすぐに頼ってくれていい。」
「は、ありがとうございます。」
丁寧に頭を下げる東雲くんと、腕を組み話を続ける赤城さん。その様子は、まるで私を見ているような不思議な感覚だった。
「三輪も、よくやってくれた。ここからは、俺と御門をメインに戦っていく。お前も、無理せず俺と御門を頼ってくれ。」
「は、はい。ありがとうございます。」
いきなり褒められ、思わず目を逸らしてしまう。赤城先輩が、素直に認めてくれることはあまりないからこそ他の人に褒められるよりも嬉しく感じた。
「その、久遠織って人はどこにいるの?」
御門さんが質問を投げかける。一応、術式である程度の場所はわかっていた。この部屋から真っ直ぐ廊下を進んだ先にある部屋。あそこからは、並々ならぬ異質な雰囲気と異常なまでの濃密な魔力を感じている。それだけじゃなく、数は把握できないが霊獣の気配も感じ取った。
その旨を、全員に共有する。
「目的を、整理するぞ。我々がこれからするのは、魔術犯罪者、久遠織の身柄を確保。そして、霊骸と呼称されたものの解明。そして、小泉颯の無力化でいいな。小泉は、俺がやる。俺以外は他の3人に任せて良いな。」
簡潔でわかりやすい、赤城先輩の的確な指示。
「待ってください、赤城さん。」
口を開いたのは、東雲くんだった。
◇
気づけば、言葉が勝手に口から出ていた。
「東雲、なんだ。」
「小泉は、俺にやらせてください。」
「ダメだ、お前は一度あいつに負けているのだろう。今は、戦力が足りないんだ。お前一人でも欠けたら、すべてが崩壊するんだ。」
目は、真っ直ぐに冷たく俺を見据えている。
「あの時は、激昂していて周りが見えていませんでした。無理な時は、勝てそうにない時はすぐに言うので、どうかやらせてください。」
地に膝をつき、頭を下げる。堪えていた後悔が溢れ出す。
「もう、逃げたくないんです。もう一度、ちゃんと向かい合って顔を見て話したいんです。これ以上後悔はしたくないから。全てが終わった後、過去を振り返らずにちゃんと前を見て未来を生きていきたいから。どうか、お願いします。」
何より、もう一度小泉と向き合いたかった。今まで、勝手に突き放し避け続けていたのに今更向き合おうだなんて自分勝手なのは理解している。それに、本当は久遠織だって許せない。
それでも、無理だとわかっていても夢見てしまうんだ。
小泉と、友達として一緒に過ごしていた未来を。
嗚咽混じりの言葉を黙って聞き続ける赤城さん。
沈黙を破ったのは、御門さんだった。
「別にいいんじゃないかな。私も、それに三輪ちゃんだっているし。いざとなったら助けられるよ。私が責任持って、絶対に死なせないから大丈夫。」
「わかった。その代わり、絶対に死ぬな。いざとなったら俺と御門、そして三輪を頼れ。」
「っ、ありがとうございます!」
赤城さんの手を借り、足にもう一度決意を乗せて立ち上がる。終わらせるんだ、取り戻すのは無理だとしても、もう後悔をしないように。小泉のように未来を見続けられるように、と。
膝についた埃を払い、涙を拭う。
「お前ら、悪いが休んでいる暇は無い。このまま、久遠織の元へと向かう。目的はさっき話した通りだ。」
扉は開き、久遠織へと至るまでの回廊が広がる。
反撃の狼煙は上がった。




