第十一節.実験唯一の成功例
重い体が激しく揺さぶられ目を覚ます。
「起きろ、御門。」
「なーに、赤城くん。いい悪夢見てたんだけど。」
「なんだよいい悪夢って……」
「どこ、ここ。」
目覚めると辺りは石造りの牢屋に、赤城くんと二人きり。柵の外には、扉が一つだけ。
窓は無くどこにいるのか、何時なのかさえ分からない外界から隔離され閉鎖された空間。
牢屋には、ベッドやトイレなどは何も無い。ただただ、捕まえた人間を逃げ出さないようにするためだけの部屋。
「おそらく、敵の拠点だ。ご丁寧なことに、二人揃って転送された……怪我は無いか。」
「……無いよ。」
「それは、良かった。」
沈黙が流れる。赤城くんとはそこまで長い付き合いじゃない。必然的に気まずい空気が流れる。
口を開いたのは、赤城くんからだった。
「この際だから聞くが、東雲は何なんだ。結局は……」
「あー、あれ?」
「あぁ。まさか、一般人とか言い出すんじゃ――」
「そのまさかだよ。楓は元一般人。」
「は……?」
赤城くんの表情が、明確に歪んだ。
「ふざけてるのか……?いつからだ。」
「えーっとね、赤城くんが霞坂市に到着して私と会った日だよ。赤城くん達が、廃ビルから去っていった後だね。霊獣に襲われているところを私が助けたって感じだよ。」
「……まじかよ。」
赤城くんは、顔を手で覆い天井を仰ぐ。大きいため息を着いた後に、会話を続けた。
「だとしても、わざわざ巻き込む理由もないだろう。しかも変速とかいう、扱いにくい術式を教えるだなんて、性格が悪すぎる。」
性格が悪いだなんて心外だ。私だって、好きであんなピンキリの術式を教えるわけがない。
「違うよ赤城くん。楓は、変速しか使えないんだ。変速以外はまるっきりダメ。」
「……は?」
「意味わかんないでしょ、私もねビックリしたよ。」
「東雲は、異常魔術適正なのか……?」
「いや、そんな大それたものじゃない。」
異常魔術適正。
現代でも前例の少ない希少な体質である。この特異体質による影響は主に、魔術に対する圧倒的なまでの高い適性や一つの属性、あるいは複数の属性に対する高い適性。また、この東雲 楓のような一つの術式に対する高い適性などが挙げられる。
しかし、高い適性を得るのなら何かしらの欠落を抱えて帳尻を合わせることとなる。その欠落は、人によって様々だ。
この欠落も含めて、魔術師は異常魔術適正と呼ぶ。
「魔術適正っていうのは、その人の在り方に左右されることが多い。楓はおそらく、速さだけを求め続けたんだ。それ以外、何も要らないと考えるほどに。」
「そんなことが……だとしてもおかしい。影響されるにしてもそこまで極端なことがあるなんて……」
「それほど、楓の執着は異常で常軌を逸していたってことなんだよ。」
「……それはそうと、三輪たちは大丈夫なんだろうか。」
心に抱えていたものがわかってすっきりしたのか、赤城くんの表情はどこか安心したような印象を受けた。私自身も隠し事がなくなりどこか肩の力が抜けたような気がした。
赤城くんとの間に、再び沈黙が流れる。しかし、前とは違い今回はどこか安心しどこか気持ちの安らぐような、そんな気がした。
そんな、場違いな心地よさは牢獄へと至る鉄の扉が勢いよく蹴破られる音で終わりを迎える。淡い逆光に照らされるのはどこか見覚えのある女性の影。
「三輪!どうして!」
「三輪ちゃん!楓は、どこに!」
逆光を抜け、牢獄の前へと近づく三輪ちゃん。牢獄の鍵に対し、魔力で強化した拳を何度も打ち付ける。魔力で強化したとはいえ、鍵は鉄製で魔術による細工もある。そう簡単には壊れない。
「なんで!」
「三輪、落ち着け。状況は、どうなっている。」
「えっと、それは……」
◇三十分前
カツン、と石造りの床を踏み締める靴の音が、静かな空気を震わせる。逆光のせいで、うまく顔を見ることができない。しかし、そのシルエットは俺と三輪さん、そして小泉を転送させここに幽閉した張本人ということだけは理解できた。
「おい、小泉はどこだ!」
考えるよりも先に、足音を掻き消すように叫んでいた。焦り、恐怖、さまざまな感情が混じり合い精神が不安定にないっていくのが分かる。心臓の鼓動も、少しずつ、より確かに、強く早くなっていく。
「東雲くん、落ち着いて。今は、だめ」
そう言い、何かを訴えるかのように俺の目をじっと見つめ力んだ拳に手を重ねた。揺らいでいた精神が徐々に落ち着きをとり戻していく。
「そうだぞ、東雲楓。小泉くんの前に、私たちの話をしようか。あ、自己紹介がまだだったね。私の名前は、久遠織。神へ挑戦する者だ。」
そう言い、逆光の最高到達点を踏み越え俺たちの前へ辿り着く。白衣に身を包み、久遠織と名乗った男は恍惚とした表情を浮かべながら話し始めた。
「恐らく、君たちが今一番知りたいのは目的と、その動機だろう。それじゃあ、まずは目的からだ。」
頬を赤らめ、口元に手を置く。女性的な仕草をしながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「結論から言おう。目的は、人類の進化だ。大昔、魔術全盛の時代にあったとされる戦争の文献、とある魔術師が書き残したものに記載されていた、人間と幻獣の融合体。幻人。それを、現代に再現するために我々は霊獣を用いた。人間と霊獣の融合体、霊骸を生み出すためにね、」
幻獣?霊獣じゃないのか。それに、霊獣と人間の融合体である霊骸。そんなもの、本当に可能なのか。
そんな俺の反応を見抜いたのか、男はため息をつき丁寧に幻獣と呼ばれた生物の話を始めた。心なしか、男の表情から先ほどまでの恍惚さは消えていた。
「幻獣とは、霊獣が多くの魔力を喰らい知性を獲得したものだ。霊獣が幼体とするのなら、幻獣はさながら成体と呼べるだろう。」
「現代の世は昔よりも魔力の質が悪く幻獣は存在できない。だから、我々は霊獣を用いることにしたのだよ。」
久遠織の話を遮るように、三輪さんが言葉を放つ。
「待て待て、それだとおかしい。単純に、霊獣と人間を合体させたいならその霊獣を待ちに放つ必要はないだろう。」
三輪さんの反論は確かに的を射ている。ただ、作り実験をしたいだけならわざわざ公安や魔術師に存在を露呈し邪魔をされる可能性のあることをする理由なんてない。
「うん、それはいい質問だよ三輪葵くん。確かに、それだけなら我々が危険を冒す必要なんて皆無だ。しかし、霊獣にもやはり個体差がある。より強い個体を厳選するために、生成した霊獣を放っていたんだ。」
「霊獣は、多くの魔力を喰らうことで強くなっていく。そして、人は他の動物に比べ圧倒的に魔力量が多い。非魔術師であってもだ。まあ、それでもあの御門が殆ど殺し尽くしたせいで生成した霊獣をそのまま使うしかなくなったが。」
脳に容赦なく届く情報量に圧倒される。目的は人類の進化、要するに霊獣と人間の融合体である霊骸の生成。そして、生成した霊獣に魔力を喰らわせ強化させるために街に放ったと。しかし、その霊獣たちは奇しくも御門さんによって駆逐されたため、生成した霊獣をそのまま使うしかなくなった。
脳内である程度整理し終えると、新たな疑問が浮かんだ。赤城さんたちと、初めて話し今回黒幕を炙るために行った張り込み、それは全て半年前から発生しているとある事件との関連を調べるためのものだった。
『連続少年少女失踪事件』
赤城さんが言った、『霊獣から、人間の物とみられる器官が発見された。』という言葉。
「……その、霊獣は何から作り出したんですか。」
自分でも声が震えているのがよくわかる。でも、聞かずにはいられない。自分が殺してきたものが、本当はなんなんなのか、知るべきだと思った。この疑念が疑念で終わりますように、と。
「決まっているじゃないか、生物の魂だよ。それ以外の何でもないさ。」
「その生物は、一体」
「一体って、多すぎて私でもよく覚えていないよ。犬だったり、そこら辺の虫だったり、鳥もいたっけな。まあ要するに色々だ。」
「……人間は、使っていないと。」
「うん、使っていないよ。」
俺が想像していた物とは大きく異なる返答だった。体から緊張が解け、汗が頬を伝う感覚が遅れてやってくる。
「待って……」
再び、三輪さんが口を開く。
「霊獣のことは、よくわかった。それじゃあ、霊獣に融合させる予定の人間はどうやって用意、したの。この街ので半年前から発生している『連続少年少女失踪事件』、あれは久遠織。君がやったの?」
俺の質問の穴を突くかのように、発された言葉に思わず目を見開く。
一拍間を置き、久遠織は顔に大きい笑みを浮かばせる。
「あぁ、私がやった。」
あまりにも簡潔で、短く結論を言い捨てた。まるで、それが当然かのように。
「その実験は、成功したの。」
「いいや、理論は合っているはずなんだがね。全部失敗で、産業廃棄物だよ。そして、他の生成した霊獣と同じく、街に放った。君たちも、どこかで会っていたかもね」
「お前、人の命を何だと思ってるんだ!」
言葉が、思考を凌駕した。
「さっきから黙っていると思ったら、何だ。」
「勝手に誘拐して、勝手に、勝手に実験のモルモットにして!失敗したら、産業廃棄物だなんて、心は痛まないのかよ!」
間髪入れずに、笑みを浮かべながら久遠織は答えた。
――心を痛める必要なんて、ないだろう。
言葉が出なかった。
こいつを、許しちゃダメだ。絶対に、理解することのできない自分とは全く異なる人種であると。今、完璧に理解した。
「心を痛める、ねぇ。自分の信念を、理想を実現するのなら多少の犠牲は仕方がないだろ。」
「君、骨の髄まで魔術師だね。」
「当然だよ。」
三輪さんも、困惑しているのが分かる。
少し間を置き久遠織は、さらに言葉を続ける。
「あ、そうだ。忘れてた忘れてた、東雲楓くん君に見せたいものがあるんだ。君の、よーく知ってるやつだよ」
そういい、久遠織は笑みを浮かべながら扉の方へ体を向ける。その動きをなぞるように、俺も三輪さんも扉の方へ顔を向ける。
おもむろに手を叩き大きな声で言い放った。
「入ってきてー、小泉くーん(笑)」
――は?
ガツ、ガツ、ガツ、とおおよそ人のものではない足音が聞こえてくる。一歩づつ、大きくなっていく足音が脳を支配し思考を奪っていく。額に湧き出る汗、乱れる呼吸、暴れる心臓の鼓動。
近づいてくるシルエットは、二足歩行の人型。しかし、人とは決定的に違う。
頭部には鬼を連想させる、巨大な日本の角。腕の前腕から肘にかけて、大きく伸びた刃状の器官。肥大化し、青く発光する胸部。
逆光を超え、迫る影の顔が鮮明に視界に刻まれる。
「……っ!」
それは、紛れもなく、完璧に、小泉颯であった。
「ご登場してもらったのは!実験唯一の成功例!」
「小泉颯くんでーーーーーーーーっす!!!」
理解よりも速く現実が、俺の脳を蝕んでいく。
視線を逸らしたいのに、それができない。眼球は、固定されたかのように動かなかった。
絶望が、体を支配していく。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
本当に、死ねよ俺。
生きてる価値、ねえじゃんか。
叫び声の後、耳に届いたのは俺自身の嗚咽混じりの笑い声だった。




