第36話 静かなる殲滅
サマエルの能力とは。
ヨウたちは、いかにして圧倒的な数の不利を切り抜けるのか。
サマエルが中央の天幕へ向かうのと同時に、俺たちは東側へ回り込んだ。
持ち場へ到着した俺たちは、敵が寝静まるのを息を潜めて待つ。
『サマエル、準備はどうだ?』
『いつでも問題ありません。
ところでヨウ様も精神感応が扱えたのですね』
『前に、お前から眼でコピーしたんだ』
『流石です。
これからどこまで強くなっていくのか、楽しみでなりませんね』
『それもそうだが、今はこの作戦が先だ。
始めてくれ。
くれぐれもゾフとやらは生け捕りにしたい。死なない程度に毒を調節しろ』
『かしこまりました』
精神感応でやり取りを交わし、作戦は実行に移された。
ゾフのいる天幕の入口には、護衛が2人立っている。
だが、暗闇の中を地を這うサマエルに気づくことはできなかった。
足元をすり抜け、天幕の中へ。
サマエルは、眠っているゾフの首元まで静かに近づくと、そのまま牙を突き立てた。
「――っ!」
痛みに跳ね起きるゾフ。
だが、もう遅い。
「うっ……ぐっ……。
だ、誰か……」
もがくゾフの体内を、サマエルの毒が蝕んでいく。
どさっ、と鈍い音が響いた。
ベッドから転げ落ちたゾフは、そのまま苦しそうにもがき続ける。
『ヨウ様、成功しました』
『よくやった。俺たちも動く』
『かしこまりました。
私はこれから、可能な限り攪乱に回ります』
『わかった。頼む』
そのやり取りの直後だった。
「今の音はなんだ?」
「中からだ。隊長、失礼します!」
物音を聞きつけ、外の護衛が天幕へ駆け込む。
「隊長!」
「どうされましたか!?」
ゾフの安否を確認しようと、無防備に中へ踏み込んだ2人。
サマエルはそれを見逃さなかった。
死角から飛びかかり、2人にも噛みつく。
護衛たちは、猛毒によって絶命した。
同時刻、俺たちも行動を開始する。
「サマエルから連絡があった。手筈通りに行こう」
2人が頷く。
まずは、起きている兵士を隠密と暗殺で1人ずつ片づけていく。
夜の静寂の中、かすかな物音と、人が崩れ落ちる気配だけが続いた。
一通り始末した後、今度は寝ている兵士たちも確実に仕留めていく。
レインもセラも、躊躇なく手を下していた。
その様子を見て、俺は少し安心している自分に気づく。
「これで東側は完了か。
ここからは分かれて動くぞ」
「セラは俺が守るから安心しろ」
レインがそう言うと、セラは少しむっとしたように口を尖らせた。
「私だってちゃんとやれるよー。任せて」
「頼もしいな」
そう言いながらも、俺は2人に伝える。
「もし危なそうなら、無理せず撤退してくれ」
「任せろ。ヨウこそ気をつけろよ」
「うん、無事にまた会おうね」
2人の言葉に頷き、俺たちは別れた。
(さっさと南側を制圧して、中央に向かう)
アルティエルンを握る手に力が入る。
南側に着いた俺は、東側と同じように確実に仕留めていった。
暗殺剣を駆使し、隠密で気配を消す。
無影でさらに存在感を薄め、縮地で一気に背後へ回り込む。
声が漏れないよう口を塞ぎ、そのまま剣を胸に突き刺す。
剣を引き抜くたび、血が飛び散る。
セラのためという目的はある。
だが、それとは別に、グラディウス兵を殺す感触がひどく心地よかった。
(夜の隠密と暗殺、ここまで効果的なのか)
10分もかからず南側を制圧した俺は、そのまま中央へ向かう。
一方その頃、レインとセラも北側の制圧に取りかかっていた。
「セラ、閃光は目立つから、できるだけ使わずに行こう」
「うん、了解だよ」
「よし、行こう」
先に動いたのはレインだった。
茂みの中から弓を構え、敵の頭を正確に射抜いていく。
異変に気づいた兵がいても、何が起きたのか理解する前に矢が突き刺さる。
「セラ、頼んだよ」
「任せて」
――光線
一直線に放たれた光が、兵士の顔面を貫く。
眠っていた兵士にとっては、ある意味で楽な死に方だったのかもしれない。
目覚めることのない夢の中で、すべてが終わるのだから。
こうして北側も制圧され、戦術的にも重要な高所を押さえたことで、この場での優位は決定的になった。
南を制した俺は、中央へ向かう前に、北の崖上からの合図を待っていた。
レインたちが制圧を終えれば、セラが小さな光で知らせる手筈になっている。
「あんまり出力を上げると目立つから、小さめの光でな」
「うん、頑張る」
セラは意識を集中させ、懐中電灯ほどの小さな光を生み出した。
待機して5分ほどだろうか。
その合図が、闇の中ではっきりと見えた。
(レインたちも上手くやってくれたみたいだ。次は中央だな)
『ありがとう、セラ。こっちも片づいた。これから中央に向かう。
お前たちも来てくれ』
『うん、わかった。今向かうね』
合図を確認した俺は中央へと動き出し、レインたちもまた中央へ向かっていた。
だが、中央へ到着した俺は、想像より兵が少ないことに驚く。
その理由はすぐに分かった。
サマエルが、隙を見つけては兵士に噛みつき、着実に数を減らしていたのだ。
あちこちに、毒に苦しみながら絶命したであろう兵士たちが転がっている。
「毒蛇がうろついているらしい! 警戒を怠るな!」
残った兵たちは、正体の知れない“蛇”に恐れを抱き、動揺していた。
落ち着きを取り戻される前に、俺は動く。
中央の制圧に時間はかからなかった。
あっという間に兵を片づけ、ついに天幕の中へ入る。
そこでは、ゾフが苦しそうにうめいていた。
「お待ちしておりました」
サマエルが、天幕の奥から現れる。
「思った以上にやってくれたな。
おかげで苦労せずにここまで来られた」
「ありがとうございます。
レインさんたちは大丈夫でしょうか?」
「ああ、おそらく問題ない。もう少しでここに来るはずだ」
そんなやり取りを、苦痛に歪んだ顔で見ている男がいた。
ゾフだ。
(なんでこんなところに……グラディウス兵じゃない連中がいる……。
こいつらの仕業なのか……?)
サマエルの毒で戦闘不能になっていたゾフは、苦しげに声を絞り出した。
「ぐ……。お前らは、誰だ……。
目的は……一体……」
「話せたのか」
一瞬驚いたが、すぐに言葉を返す。
「聞きたいことがある。少し待ってろ」
――その頃。
北側を制圧したレインとセラも、中央へ向かっていた。
「ヨウからも合図が来たよ。私たちも行こう」
「そうだな」
2人は北の崖を下り、中央へ進む。
途中、俺と同じように大きな苦戦をすることはなかった。
「思ったより敵の数が少ない気がするんだけど」
「俺も思ってた。
ヨウとサマエルが上手くやってくれたのかもな。
急ごう」
敵を処理しながら進み、2人もまた中央の天幕へとたどり着いた。
「ヨウ、無事だったんだな」
背後からレインの声が聞こえる。
「レイン、待ってた。セラは?」
「一緒に来てるよー。思ったより楽だったかも」
レインの後ろから、セラがひょこっと顔を出す。
「セラもお疲れ。二人とも無事でよかった」
「ゾフって男は大丈夫なんだよな?
死んでないよな?」
レインが心配そうに尋ねる。
生け捕りが目的なのだ。死なれては困る。
「大丈夫だ。サマエルが上手く毒を調整してくれたみたいでな。
レイン、頼む」
「ああ、任せろ」
――状態回復
レインの魔法で、ゾフの体から毒が抜けていく。
このまま放っておけば、さすがに死んでいただろう。
だからこそ、回復を待っていた。
解毒が済んだのを確認し、俺はすぐに剣を振るった。
「ぐわあああああっ!!」
ゾフの片腕が宙を舞う。
「う、腕が……!」
変に抵抗されても面倒だ。
だから、先に選択肢を奪った。
「俺たちが質問する。それに答えろ。
そうすれば命は保証してやる。どうだ?」
「はぁ……はぁ……。
本当に……?
本当に命だけは助けてくれるのか?」
「ああ、約束する。
本来なら、ここの連中を傷つけるつもりもなかった。
だが、それが無理だから強硬手段を取っただけだ」
ゾフの目に、恐怖と動揺がはっきりと浮かぶ。
しばらく黙り込んだ後、ようやく口を開いた。
「……わかった」
そのとき、レインが口を挟んだ。
「先に西側を制圧しなくていいのか?」
「……どういう意味だ?」
「とりあえずこいつは逃げないように縛っておく。
その間に西を片づけて、全部終わった後で戻ってきたほうがいいと思う。
そのほうが尋問もしやすいだろ」
確かにその通りかもしれない。
(憂いは断っておくべきか)
そう考えた、そのときだった。
「ヨウ様。敵の気配が近づいてきています」
サマエルが静かに告げる。
「西側の連中に感づかれたか……」
俺はすぐに2人へ視線を向けた。
「レイン、セラ。戦闘準備だ。
サマエルはこいつを見張ってくれ。
もしものときは、再び動きを封じてくれ」
「承知しました」
サマエルが返事をし、レインとセラも頷く。
俺は天幕を出る前に、ゾフの剣を拾い上げた。
ゾフは、何をするつもりだと言わんばかりの顔をしている。
そのまま俺は、残ったゾフの手を地面につかせると、剣でその手ごと地面に突き刺した。
「ぎゃあああああっ!!」
痛みに絶叫するゾフ。
逃げられないよう、手と地面を剣で固定したのだ。
「逃げようなんて考えるなよ」
そう言い残し、俺は天幕を出た。
敵を迎え撃つために。
その様子を見ていたサマエルは、内心で静かに愉悦を覚えていた。
(ヨウ様……なんと心地よい行動をなさるのでしょう。
やはり、私の見る目は間違っていないようですね……)
読んでいただきありがとうございます。
今回は夜襲開幕でした。
これまでの戦闘とは違い、
真正面からぶつかるのではなく、
隠密や暗殺を中心とした戦いになりました。
また、ヨウの復讐者としての一面や、サマエルとの相性の良さも少しずつ見え始めたかもしれないです。
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次回もよろしくお願いいたします。




