第31話 エルロキスの徒
アマツカ山脈を目指すヨウたち。
その裏では帝国や別の存在も動き始めます。
俺たちはエリシアを出て、アマツカ山脈へ向けて出発した。
「とりあえず、アマツカ山脈への行き方を聞かないといけないな」
「そうだな。どこかで聞けるところがあればいいんだが」
レインの言葉に、俺も頷く。
「ちょっと待ってくれ。あそこの兵士に聞いてくる!」
そう言って、レインは軽い足取りで駆けていった。
「レインって、色々知ってるし、社交力もあって頼りになるよね」
セラが笑いながら言う。
(確かに、こういう時は頼りになる。
各地を転々としてきた経験のおかげだろうな)
そう思っていると、レインが満面の笑みで戻ってきた。
「聞いてきたぜ!
このまま北に進むんだが、まずは――
バウンダリーのカタリアの町に向かって、そこからさらに北へ。
レダスタのリノの集落まで行けば、目の前がアマツカ山脈だってさ」
「なるほど、結構かかりそうだな。
途中、しっかり休憩を挟みながら向かおう」
「それがいいと思うよ」
レインも同意だった。
「冒険って感じで、ワクワクするね!」
(セラは本当に元気だな)
はしゃぐ姿を微笑ましく眺めながら、俺はそう思った。
こうして、次の目的地はカタリアの町に決まった。
俺たちは北へ向かい、バウンダリーへと足を踏み入れる。
しかしこのときはまだ――
俺たちを追う存在に、気づきもしなかった。
*
――グラディウス帝国。
「テーヴァへ向かったヨウと名乗る男ですが、
エリシアへ向かったようです」
「そうか、エリシアまで、か。
一体何を企んでいる。
ただの観光か、それとも何か目的があるのか……
念のため、さらに探らせろ」
「かしこまりました。
ですが、なぜそこまでその男に?」
「いや。ただの杞憂ならいい」
(偶然か?
ルミナリーヴィレッジに近づいている。
脱走した以上、遠くへ逃げているだけかもしれんが……
異世界から召喚された人間だ。
何か力を持ち、この国へ牙を剥く可能性もある)
「エリシアからの足取りも、確実に追え。
それと――
ロウにはルミナリーヴィレッジへ向かわせろ。
怪しい3人組が来たら、処理するよう伝えておけ」
「は、かしこまりました」
アベルと密偵の会話は、そこで終わった。
俺たちの知らないところで確実に帝国は動き出していた。
*
一方その頃、別の思惑もまた、俺へと近づいていた。
*
「神よ、どうか、そのお声をお聞かせください。
長く待ち続けております。
あと、どれほど待てばよいのでしょうか」
祭壇の前で祈りを捧げる、1人の男。
彼は何百年もの間、その声を待ち続けていた。
そして――ついに。
「………………
お前に興味はない。
だが、我の加護を受けた人間がいる」
低く、冷たい声が響く。
「その人間は未熟だが、
憎しみの感情は、この我が認めるほど膨大だ。
そこまで祈る暇があるなら、その男を見守れ」
一方的に告げられ、神の声は途切れた。
「おぉ!
貴方様がお認めになった人間が」
男は深く頭を垂れる。
「必ずや見守り、この魂に誓ってお約束いたします。
…ふふ」
笑いが漏れた次の瞬間、男の脳裏に情景が流れ込んだ。
「なるほど。
オリントス、ですか。
必ず探し出してみせましょう」
そう呟くと、男は蛇の姿へと変わり、虚空へと消え去った。
*
その頃、バウンダリーに入った俺たちは、西側を迂回しながら、
山間にあるアルト村の目前へと迫っていた。
なぜ迂回しているのか。
遡れば、数刻前のことだった。
――
北上していた俺たちの前に、数人の兵士が現れた。
「旅の者か?
ここから先は通行止めだ。
北へ行くなら、西側から迂回してくれ」
「どうして通行止めなんですか?」
レインが尋ねる。
「これから軍事演習が行われる」
「でも、そんな様子は見えませんけど?」
(確かに、周囲を見渡してもそれらしい気配はない)
「当たり前だ!
他人に見せるわけがないだろう!
距離を取って警備しているに決まっている」
強い口調で返される。
「そんな言い方、しなくてもいいでしょ!」
セラが噛みつく。
すると、上司らしき男が近づいてきた。
「おい、何をしている」
「いえ、こいつらがごちゃごちゃ言ってきまして~」
「このおじちゃんが酷い言い方したんでしょ!」
場が荒れかける。
「セラ、落ち着け。
こんなところで騒ぐ必要はない。
行こう」
俺が制すると、上司の男が頭を下げた。
「すまなかった。
後で叱っておく。気を付けてな」
だが、その兵士はなおも絡んでくる。
「なんだその態度は!
馬鹿にしているのか!」
(…面倒だな。
視た限り、大した相手じゃない)
俺は一瞬で剣を抜き、喉元に添えた。
「いい加減にしろ。
もう行くと言っているだろ。
理解できないのか?」
「お、おい……!」
上司が慌てて割って入る。
「そんなおじちゃん、痛い目見ればいいのに」
「セラ!?」
レインも同時に焦っていた。
「すまない!
おい、お前も謝れ!
お前じゃ、その人に勝てないと分かるだろ!」
「す、すまなかった、もう行っていい……」
俺は剣を収めた。
「冷や冷やしたよ。
ちょっと気持ちよかったけど」
レインは小声でつぶやいた。
「私もスッキリした」
「セラ、不要な争いは避けたい。
ああいう挑発に乗らないようにしよう」
「…うん、ごめんなさい」
俺はセラへそう促し、上司の男に一礼した。
「こちらこそ、すまなかった。
北へ行きたいのか?」
「ああ、アマツカ山脈を目指している」
「それなら西へ行くと、山間にアルト村がある。
そこを目印にすれば、迂回できるよ」
「助かる。ありがとう」
俺が礼を言うと、上司らしき男は軽く頷いた。
その一方で、セラはまだ少し不満そうに口を尖らせている。
「セラ」
レインが、歩き出しながら声をかけた。
「言い方はムカついたかもしれないけどさ。
ここで騒いでも、面倒が増えるだけだろ?」
「うん…」
「俺たちは先がある。
それに、無事に通れたんだから結果オーライだ」
レインはそう言って、セラの頭にぽん、と軽く手を置いた。
「次、気をつければいいさ」
セラは顔を上げてから、小さく頷いた。
「うん、ありがと!」
(なんか父と娘みたいだな)
――
こうして、俺たちはアルト村へ向かうことになった。
山間に差し込む夕陽が、道を橙色に染めている。
迂回した分だけ距離も伸び、気づけば空は傾き始めていた。
「もう、アルト村につきそうだけど……スルーして行くか?」
俺の問いに、セラが少し考えてから答える。
「少し休めたら、うれしいな」
レインも周囲を見回しながら頷いた。
「無理に進むより、状況を整理した方がよさそう」
(先を急ぎたい気持ちはあるが、もう夕方前だ。
このままカタリアの町を目指すなら、確実に夜になる)
俺は少し考えてから口を開いた。
「じゃあこうしよう。
2人はどこか飯屋でも探して休んでてくれ。
俺は村の人に、距離とか状況を聞いてくる」
「それがいいな。セラ一人にはできないし」
レインはそう言って、村の一角を指さす。
「あそこ、食堂っぽいぞ。そこで待ってる」
(こういう判断の早さ、本当に助かる)
「頼む」
そう言って、俺は2人と別れた。
村に入ると、思ったより人の気配は多かった。
旅人、村人、荷を運ぶ者たち。
数人に声をかけた結果――
カタリアの町までは、早くても1日弱。
今から向かえば、確実に途中で野営になる。
(今日は無理だな)
そう判断し、俺は一息つくために村の外れにある木製のベンチに腰を下ろした。
静かだ。
地球では、常にコンクリートと人工物に囲まれていた。
便利で喧騒に飲まれ息をつく暇もない生活。
(それに比べれば、この村みたいな自然のある生活も悪くないかも)
そんなことを、ふと考えた瞬間だった。
視界の端で、何かが動いた。
地面を這うように近づいてくる――赤黒い影。
俺は即座に立ち上がり、剣に手をかける。
赤黒い鱗。
細長い胴体。
蛇だった。
目が合った瞬間、背筋に嫌な感覚が走った。
俺は“視た”。
――サマエル
称号:エルロキスの徒
魔術:SS
技能
気配感知
精神感応
(エルロキス?)
反射的に剣を抜き、距離を取る。
蛇は、襲いかかる様子もなく、ただこちらを見つめていた。
そのときだった。
「あなた様が、エルロキス様の加護を受けた方ですね?」
――声。
はっきりと、言葉だった。
(しゃべった?)
「お前は何者だ。
なぜエルロキスの名を知っている。
それに、“エルロキスの徒”とは何だ」
警戒を崩さず問いかける。
だが、返ってきたのは、妙に丁寧な声だった。
「私はサマエル。
エルロキス様を信仰する者です」
蛇は静かに続ける。
「あなた様を見守るため、ニブル大陸より参りました。
エルロキス様は、私が崇拝する神でございます」
そして、わずかに目を細めた。
「ようやく、お会いできました」
読んでいただいてありがとうございます。
新キャラのサマエル。
今後、ヨウたちにどう関わっていくのか。




