第11話 交差する影
少し長めの回です。
ヨウが眠っている間に、メルの裏側では不穏な動きが始まります。
新しい要素もいくつか出てくる回です。
ヨウが眠りに落ちた頃――
メルの灯りは、1つ、また1つと消えていった。
夜は、静かに深さを増していた。
その光が届かない場所――第三区。
薄汚れた路地に、1人の男が足を踏み入れる
アウトライダース所属――ヴィクター。
フードを目深に被り、周囲を警戒しながら、とある古い建物の前で立ち止まった。
無言で、扉を三度叩く。
しばらくの沈黙。
やがて、軋む音と共に扉が開き、ヴィクターは中へと滑り込む。
建物内部は薄暗く、魔力灯の淡い光だけが空間を照らしていた。
そして――
奥の部屋。
そこには、数体のダークエルフたちが整然と並び、中央には1人の男が立っていた。
冷たい眼差し。
整った顔立ちに浮かぶ、作り物のような微笑。
――エルゼル。
ここは、彼を筆頭としたダークエルフのアジトだった。
「お待ちしておりましたよ、ヴィクター殿」
静かな声が響く。
「ギルドの動きは、どうです?」
ヴィクターは鼻で笑う。
「あんたの面が割れたせいでバタバタしてるよ。
ギルドは本格的に動く気だ。叩き潰す方針らしい」
エルゼルは、わずかに目を細めた。
「……そうですか」
だが、表情は崩れない。
「では、仕方ありませんね。
計画を前倒しするとしましょう」
そしてゆっくりとヴィクターへ近づく。
「ヴィクター殿。
ひとつ、確認しておきたいことがあります」
距離が縮まる。
「――貴殿と私が繋がっている事実。
これは、決して表に出てはなりません」
口元には笑み。
だが、瞳には一切の温度がなかった。
「……分かっていますね?」
脅しに近いその声音に、空気が張り詰める。
だがヴィクターもパイオニアでパーティの隊長まで上り詰めた男。
脅しにも似たエルゼルの言葉を意に介さない態度で口を開く。
「元はと言えば、
あんたがしくじらなきゃこんな状況になってないんじゃねえのか?
あの場で始末することもできたはずだ。
それなのにそのまま戻ってきたのはどういう了見だ?」
「……」
少しの沈黙が流れる。
「あそこで始末してもよかったのですが骨が折れそうな相手だったもので。
それに、以前から私たちが関与していることがギルドに漏れ始めていました。
そんな状況の中こちらを放置するわけにもいかないでしょう?」
言い訳にも聞こえる返事を返すエルゼル。
「ヴィクター殿
私の同胞からも犠牲も出ていますし、どういうわけか、この前もアジトが1つ潰されました。
アジトを知っているのは、ヴィクター殿と"あの女"だけのはずです。
それなのにギルドに関与が漏れているんですよ?
……もしかしてーー」
「俺たちが裏切っているとでも?」
エルゼルの言葉にヴィクターが遮るように返す。
「俺たちはあくまでも、メルにおける利権と勢力の拡大が狙いだ。
当然こんな関係が表に出れば、俺たちも粛清されるだろう。
そんなリスクを冒すとでも?」
「それに"あの人"もそんなことはしてねえし、それは俺が保証する。
ただ、ギルドの中には諜報に長けた奴もいるからな。
そいつらに嗅ぎつけられたんだろう」
「そうですか、わかりました。
今は内乱をしている時ではありませんし、ギルドよりも先に動きましょう。
いいですね?」
「ああ、わかったよ」
エルゼルの問いにヴィクターも同意する。
(はぁ…まったく。
最悪、この件に関与している人間どもを始末してメルから撤退することも視野に入れるべきか)
エルゼルは、内心で冷静に算段を巡らせる。
ヴィクターは舌打ちをしそうになるのを堪え、肩をすくめる。
だが、心の中ではエルゼル同様に別の言葉が渦巻いていた。
(……こいつの、この上から目線が気に入らねぇ)
(失敗したくせに、でけぇ面しやがって)
(最悪、アウトライダースを使ってこいつらを始末すりゃ、証拠は全部消えるからな
もしもの時のために備えておくか)
互いに、信用などしていない。
ただ利害が一致しているだけの関係だった。
いつでも――切り捨てられる距離で繋がっている。
エルゼルはゆっくりと背を向ける。
「では、次の段階へ移ります。
メルが騒がしくなりますよ……ふふ」
その笑みは、夜よりも暗かった。
こうして――
メルの夜は、静かに、そして確実に闇へと沈んでいく。
*
翌朝。
目を覚ますと、窓の外はすでに明るくなっていた。
「……昨日は、さすがにドタバタだったな」
展開が早すぎて、正直ついていくので精一杯だった。
だが、整理しなければならないことがある。
――魔剣アルティエルン。
分からないことも多い。
だが、まず確実に把握している能力がある。
“武器の形状を自在に変えられる”という点だ。
試しておくべきだろう。
俺は剣を手に取り、静かに鞘から抜いた。
標準形態は剣。
刀身は妖しく、それでいて落ち着いた輝きを帯びている。
この姿が、別の武器へと変わる。
まだ、実際に目で見たわけじゃない。
半信半疑のまま、槍の形を思い浮かべる。
次の瞬間――
剣の形が崩れ、滑らかに組み替わり、槍へと変化した。
「……おぉ」
思わず声が漏れる。
続けて、弓。
次は、杖。
さらに、盾。
イメージした通りに、即座に形状が切り替わっていく。
形状が変わるたび、手の中の重心が微かにずれる。
だが違和感はない。
まるで最初からその武器を握っていたかのように、手に馴染む。
重さも極端に増えず、取り回しも悪くない。
(……これは、相当だな)
残る問題は、もうひとつ。
――心亡き武具に宿る魔力を吸い取る。
他の武具の力を奪う、という意味なのだろう。
だが、やはり引っかかる。
“心亡き武具”。
「……どういう意味なんだ」
これは、できるだけ早く解明したい。
この能力の正体を知れば、アルティエルンを最大限に使いこなせるはずだ。
ひと通り試したところで、剣を鞘へ戻す。
「……このくらいでいいか」
昨夜の件も特に連絡がないし急ぎの用事もない。
せっかくだ。
街の中を少し歩いて、情報を集めるのも悪くないだろう。
ギルド傍の宿を出た俺は、まず第二区の商業区へ向かった。
「まずは、どんなものが売られているか見ておくか」
武具屋、鍛冶屋、装飾店。
通り沿いには店がひしめき、人の流れが途切れることはない。
「……さすが商業都市だな」
各地から人と物が集まっているのだろう。
歩いているだけで、街の勢いが伝わってくる。
そんな中、ひときわ大きな建物が目に入った。
――オークション会場。
以前から一度は見てみたいと思っていた場所だ。
中を覗くと、会場は熱気に包まれていた。
高価な品を前に、競り合う人々。
どいつもこいつも、相当な金を持っていそうだ。
(……いつか、俺も参加できるようになるかな)
そう思わせる空気があった。
その後、俺は門番から「近寄らない方がいい」と警告されていた――
第三区の商業区へと足を向ける。
門番に止められた場所――
だからこそ、見ておく価値がある。
進むにつれ、通りの雰囲気が変わっていく。
人の視線、足取り、空気の重さ。
だが、見た目だけなら普通の店が並んでいるようにも見える。
(もっと露骨な闇市を想像してたんだが……)
そう思いながら、いくつかの店を覗いていく。
――そして、すぐに分かった。
表向きは普通の商店。
だが中身は、
密漁されたモンスター素材。
出所不明の宝石類。
娯楽店を装った裏商売。
違法薬物の売買。
どれも、まともな市場では扱えないものばかりだった。
そんな中、俺はひとつの店に足を止めた。
――モンスター売買所。
扉を開けると、独特の獣臭と魔力の気配が混じった空気が流れ込んできた。
「いらっしゃい」
短くそう声をかけられ、店内へと足を踏み入れる。
中には小型や中型の檻が並び、大型は見当たらない。
「大型はいないんだな…」
「大型は管理と飼育コストが跳ね上がりますからね」
店主の説明に、俺は納得する。
(確かに……地球で言えば象を飼うようなもんか)
「小型でも危険じゃないのか?」
「契約さえ済ませれば問題ありませんよ。
冒険者の中には、ペットとして連れて歩く者もいます」
「契約は誰でもできるのか?」
「契約魔法を扱える者だけです。私も行使できます」
なるほど。
だから、こうして商売として成り立っているわけか。
会話の流れで、店主の魔力の動きが自然と眼に入る。
ついでにステータスを確認し、そのまま隷従契約の魔法をコピーしておいた。
<隷従契約 コピー>
(……こういうのも、いずれ役に立つだろ)
そうして店内を見回していると――
ひとつの卵に、視線が吸い寄せられた。
眼が、微かに反応している。
俺が卵を見つめていると、店主が声をかけてきた。
「それは希少品ですよ。
影狐の卵です」
「……えいこ?」
「はい。影に潜む能力を持つ個体で、稀に変身能力を持つ個体も生まれます」
(……相当便利じゃないか)
旅の補助、偽装、偵察。
使い道はいくらでも思い浮かぶ。
「金貨5枚です」
即決だった。
グラディウスで得た金貨を差し出し、卵を受け取る。
ポーチに収めながら、自然と口元が緩んだ。
(孵るのが楽しみだな)
店を出た後、次に足を踏み入れたのは――奴隷売買所だった。
檻の中には、鎖で繋がれた様々な種族。
人間の姿も混じっている。
空気が、重い。
「いらっしゃいませ!」
呼び込みの声がやけに軽く聞こえた。
雑用、奉仕、贈答用。
用途別に並べられた“商品”。
頭では理解していたが、実物を見ると、さすがに気分が悪くなる。
(……長居する場所じゃないな)
だが、見て回る中で、ひとりだけ目を引く存在がいた。
眼で確認すると――
ーー光の魔術師
檻の中の少女と、一瞬だけ視線が合う。
だが、すぐに目を伏せられた。
一瞬だけ光が宿った気がしたが、次の瞬間その灯りは消えてしまった。
「……セラ・ルクシア、か」
お金もないし連れ出したりできるわけでもないのだが、見えた情報に好奇心がそそられた。
この女の子が、ヨウと関りをもつことになるとは知る由もないまま、店を後にする。
売買所を出た頃には、精神的な疲労がじわりと溜まっていた。
「……一度、第三区を出るか」
そう思い、歩き出した、そのとき。
背後に、微かな気配した。
敵意は感じない不気味な感覚。
振り返る。
――誰もいない。
「……気のせいか?」
胸の奥に残る違和感は、消えなかったが、今はとりあえずここを出たい気持ちの方が強かった。
都市の中央に立つ評議塔へ向け足を進める。
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【陽】
種族:人間
称号:冥奪の眼保持者
加護:憎悪の神エルロキス
眼のレベル:Ⅱ
剣術:S
魔術:B++
魔法
火 火炎
疾風 暴風砕破
回復
隷従契約
技能
毒操作
暗殺剣:Ⅱ
装備
魔剣アルティエルン
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【影狐の卵】
????
ご覧いただきありがとうございます。
影狐の卵を入手し、
さらに奴隷売買所では後に関わることになる人物の姿も。
次回、動きが少しずつ表に出てくるかもしれません。




