7、良子降臨
謝罪の言葉には意味がないと思う。でも、他に何が出来るだろう。とにかく謝ろうと思い口を開こうとした時だった。俯いていた父親が顔を上げ、オレを見た。その目には、怒りのような哀しみのような、そんなものが浮かんでいるように見えた。
「良子は、もういません。あの子は私が四十を過ぎてから出来た子で、上の娘と十歳離れていましたから、家族みんなで可愛がりました。それを……」
「すみませんでした。私が軽率だったばっかりに……」
涙がこぼれてきた。泣きたいのはこの人たちで、オレではない。そう言い聞かせても、何の甲斐もなかった。これを止めるには、いったいどうしたらいいのだろうか。
「すみません」
何度も繰り返したが、誰も何も言わない。
どれくらい経ってからだろう。深谷野さんが、オレの肩を軽く叩いた。オレは彼女を、涙で濡れた目で見た。彼女は頷き、
「もう、いいよ」
「良くないだろ」
「いいよ。だって、よっちゃんが怒ってないんだから」
「そんなこと……」
わからないだろ、と言うつもりだったのに。目の前の深谷野さんの表情が変わって、まるで良子その人のように見えて、口を噤まざるを得なくなった。
その人はにっこりと笑うと、
「久し振りだね、俊也」
おっとりとした話し方。深谷野さんの口調とは全く違う。深谷野さんは、ちょっと早口でぶっきらぼうになりがちだ。しかし、この人は……。
オレは思わずその人の両手を握り、
「良子」
「そうだよ、俊也。良子だよ」
「良子、ごめん……」
オレの謝罪に、良子は声を上げて笑った。
「俊也。二人でしたんだよ。俊也が無理矢理してきたんじゃない。俊也だけが悪いわけじゃないんだよ。そんなに自分を責めなくていいんだよ」
深谷野さんが良子の口真似をしてこの言葉を口にしたんだとしても、オレには良子から言われているようにしか思えなかった。
「違う、良子。やっぱりオレが……」
「俊也。それ以上自分を責めること言ったら、私怒るよ」
怒る良子なんて、見たことがない。いつも笑顔で、オレの心を癒やしてくれていた。「俊也」と呼ばれる時、胸が高鳴った。気が付かない内に、オレは良子を大好きになっていた。
「好きなんだ、良子。好きだ」
「私もだよ、俊也」
「良子……」
何も言えなくなったオレを、良子が抱き締めてきた。
「俊也。だーい好き」
何度もそう言ってくれた良子。その人を死に至らしめた自分。一生許せる気がしない。それを感じとったのか、良子はオレから少し離れると、額を指で弾いてきた。
「俊也。また変なこと考えてる。わかるんだからね」
オレを見ながら、微笑む良子。オレは、その人が深谷野さんだということも構わず、頬を撫でてしまった。良子はもう一度オレを抱き締めると、
「ごめんね、俊也。辛い思いさせちゃって。でも、大好きだからね」
オレは頷き、良子の両親とお姉さんを見た。良子も三人に視線を移動させた。彼女は真面目な顔で、彼らに言った。
「みんな。俊也を責めるのやめて。私がこの人に告白したんだよ。私がそんなことしなければ、俊也は辛い目に合わなかった。俊也を責めないで」
三人が目を見開いたり口を半開きにしている。
「俊也は悪くない。それを認めて」
「良子。違うだろ。オレが悪いんだ。どう考えてもそうだ」
オレの言葉に、良子は首を振った。
「さっきも言ったけど、二人でしたんだよ。悪いとしたら、二人が悪い。俊也だけが悪いなんてこと、絶対にないよ」
今度はオレが首を振った。
「俊也」
良子の顔が近付いてきたと思ったら、唇が重なった。良子であって良子ではないこの人と、そんなことをしていいのだろうか。どこか冷静に、そんなことを思った。でも、本当にあの頃のように良子とそうしているような錯覚もしていた。
一瞬後に離れたその温もりに、オレはまた新たな涙を流さずにはいられなかった。
「私たちを許して」
その言葉を残して、良子は消えたらしかった。瞬きを数回した後、いつもの深谷野さんの顔に戻った。オレを見ながら、
「もう。よっちゃんは……」
さっきのキスのことを言っているのだろうと思い、オレは即座に謝った。彼女は、「違うんだよ」と言ってから、
「あれから気配が完全に消えてたから成仏したのかと思ってたのに、まだこの辺にいたんだ、と思って。でも、そのおかげで先生は守られた、と。よっちゃん、よっぽど先生が好きなんだね」
オレは、何と答えたものか考え込んでしまった。
「死んだ後までずっと好きって、何かすごい」
「そうかな」
「すごいよ」
深谷野さんが、すごいを繰り返す。オレは、泣いていたはずなのに、何だか笑えてきてしまった。そんなオレを見て深谷野さんは驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「先生の本当の笑顔、それだ。やっと見られた」
「いや……その……」
「いいじゃんって言ってるんだよ。もっとそれを見せた方がいいよ」
深谷野さんの方がよっぽど大人だな、と感心させられてしまった。




