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サクラサク  作者: ヤン
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6、嶋田家へ

 約束の時間は、午後三時。何かしようとしては、何をしようとしたんだっけとわからなくなり、全く落ち着かずに過ごしていた。午後二時頃、深谷野(ふかやの)さんからメッセージが来た。慌てて開いてみると、


『もう少ししたら家を出る。駅の改札前で待ってる』


 すぐに返信した。


『ありがとう。助かるよ』


 もう一度持ち物を確認してから、母に声を掛けて家を出た。「俊也(としや)。どこ行くの?」と言われたが、返事せずにそのまま歩き出した。



 深谷野さんが住んでいる嶋田(しまだ)家の最寄りの駅まで来ると、改札を抜けた所に彼女が立っていた。オレは急いでそちらへ向かうと、


「ごめん。待たせたな」

「ちょっと前に来たんだ。そんなに待ってないよ」

「そうか。それじゃ、お願いします」

「ついてきて」


 彼女は背中を向けて、さっさと歩き出した。オレもその後を追った。彼女はオレのことなど全く気に掛けず、自分のペースでどんどん進んで行く。それを見ながら、良子(よしこ)もこうしてこの道を歩いていたんだと思い、気分が落ちてきた。歩けなくしたのは、オレだ。その考えが、自分を追い詰めずにはいられなかった。


 そうして鬱々としながら歩を進めていると、深谷野さんが立ち止まり振り返った。


「大丈夫? 無理しなくていいんじゃない?」


 ぶっきらぼうだが、オレを心配してくれているのが伝わってきた。


「無理しないと、もう前に進めないんだ。だから、行く。心配してくれて、ありがとう」


 深谷野さんはオレをじっと見てから、「あ、そう」と言って前を向いた。


「先生の気持ちはわかった。もう、それについては何も言わないよ」


 先生と呼ばれて驚いてしまった。が、それはそれで、おかしい。退職するまでは先生と呼ばれていて、名前を呼ばれるようになったのは、ほんのこの前なのに。


 斜め前に立派な洋館が見えてきた。きっとあの建物が嶋田家なのだろうと察しがついた。案の定、深谷野さんは立ち止まり、そちらを指差し、「あそこ」と言った。心臓が、いきなり速く打ち始めた。


 謝罪して、自分の気持ちを伝えられるだろうか。そもそも、聞いてもらえるのだろうか。胸がざわつくのをどうにも出来ない。


「今日は、先生って呼ぶからね。あ、さっきも呼んじゃったけど」

「ああ」

「この前のメッセージの通りだけど。先生のことは、よっちゃんの同級生としか伝えてない。後は、自分で何とかしなよ」


 頷くオレに、微笑む深谷野さん。本当に良子に似ている。


「じゃ、行こう」


 嶋田家は、もう目の前に迫っていた。



 門扉を開けて、深谷野さんが頷いた。中に入れと言うことだろう。オレも頷き返した。オレの存在を忘れたみたいに、どんどん先に進んで行ってしまう。そして、玄関のドアを開けると、「ただいま」と大きな声で言った。


 足音が聞こえて、姿を見せたのは和服を来た上品そうな女性だった。たぶん、良子の母親だろう。目をあからさまに伏せるのもおかしいから、そのままお辞儀をすることにした。深谷野さんが、オレの方をちらっと見た気配がした後、


「おばあちゃん。この人、私の学校の先生で、よっちゃんの同級生だったんだ」


 オレが話し出しやすいように、という配慮だろう。確かに助かった。


「初めまして。桜内(さくらうち)と申します」

「初めまして。よくお出でくださいました。どうぞ中へ」

「それでは、失礼致します」


 深谷野さんに手招きされて、中に入った。長い廊下。先を行く彼女の後について行く。


「ここ。入って」


 そこには、良子の父親と思われる人。それから、良子のお姉さん……つまりは深谷野さんのお母さんと思われる人。そして、さっき玄関に立った女性。その三人が、オレを見ている。オレは、深々と頭を下げてから顔を上げ、


「深谷野さんの通っている学校の教師をしていました、桜内と申します。良子さんとは、高校時代の同級生でした」


 手に嫌な汗をかいている。とりあえず深呼吸をしてみたが、心は落ち着かなかった。


「桜内さん。あなたは良子の……恋人ですか」


 そう訊いてきたのは、良子の父親と思われる人だった。頭を殴られたような気分だ。その声は、全く平静だった。怒りの言葉をぶつけてくる、嵐の前の静けさというものなのだろうか。鼓動が余計に速くなった。


 だからといって、無視するわけにはいかない。オレは頷くと、


「その通りです。良子さんと、つきあっていました」


 なるべく冷静を装ってそう答えた。父親をそっと見てみると、唇を噛んでいた。大事な娘がああなったのはこの男のせいなのか、と悔しい気持ちでいるのだろう。リアルにはわからなくても、想像は出来る。


「どういうつもりでここに来たんですか。あれから十年ですよ」


 さっきより、少し口調がきつく感じられる。


「十年。(かおる)ちゃんは、あの時ほんの小さな子供でした。その子があの時の良子と同じ年齢になって、しかも良子によく似ていて……」


 父親の言葉は、ひとつひとつオレの心に刺さってきた。

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