5、悪夢
──俊也。
誰かが呼んでいる。十年ぶりくらいに、その声を聞いた。胸が騒ぎ出す。周りに忙しなく視線を巡らせ、ようやくその人の姿を見つけた。オレは走ってその人のそばまで行くと、手を強く握った。その人は、オレにそうされて口の端を上げて微笑んだ。甘い日々の記憶が、頭の中によみがえってきた。
「良子……」
「俊也。大好き」
そうだ。良子はいつもそう言ってくれていた。それが変わってしまったのは、いつからだっただろうと考える。
「俊也。ほら、いつもの所に行こうよ」
上目遣いにオレを見ながら言った。いつもの所。それは、もう誰も住んでいない古い建物だった。そこがオレたちがお互いを求め合う場所だった。何度もここへ来ては、行為を繰り返した。
上目遣いにオレを見ながら言った。いつもの所。それは、もう誰も住んでいない古い建物だった。そこがオレたちがお互いを求め合う場所だった。何度もここへ来ては、行為を繰り返した。
オレたちは、手を繋いだまま歩き出し、目的の場所まで来た。鍵は壊れていて、入ろうと思えば誰でも入れる。もはや、誰にも管理されていないらしいのだ。
ドアを開けて中に入ると、元はリビングルームであっただろう場所へ向かった。そこまで行くと、オレは良子に深く口付けた。良子もそれに応える。合間に、「大好き」と、溜息混じりの声で囁くように言った。その言葉がオレを余計に興奮させた。
最後までした後、オレにくっついて呼吸を繰り返す愛しい存在に目をやった。その瞬間、オレは叫び出しそうになった。
良子はいつの間にか、違うものになっていた。そこには、骸骨が横たわっていたのだ。心臓が速く打ち始めて、息が苦しくなった。これが現実だ。良子はもう、肉体を持つ存在ではなく、この骸骨のような存在になったのだ。
逃げ出そうとしたオレの腕を、その骸骨が掴んできた。背中に冷たいものが流れた気がした。その力は案外強くて、払おうとしても払えず、段々と締め付けが強くなり、腕の血が止まってしまったのではないかと思った。腕は、痺れさえ感じていた。
「俊也のせいで、私は……」
良子の声ではなくなったそれは、エコーがかかったような響きを持っていた。それが、この存在が人ではないのだと確信させた。
さっき愛し合ったのは、何だったのだろう。この骸骨としたのか。
何故、死んだはずの良子がオレを呼び、オレを誘ってこの場所に来て行為に耽ったのか。あの満ち足りた感覚は何だったのだ。良子だったこの骸骨も、幸せそうな表情をしていなかったか。
混乱したオレは、握られた腕の痺れさえ感じなくなっていた。
「あんたが、私を殺した。私と、私の子供を」
腕を握っていた手が、オレの首に移動した。両手で徐々に強さを増して締め上げてくる。息が出来ない。
「全部、あんたのせいだ」
謝ろうにも、のどが締められていて何も言うことが出来なかった。
「あんたの……」
一段と両の手に力が込められて、オレは意識を手放した。
そこでようやく目が覚めた。体に嫌な汗をかいている。あれは何だったんだろう、と思う。責められて当然のことをしてしまった。その罪の意識が、あんな夢を見る原因になったのだろう。
──良子……。
許してくれとは言えない。許されるはずのないこともわかっている。
──良子。もう一度抱きしめたい。
いつもニコニコと笑顔を振りまいていた。幸せな気持ちにさせてくれる人だった。どうして自分の欲望を優先させて、彼女のことを思い遣らなかったんだろう。後悔先にたたずとはよく言ったものだ。
ベッドの横に置いてある時計を見ると、七時を回っていた。外の光がカーテンの隙間から入り込んできている。もう、寝ていられない。諦めて、伸びをしてから起き上がった。自分で決めたのに、気分は最悪だ。




