4、連絡先
店内には、静かに洋楽が流れている。何の曲だろうと思うが、わからない。でも、昔確かに聞いたことがある。そう思った。
「俊也。どこに住んでるって?」
お茶を飲み終えて顔を上げた深谷野さんが訊いた。
「どこって……学校の近く。君の学校じゃなくて、オレたちの母校」
「ああ。そうなんだ。あそこの学校、候補の一つだったけど、おばあちゃんが遠回しにやめさせようとしている感じがあってさ。それで受験しなかった。今なら理由は想像出来るけど、その時は何でだろうと思ってた」
オレは、頷くことしか出来なかった。
「俊也。連絡先、教えてよ」
「連絡先?」
「私たち、仲良しなんだろ? いいじゃん」
元教師とその教え子。そんなことしていいのか迷ったが、結局教えてしまった。彼女は笑顔になると、
「じゃ、帰るよ。これ、お願いします」
伝票を渡された。無職のオレに会計をさせる深谷野さん。彼女らしくて、笑えた。
「後で連絡するよ」
オレの言葉に頷き、「わかった」と言うと、深谷野さんは手を振って店を出て行った。斉藤さんが来て食器をお盆にのせながら、
「薫、面白い子だよね」
ふふっと笑う斉藤さん。オレもつられて笑った。
「そうだな。一緒にいて、飽きない子だな」
「良かったね、桜内さん」
「その呼ばれ方、慣れられないや」
「薫と同じように、名前で呼んだ方がいい?」
言われて考えたが、それも変な感じがする。オレは首を振り、「違うかな」と言った。斉藤さんが意味ありげに微笑すると、
「へえ。薫は特別なんだね」
「特別? それも違うかな」
では、何なんだろう。昔の彼女の姪っ子だから、とは説明出来ないし、それだけでもないような気もしていて、言葉には出来なかった。とりあえず、笑われておこうと思った。
それからしばらくして、店をあとにした。これからどうしようと思ったが、結局帰ることにした。
玄関に入ると母がこちらに振り向き、
「おかえり。ゆっくりだったね」
「お茶飲んでた」
「そう。よかったね。お昼ご飯、どうする?」
少し考えてから首を振った。
「とりあえず、いいや」
「わかった。お腹空いたら、言いなさい」
母は台所に入っていった。オレは自分の部屋に戻ると、いきなりベッドに倒れ込んだ。しばらくそうしてから、深谷野さんに連絡しなければいけないことを思い出して、体を起こした。
「何てメッセージ打てばいいんだ?」
何度も何度も打ち直した。簡単そうで、意外と難しい。それでも何とか打ち終え送信しようとしたその時、通知音が鳴って驚かされた。
「向こうから来ちゃったか」
どうやら待っていられなかったらしい。そんなところも彼女らしくて、笑えた。
『俊也。遅い』
それだけだった。怒っているようだが、たぶん心配してくれているんだろうと感じられた。さっき打ったメッセージの冒頭に「ごめん」と足して、送信した。それは、決して楽しくない内容だ。彼女は、どう受け止めるだろう。が、やはりここからやり直すしかないと思ったのだ。
少しして彼女から返信があった。
『マジで? それは、止めた方がいいんじゃない?』
そう来たか、と納得する。オレのしたことを知っているからこその配慮だ。が、オレも譲れない。
『わかるけど、頼む。嶋田家に行かせてくれ。許されなくても、真実を伝えたいんだ』
返信は、十分後だった。
『わかった。おじいちゃんたちに言ってみる。ダメだったらごめん』
『ありがとう』
嫌な役をやらせることになって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。が、どうしても協力してほしい。身勝手な思いかもしれないけれど、そうしたい。
嶋田家に行って、良子の両親に全て話す。謝罪する。それが出来なければ前には進めない。たとえ会ってくれたとしても、いい顔はしてもらえないのはわかっている。それでも、しなければならない。全ては、そこからだ。
翌日の昼過ぎに、彼女からメッセージが来た。鼓動が速くなり、手に汗をかいていた。ためらいながら、メッセージを確認した。
『おじいちゃんたちには、よっちゃんの同級生だった人が挨拶したいって言ってきたって伝えた。会うってさ。来てから大変なことになると思うけど、頑張りなよ』
上から言われるオレ。かなり情けない。それでも、彼女がいてくれたから向き合うことが出来た。
訪問する日を決めて、やりとりは終了した。その日までの数日間、オレは冷静でいられるだろうか。自信はなかった。




