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サクラサク  作者: ヤン
3/9

2、深谷野さん

「お待たせしました」


 斉藤(さいとう)さんが、ケーキと紅茶をテーブルに置く。オレは軽く頭を下げた。彼女はオレを見つめた後、


「ゆっくりしていってね」

「ああ」


 口元に美しい笑みを浮かべてから、斉藤さんはカウンターの方へ戻って行った。高校時代から大人っぽい生徒で、男子生徒の隠れファンが多かった印象だ。何故隠れファンかというと、彼女のそばにはいつでも中田(なかた)くんたち四人がいたからだ。中田くんたちはロックバンドをやっていて、学校の有名人だった。そして、彼らの活動を支えてきたのが斉藤さんだった。斉藤さんと言えば中田くんたち。中田くんたちと言えば斉藤さん。割り込む隙はなかった。だから、隠れファンでいることしか出来なかったのだ。


 紅茶を一口飲んでから、ケーキを口に運んだ。桜の匂いがして、思わず息を吸い込んだ。優しい甘さ。それは作り手である斉藤さんの人柄が、このケーキの味に出ているかのようだ。


 ケーキを食べ終わり紅茶を飲んでいると、外に知っている顔を発見した。その人は、オレが凝視しているのに気が付いたのか、こちらを見た。「え?」とでも言ったような口になった後、正面を向いて走り出し、この店に入ってきた。


「先生」


 入ってくるなり、叫ぶようにオレを呼んだ。オレは軽く片手を上げて、その人に振ってみた。その人は、オレに向かって大股で歩いてくると、


「先生。何やってんだよ」


 いきなり叱られた。相変わらずのその調子に、むしろホッとした。ここで気を遣うような言動をされたら、何だかいたたまれない。オレは、安心から思わず笑顔になり、


「久し振りだね、深谷野(ふかやの)さん」

「心配したよ」

「うん。ごめん」

「心配したって言ってんだよ」


 口調が荒くなってきた。ああ。深谷野さんだ、と笑うしかなくなる。そのオレの態度に、彼女はさらに声を高くして、


「心配したって言ってんだろ」

「ごめん、深谷野さん」


 謝りながら笑い、終いに涙を流しているオレは馬鹿みたいだ。オレの涙に驚いたのか、彼女は目を見開いた。


「会えて嬉しいよ。オレ、この前まで君と仲良かったもんな」

「そうだよ。それなのに、何も言わずに消えるってどういうこと?」

「言える気分じゃなかったから。これでも随分回復したんだ。今日まで外に出られなかったんだから」


 彼女は断りなく、オレの正面に座った。斉藤さんがお冷を持ってオレたちの所へ来た。


(かおる)。あんたも久し振りだね」


 斉藤さんの言葉に深谷野さんは頷き、


「ここ、この先生との思い出が多過ぎて、来る気分になれなかったんだ。先生が黙って消えるから」

「そうだよね。先生……違った。桜内(さくらうち)さん、黙って消えたよね」


 斉藤さんがそう言うと、深谷野さんは「あー」と言って手を打った後、


「そうか。先生じゃないよね。さ……桜内さん。何か、変なんだけど」


 不機嫌な表情のまま、言った。オレはもう一度、「ごめん」と言って、


「オレは、この先教師はやらないと思うから、先生と呼ばれるのは困るかな」

「教師やらないで、何やるんだよ」


 深谷野さんが強い口調で言う。斉藤さんが彼女に、「まあまあ」と言いながら背中を軽く叩くと、


「とりあえず、薫。何か食べる?」

「フルーツケーキと、何か紅茶をお願いします」

「はいはい。畏まりました」


 笑いながら、斉藤さんが去って行った。視線を深谷野さんに戻すと、彼女は頬杖を突きながらオレを睨んでいた。


「先生。あ、違った。ややこしいな。じゃあ、俊也(としや)。今、どこに住んでるの」


 いきなり名前を呼ばれて、その容貌のせいもあって、昔の彼女を思い出してしまった。もっとも、昔の彼女はこんなきつい調子でオレを呼んだことはなかった。いつでも笑顔で、可愛い声でオレを呼んだ。


「おい、俊也。聞いてんの? 今、どこに住んでんのって質問してるんだけど」

「実家にいるよ。それで、毎日何もしないで、誰とも口もきかないで、シーンとしてる」

「何だよ、それ」

「そうだよな。オレもそう思うんだけど、何かさ……疲れちゃって……」


 深谷野さんが目をそらした。その言葉の意味をもっとも理解してくれるのは、この人だとオレも思う。


「自分で始めたことだし、今さら疲れたもないんだけど、でも疲れてた。何をする気にもなれないんだから」


 オレがそう言った時、斉藤さんが深谷野さんの注文した物を持ってきた。


「ごゆっくりどうぞ」


 やはり微笑んで、去って行った。深谷野さんは、顔を上げてオレを見ると、


「ごめん。食べるよ。お腹空いてるんだ」

「どうぞ」

「いただきます」


 さっきまでの勢いはどこへやら。意気消沈したような顔で、ケーキを食べる。何も言わずに食べる。オレは、彼女をじっと見ている。本当にこの人とあの人はそっくりだ、と思いながら。

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