【#36】へし合う三手目のグロリアスドーン! 自爆スイッチ連打撃からの反転こうせいは、“幽霊スマホの泣き言”とすんでの惨劇手前にて
漆塗りの黒い竹スプーン片手に、大げさなポーズでつむじと両掌の中の「星」を晒け出してきた先生に、最初に音声を伴った笑いを上げたのは、俺でなくって、リニア姉さまだった。
なぜかって? そりゃあもちろん、彼女が、とびきりよく利く、ロウ家の「耳」の持ち主だからに他ならない。
「真面目に」っていう先生のセリフとは裏腹に、おかしくて今にも噴き出しかけてる彼の震え声を、じかに「拾い聞きさせられた」のはもちろん、とりわけ決定打になったのが、俺経由で、
「ぷ⋯⋯っく⋯⋯! ぎりぎり押し殺せてない声で、真剣に解説入れてこないでよね⋯⋯!? やめ⋯⋯っ、マジでッ、笑い、止まんなくなっちゃう、んだけど⋯⋯ッ!!」
ポーリャ・カントリー・ロードと、公には名乗ることとなったちびっことしての視線からのみ、見ることが可能だった景色——伏せたししょーの顔の下で人知れず展開していた、ひどく「悪戯っ子めいた甥の両目」の存在——を同時進行的に「聞かされて」しまったせいなのだろう。
あー、ごめんリニア姉さま! 「くはッ! 俺もちょっと無理!」 そんな風に大笑いかまされたら、俺だって我慢しきれない⋯⋯んですけどぉッ!?
言うなれば、互いに全力で「読み」あってる「明かし」同士ゆえの連鎖的な大爆笑という、ある種の特異点の大いなる崩壊だった。
笑いの坩堝から互いに足を引き抜けなくなって、“積み上げたブロックパズルを一気に消すと同時に相手へ叩きつけてる”風の勢いに任せ、盛大に「自爆」をかましあってる。ただそれだけのこと。
そうではあるが、ひとたび笑い出したからには⋯⋯三人寄れば文殊の智慧ならぬ、三人の「読み手としてのスキル」が事実上の「無限発火装置」と化して、誰も止め手としては役立ちそうにない。そう言い表しても、けして過言ではなかった。
なお、リニア姉さまに端を発した、笑い声のループは逐次、俺たちの耳と頭の中で大反響を巻き起こしながら、掛け値無しの全速力で通過中である。
そんな流れだ。俺たち三人が揃って叩き落された無間笑い地獄は、二分三十五秒ほどの時間をかけて、俺たちの腹筋を十二分に痺れさせたのち、ようやく完全なる自然停止に至ったわけで、つまり。
悪いのは、間違いなく⋯⋯「⋯⋯ボクって言いたいわけ? それ、ボクが昴に言ってやりたいくらいなんだけど⋯⋯やっば! また笑いたくなってきた」、辞めとけばいいのに、あえて俺の心を覗きなおした途端、再び「ひいひい」と声を上げ崩れ落ちた先生こと、茶髪の少年である。
それだけは、絶対に違っていることなど在り得ない、妙にリアリスティックな俺の持論、否、結論だった。
そんな「超弩級にシュールな遣り取り」を経て、宮代笙真発の、“もうひとしきり分の笑い崩れ”に真正面から巻き込まれる憂き目に遭わされた俺は、維持するのを途中から放棄していた、対「読み」用に特化したチルアプリ、「基板上のバリア」をやっとの思いで起動・再構築。
レベッカの身体に押し込められて、俺自身の「読み」の魔法が使えずにいることが、せめてもの冷静さをキープする材料だってんだから、いかにも、
「『禍福はあざなえる縄のごとし』だと思うんだ」
「⋯⋯難しい言い回し、いきなりしないでよね。宮代の息が掛かったら、なんだって変になるの、いかにもアンタたちっぽいけど⋯⋯。スヴァル君の話っぷりって、その子の見た目と合わなすぎて、このリーリヤ様だって、結構まともにドン引きしちゃってるんだから?」
口走るのと並行して、改めてチューニングした、心を「読ま」せなくする防壁の高さは、どうやら「ロウ家のリニア様」と相対するには、程よい度合いらしかった。
試みにうそぶいた俺の独り言に、いまだに震える声音で、ズレた返答を寄越しながら、リニア姉さまが、座卓の上に再び戻されたままになっていた「セレンゲティの星」を、綺麗に整えられた指先で、そっと抓みあげる。
白い爪先に施された、煌々のネイルと呼応するかように、ベッカちゃんの「星」が、EAPからずっと送信し続けられていた、俺の第二視野の中で、ちかちかと瞬いた。
「『星』の参照先は、リーリヤ・リニア・ロウの『読み』の魔力。《鋏》への改変を為そうと試行しているものと推定されます。詳しい改変プロセスは現在解析中。速報によれば、当該『星』の試みは、いずれのシークエンスにおいても失敗に終始している模様。そう見受けられます」
EAPの核心技術の一翼を担う「あなまほ」。
そいつが吐き出してきた無味乾燥気味なログ・メッセージが、チル素子で作られた見えないリンク回線を通じて、スマホと直結中の俺の脳裏を画像形式でそっと過ぎる。
お間抜けな正式名称には全っ然見合わない、「魔法的なものを見出す」能力に長けたチルアプリであり、二〇五〇年の我が家の魔法技術の粋を集めた人工魔法に向かって、
“OK。引き続きモニタリング継続でね”
思考とほぼ同一内容の、短いフレーズでそう返答すると、俺は、リニア姉さまの膝元から脱け出した。
座布団にちょこんと膝を立てた踵座りの格好をとり、この身体の本来の主が大切にしている星のかたちをした小さな器に前のめり気味の目線を投げ掛ける。
「形違え、だっけ? それってさ、いかにも曰くありそうな現象にしか聞こえないけど、リニア姉さまの魔法には問題、起きてないわけ?」
「当たり前でしょ! 私はただの小柄なユーレカの魔女で通してるだけで、別に子供って訳じゃないもの。別に、魔法の形が変わったりなんて」
「小柄なのはもちろん、童顔のことを実は私、気にしてるの。そうリン姉の顔に書いてあるけど?」
「——宮代笙真君。メリッサ姉譲りで、器量よしなアンタだけには言われたくない⋯⋯ってそうじゃなくって! 私の声真似やめてよね? 次に混ぜっ返したら、音付きの『読み』をフォークといっしょに叩き込んであげるから本気で覚悟しなさいよ。これは警告じゃなくて決定済みの事柄なんだから!」
蓮っ葉な言い回しでのリニア姉さまの軽口。
その響きの内に、少し過剰なくらいの「謎の凄み」をしっかりと抱え込んでいる(ように、俺には聞こえた。もっとも、今の俺には、宮代家の魔法使いとしての「本式の読み」が使えないから、あくまでも印象ベースだけどね! とはいえ、これ以上笑わせられるのは、俺も勘弁かな。捩れまくった脇腹が痛いったらねえし)。
「昴。形違えが起きてるのは、決まって——あっははは、昴さん! そんな独白で無自覚にやり返してこないでよ! 白パン生地でできた針の筵って比喩までボクにはバッチリ『読め』ちゃってるから、ひえっぷぷぷ⋯⋯っ! お願いします、太ももの話なんかよりバリアの出力もっと上げて!」
そんな笙真少年の本格的な大笑いを、次なる崩落のきっかけにしないがため、俺は限られたリソースをバリアの強化に最優先で投下した。
その影で、疾うに目を覚ましていた、ベッカちゃんが、どんな想いで俺たちの馬鹿げた「平常」を聞いていたのかなんて、想像しなくても、わかるはずなのに、その時の俺にはどうしてか、思い至ることができなかったんだ⋯⋯。
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本物の犬っころ用に違いない、赤茶けた錆の浮かぶ黒いゲージの中で、目を覚ました俺は、今更になって噛み締める羽目になった「後悔」を、身体中の痛みに耐えるため、ここ数時間の間、ほとんど息を潜めて腹這い気味の姿勢で体を休ませている、一人きりのベッカちゃんと共有させられていた。
窓の向こうから微かに差し込む、赫々とした光は、あと少しで、朝が来るのを俺たちに告げている。一片のくもりはおろか、狂いや衒い、容赦すら抜きで。
リンクを辿るまでもなく、EAPは、ベッカちゃんの痛みを誤魔化すために、もうとっくのとんまに、電池切れ。打ちっぱなしのコンクリの床に置かれた檻の中、不格好に丸まっている銀灰色の毛並みに覆われた仔狼の腹の下で、銀色のタブレットケースを思い起こさせるような、「ただのまあるい形の小型スマホ」として、静かに沈黙を守り続けていた。
まともと呼ぶにはほど遠い、この現況に関して、ほかに俺がわかることと言えば、このまま順当に朝が来たら、俺たちはどう転んだって、とびきりどうしようもない目に遭うに違いないってこと、それだけだった。
夜の終わりに甲南湖の森で捕獲したはずの前足と横腹に派手な怪我をした野良犬の仔犬が、一昼夜後のあくる朝には、血染めの毛皮を脱ぎ捨てて、淡いブルネットと大きな琥珀色の両目を持った、一糸纏わぬ異国風の人間の、たいそう見目良い五歳の女の子に姿を変えている。
そんな展開が、俺たちを檻に閉じ込めた相手——捕らえられた場所と時間帯からして、環境局や保健所の関係者とは限らない可能性のほうが高い。何しろ、ヒトの言葉をしゃべる怪我まみれ、血だらけの仔犬を、「怪異」扱いするどころか、嬉々として「お持ち帰り」した男、なのだ——に露見したら、どんな個別具体的なリスクが噴き出すことやら。
彼女と俺の意識を円滑に並立させるために俺が作った交通整理手段である、チル魔法「ドヴォルザーク」。
二十六年後の時代で少年だった「かつての俺」が持っていた、生まれつきの魔法を人為的に再現することを目指して、常に改良とバージョンアップを重ねている、俺お手製のこのアプリをはじめとした、現状の俺にとって最も意のままになる、EAPの中の人工魔法群。
そんなアプリたちと繋がる手立てを、ベッカちゃん——レベッカの魔力という、今のコンディションでは、絶対に使うべきでない「最後の根っこ」一本分だけ残した状態、つまりは、ほとんど丸ごと断たれたまま、レベッカのもう一つの姿である仔狼の身体に閉じ込められて、ただ考えることしかできなくなっている「現在の俺の心」は、俺と彼女の身にこれから起こり得そうな、最高に面倒くさすぎて、絶対にろくでもない未来を、易々と予想しうる程度には一端になりかけた宮代家の「読み」の使い手。
そうとしか言いようのない、実に中途半端な存在だった。
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