【#35】煌めけ白刃! 〜言戟の知人たちによる二手目レイドバトルは、先生のちゃぶ台返しと“せいさい”をレベッカの星に添えて〜
バクバクとうるさいくらいに、鼓動を高めていく、レベッカの心臓。そこに籠もった俺の情念の悉くを、つぶさに聞かれている。確実に一言一句、いや、一音節単位未満まで。
自覚しながら、俺は、リニア姉さまを強く見据えた。
背後に浮かべたまま、姿だけを空気に偽装させたEAP。銀色の小さな筐体から止まらずに届き続ける魔力使用動向のリアルタイム観測情報。
それに対する「俺の所感」もいくらかは伝わってるのだろう。自らのこめかみへと手を添えた彼女は、後れ毛で右の耳介を覆い隠す。
わずかなその反応に、姉さまの利き耳は右か。俺は判じた。すると、
「違うわ。左よ。⋯⋯あんた、宮代のユーレカのくせに、本当に『読め』ないのね。それでいて、このリーリヤ様に挑むつもりでいる。相当、いい度胸じゃない?」
「⋯⋯仕方ねえだろ。他にやりようが思い浮かねえんだもん」
自分でも、どうかしている。自虐纏いの底抜けに素直な思惑。馬鹿正直にそいつを曝け出しながら、俺はうそぶく。
「美徳だろうって? へえ⋯⋯。そう思って欲しいんだ? 残念。お断りよ。でも、本気で白状したのだけは買ってあげる。ねえ、笙真? 彼って、」
「意外と可愛い以外はコンセンサスってことで。ボクもバーチューだとは思わないけど」
「⋯⋯眠いの?」
「うん」
切れ味皆無な返事で姉さまの言葉を、ぶった斬った先生。彼は、極めて緩慢な仕草で、竹の匙に残っているアイスを口に運ぶ。とは言え、その眼表面には抜群の魔力反応。
ヒトの目ではけっして見えない彼の魔法。「あなまほ」上にベクトルとして現れているその「読み」の向かう先は、俺と姉さま。
ただし、肝心の精度の方はかなりのブレブレだった。「頭の中をくすぐる」ような「覗き見」レベルの。
眠いっていう言葉、嘘じゃないんだろうな。
感想を抱いた俺に向かって、姉さまが腕を伸ばしてきた。
身を乗り出したままでいた、レベッカの頬に少女の指先が触れそうになる。
バリアの出力ゼロを切り上げろ。俺たちを見下ろすEAPから警告信号。
るせえ。即答。汗の滴の滲出までは、モニタリングオンリ。検出をトリガーにしとけ。バリアはスタンバ。
短く分割したフレーズでそう予入力。
為すべきを得たシステム側が即応維持に移行。リンクの向こうが、スィン。静まり返る。
この時代の「明かし」には、まず馴染みがないはずの、スマホと魔法使いの「速すぎる協調」。
それを漏れ聞かされたリニア姉さまが、青みがかった灰色の双眸を引き絞った。
今にも届きそうになっていた、細い指先が遠のく。
同時に、再びアラートレシーブ。――基板温度50、か。これ以上重くしねぇよ。問題なしで。それだけを追証させる。
彼女の目や指先からは「読み」は検出されなかったから⋯⋯。言語化しかけた俺に向かって、姉さまが口を開いた。
呆れの交ざっていない、至極真面目な口調。
「その星はね、《狐の鋏》の連中が後生大事にしてるクォーツの一つよ。日本語で言えば、雷水晶ってところ。それも、水入りだった結晶由来のね。あいつらは、見つけた場所に因んで《セレンゲティの星》って呼んでる。⋯⋯何を驚いてるの?」
「別に。俺の気持ちなんてどうでもよくない? それより! いくら物珍しくても、石は石だろ。宮代の守り石だってそうだし。ですよね、先生? 希少な鉱物を加工するくらいで、魔力加速器になるなんて、そんな与太話⋯⋯」
「与太を真に受けるほど宮代の本家当主さまが間抜けだと思う?」
俺の隣で、座卓の上に行儀悪く上半身を投げ出した先生が、くぐもった声音で呟く。
《人工音声》と《光学迷彩》の重ね掛けで静粛性を保ったまま、俺らの頭の上を旋回し続ける見えないスマホ。
俺の脳裏でだけLIVE再生中のそのカメラ映像には、銜えスプーン姿でだらけきった少年を見遣る、二人の女の子たち。
彼女たちの片割れである俺の姿は、EAP越しには、先生が唇の先で器用にピコピコ揺らしている竹匙の柄を、猫のように吊り上がった琥珀色の丸い目でジットリと睨め付けているようにも見えた。
「見た目がソレだからね。宝石としては『ぜんぜん無価値』。師匠たちがそう口を揃えて来たからさ、実を言えばボクだって、最初はおとぎ話だと思ったんだ。でも、本家の子たちに《かたたがえ》が頻発したから⋯⋯」
は? 方違え? 古文の本に載ってる? 一挙に頭へ浮かんでしまった俺のバリアなしの素の思考に、間延びしてへろへろな声で、口から匙を引き抜いた先生が答えてきた。アイスよりも先に溶け落ちそうな視線が、瞬く。
とろみ切った茶色の虹彩に、レベッカの形をした俺の像がぼんやりと結ばれている。
「違うよ。風習じゃなくて、魔法の型が変わっちゃうほうの『形違え』。こんな字を書くんだけど⋯⋯。もしかして知らない?」
赤いベゼルに縁取られた、彼のスマホのガラスの上をトトン。先生の右親指が器用に踊って、打ち込まれたばかりの三文字が、俺の視線の先でバックライトの中に浮かび上がっていた。
二度もハズレを引いて、思わずたじろいじまった俺の溜め息は、聞き逃してもらえなかったらしい。姉さまが、俺の心に同調してきた。
「もしかしなくても知らなそうじゃない? 私だって知らなかったくらいだもの。ねえ、笙真。私たちに分かるように、アンタがもう一遍説明しなさいよね?」
ピ。切り替えを示す極短の通知音。僅かな発汗を額に認めたEAPが、俺の指示通り《基板上のバリア》を再稼働させた合図だった。
いつの間にか、俺の背後に陣取っていた姉さまの胸元に、眠るレベッカと俺をまとめて内包した童女のブルネットを引き寄せられる。
やべえ。想いを気取られるより早く、EAPを駆っていくつかのパラメータを全速力で切り替える。⋯⋯俺だって、年頃のDKなのだ。伝えるべきじゃない諸々も頭によぎるわけで。
障壁の内側に居座った不埒さを飲み込み、よこさま——いや、おもむろに息を吐く。
齢十七の俺を惑わせてくるオーデコロンの香りや、背中越しに覚えざるを得ない、張りのある触感。
半纏以上に体温上昇効果マシマシな、あれこれを全力で遠ざけるために、レベッカの脳へと繋がる俺仕様の五感を、まるっとリチューンナップ。なるべく五歳児らしい、あどけなさを纏い直す。
けれど、少しばかり遅すぎたっぽい。
「昴」
先生が苦笑いしたまま、決して口に上げてはいけない“最悪の一言”を、そりゃあもう懇切丁寧に、俺へと投げ返そうとしてくれたのだ。
「さすがに『小っちゃ』は、失礼だと思——ちょッ、リン姉! 今の一撃ってクリスマス休暇の頃より更にエグくなってない? その姫フォーク、目にぶっ刺さるかと思ったんだけど!?」
「お黙り」
信じがたい命知らずな物言いを堂々と棚上げにして飛び起きた、三つ下の甥に向けて、彼の叔母上《リニア姉さま》が、今度こそ鉄拳制裁を成し遂げるべく、右手を翻した。
この時代の宮代家に連なる魔法使いにとって、何よりの強みであった、眼球。
そこに向かって容赦なく突き立てるつもりにしか見えなかった姉さまからの追撃を、首尾よく防いだ竹匙が、真鍮のフォークと噛み合って、ギちッ。大層物騒な軋みを立てる。
今の丁々発止で、完全に眠気が吹き飛んだのだろう。
目ん玉を剝いて猫背を正した短髪の少年が、
「ごめん。真面目にやるから」
疾うに居住まいを整え終わっていた俺たちに向けて、EAP認識下の視界の中、断続的に魔法の存在を声高に主張し続けていた、「星の形をしたレベッカのしるし」——《セレンゲティの星》を、謝罪の言葉とともに、頭を垂れながら、捧げ持って見せた。




