【#34】イッツ・ア・フィーバータイム! 若き明かしどもの「読み合いバトル」:初手・火蓋落とし
リニア姉さまが、同席している場に招かれた。それは詰まる所、ベッカちゃんの星について聞いていいのは、俺だけじゃあない、ということなんだろう。
昼間の騒ぎを思えば、そりゃそうだろうけど⋯⋯。
正直言ってさ、俺、やっぱこの人、苦手なんだよなぁ。
まあ、容赦なく、やられたばっかりだしね。
愚痴をこぼせる相手(はて、誰のことだろう?)が不在だったから、俺は、一人問答みたいに思考を巡らせた。
なにしろ、この部屋で派手に撥ね飛ばされてから、たったの半日も経っていないのだ。
あれをすんなり忘れられるほど、俺は、単純な性質ではない。⋯⋯多分だけど。
そんな小さな反発ともに、俺は、二個目のアイスを楽しんでいる少年時分の先生の背中へ隠れたまま、めいっぱい上まで引き上げた視線で、素早く姉さまの様子を窺う。
先生に手渡されたおやきを、一口ずつかじり取りながらだから、全く格好はつかないけれど、それはさておき。
先生の肩越しに臨む、掘り炬燵式の座卓の向かい側で、天板に頬杖をついた姉さまは、ほとんどご満悦。見た目の上では、相当リラックスしている様子だった。
――そう、表向きはね。
依然として、全然動きそうにない「読み」の代わりに、EAPの機能を駆使して「判断材」をかき集めた俺は、そんな風に観察結果を改める。
彼女や先生の生まれ故郷である英国で、「読み」の|魔法使い》
「明かし」》を示す「ユーレカ」の言葉通り、本当は、ものすごく興味深げに、レベッカ姿の俺に探りを入れているみたい。
その証拠に、例えば、彼女の肩先。こなれたパイルのタオル地に広がる、少しトーンを落とした朱金色の濡れ髪。
湯上がりの気配を色濃く残すシルキーなそいつに縁取られた彼女の耳の端には、明々白々なほどの魔力が籠められていた。
スマホの中の「あなまほ」がもたらしてくれた情報頼みで、そうジャッジした俺は、頬裏に残っていた野沢菜おやきの破片をごくんと飲み込む。
⋯⋯決めた。今度は、俺の方から、会話の火蓋を落としてやろう。
思うが早いか、俺は、身に纏った綿入りの半纏ごと先生の隣に腰掛け直すと、ばん!
両手をついて、座卓に身を乗り出した。きっぱりと口を開く。
「なあ。リニア姉さま。⋯⋯あんたさ、どれくらい、この子や星のこと、ご存じなわけ?」
「ああら。随分、馴れ馴れしく呼んでくれるじゃない? 私と昨日で初対面だったくせに。あんたみたいな全然らしくないAI、私初めて見たわよ? ねえ、スヴァル君?」
挑むような彼女の台詞と同時に、ずっと展開済みだった《基板上のバリア》を支えるEAPに、ぐわん。圧が乗る。
ロウ家伝来の魔法の特徴をくっきりと持ち合わせている、侵襲性の高すぎる姉さまの「読み」。
俺に向けられた、心を「聞き取る」ための彼女の魔力を、俺は、冷たい人工の魔法で淡々といなしながら、今の自身の身代である、五歳女児の口を、うっそりと割り開く。
「らしくない? あんたがそう思うなら、思えばいいさ。俺は俺――ただの“らしからぬスヴァル”」
言いながら、チル製の障壁をわずかに弛ませて、俺は続ける。
「それ以下も以上もねえんだけど――、」
バリアの表側に、あえて突き出した、不完全な投げかけの言葉。
中途半端に短いそいつと、呼吸の隙間に忍ばせている「思惑の効能」を最大限利活用してやるため、俺は、栄えある宮代家流の「如何にもいたずら坊」めいた笑みを、全力でレベッカの表情に貼り付け――――リニア姉さまに、告げた。
「――それだと、不満かな?」
子供の形をした俺から、爛々とした目線を押し付けられている、リーリヤ・リニア・ロウ――現時点では、俺と同い年の十七歳の少女――は、不可視のEAPが見下ろす俺の第二視野の真々中で、耳と目の間にある頬を複雑そうに歪めたまま、答える。
「だめもナニも、宮代のやり口。やたらときかせにきてるじゃない? 笙真の言ってたとおり、あんたの方は、チビ狼と違って“ちゃんとした身内”なんでしょう? フフン⋯⋯気に入ったわ。このリン姉さまが、星について教えてあげたっていいのよ? スヴァル君が心から望むんならね」
べっつに、リニア姉さまに望んでやしないんだけどなあ⋯⋯。
勝ち気そうに装わせた、レベッカの眼球。アンバーゴールドの瞳孔のずっと内側にて。
|対「読み」専用の障壁アプリ《きばんじょうのバリア》の奥底で、天井際のEAPとの連系を黙々と遣り繰りしながら、俺は、「魔法で『読め』なくさせている」はずの反論を一瞬だけ心へ思い浮かべた。
チラ、チラ⋯⋯バチンッ!!
事細かに強度を可変させているバリアを跨いで、ぶつかる視線の向こう。
魔法の空白時間である、数秒間の枷を終えたリニア姉さまが、再び耳目をそばだてた気配が、チルによる見えない壁を、音もないまま大いに揺さぶりがかってくる。
リンク先のEAPから寄越された魔法を「観る」感覚を、レベッカの頭で連々処理しつつ、俺は次の一言を継いだ。
「何言ってるの? 知りたがりなのは姉さまのほうなクセに。ししょ⋯⋯笙真君だってそう思うでしょ?」
「ん」
俺の隣で、行儀悪く竹のスプーンを銜えたまま、右手の赤いスマホを黙って玩んでいる先生。彼を味方に引き入れるつもりで振ってやると、返ってきたのは、あろうことか最高にシンプルな応え。
「⋯⋯あのさ。『ん』、じゃなくって」
リニア姉さまとサシでの読み合いなんて、そろそろ堪らなくなってんだけど?
そんな心持ちで、尚もスマホとアイスに夢中なフリをしている少年の茶色い双眸を覗き込んで、俺はぼやきを溢していた。
「じゃあ、んー?」
「⋯⋯⋯⋯」
僕を巻き込むなよ。
左手で匙を持ち直した先生に、言外にそう匂わされた気がして、俺は思わず長考した。
その間隙を縫って、色白の額を剥き出しにしたリニア姉さまが、実に胡乱げな顔で、スマホを視線で釘打ちしている「彼女の三つ下の甥」をガン見しているのを肉眼とEAPの視界のはじっこに「発見」するが、俺自体はロウ家の血は引いていないので、これは見っけなかったことに――
⋯⋯したいのは、山々だけど――まっ、そうするわけにもいかねえよな。
あのリニア姉さまが、先生へ非難の眼差しを向けて仕舞うくらい、ベッカちゃんの荒みっぷりは本当にひどかったんだから。
空っぽの星を手にした先生が扉の向こうに消えた瞬間、出水邸の隅々にまで届いたであろう、慟哭混じりの長い長い吠え声を、俺は思い出していた。
銀灰色の仔狼が、喉笛を震えに震わせて、掠れるまで響かせた、あまりに物悲しい遠吠え。
あんなものを誰よりも近くで聞かされた身として、星について踏み込まずにいる選択肢なんて、俺には最早存在していなかった。
どのみち、リニア姉さまと、ポーリャ・カントリー・ロードは当面の間、同じ屋根の下なんだ。
彼女の鋭過ぎる耳に、俺が「読まれない」で済むのも時間の問題だろう。
だったら、先に姉さまに釣り餌を飲ませるほうが、俺の精神衛生上、いくらかはマシなはず。絶対そうに違いない。
自らにそうやって強弁して、長考は終了。
二人の「明かし」に向かって、バリアを完全にオフにした俺は、レベッカの姿形のままで、俺の存在を晒す。
「宮代の読み手の一人として、あえて尋ねるけどさ」
EAPと魔法使いの関係とは、正反対の働きをみせたレベッカのしるし。
先生が卓上に無造作においていた、星のかたちをした小さな器に目を一瞬だけ据えた俺は、ツイと顔を上げ、真正面からの問いかけを締め括らせた。
「――道具のほうから魔法を押し付けてくるなんて、その星、一体なにものなの?」




