神様と日本語学者との対話
「神様、言葉は、自然発生的に生まれたわけではありませんよね」
「そうだ。良く言った。言語は、心の中から生まれるので、心の中が秩序だっていなければならない。」
「そうですか」
「人間は、外界や思想、宗教、文学を理解できるのも、この言葉という概念をもっているからに他ならない。」
「そうですね」
「おまえは、ヘレンケラーの話を知っているだろう。目も見えず、耳も聞こえず、そのため、ことばをしゃべることができなかった。2歳の時に病気になってしまったので、外界を接触するには、時間が短すぎた。もし、もう少し大きくなって病気になったら、言葉やコミュニケーションということを理解できていたかもしれない。」
「奇跡の人という映画があって、そこにサリバン先生の出会い、そして、ことばの発見に出会っていくことを描いていますね」
「もし、サリバン先生の必死の努力がなかったら、ヘレンケラーの一生は、言葉を知らず、動物のような人生で終わってしまった可能性があったな。」
「しかし、ことばに出会って、まったく違う人生になってしまいました。」
「言葉があるというだけで、まったく違ってしまったのだ。ことばには、こころを整理し、外界を把握する力がある。」
「もし、人間から、ことばを奪ってしまったら、類人猿や猿と同じ生活をするようになるかもしれませんね。」
「そうだ。ことばとのそれほど偉大なものなのだ。」
「神様、質問があります。そんなに大事な言葉は、世界には、こんなにたくさんあるんでしょうか」
「そうだな。どのような説明がいいだろうな。聖書によれば、最初は、みな一つの言語だったが、文明は発展し、バベルの塔をつくろうとして、神様が怒って、バベルの塔を壊し、言語をバラバラにしたと書いてある。もちろん、それは神話だ。しかし、神話が生まれるにはうまれる理由もある。かつて、地球にはすばらしい超古代文明があった。それが、崩壊し、その高度の文明をつくった人々は、世界中に離散することになった。超古代高度な文明を持ち出すこともできずに、すべて、1からやり直さなければならなかった。その地球上に散らばったそれそれが、独自の努力で、細々と文明を築きあげることになった。互いに、連絡や統一する手段を持たなかったので、言語や文明が独自に発展することになってしまったのだ。」
「聖書のバベルの塔の神話は、超古代文明の崩壊を象徴していたわけですか。」
「どこかの民族の神話の中にも、きっと、バベルの塔に似た神話が残されているかもしれんから、探してみるといいぞ。」
「さがしてみますね。」
「人間は超古代にすばらしい文明を築いていたのだ。それ以前に他の星でも、高度な文明を築きあげていた。いたからこそ、地球に開拓者としてやってきたのだ。なにをもってきたかというと、高度なことばだ。
宇宙を理解し、人間の心、魂、時空を理解しうることばをもって、宇宙の調和を生み出す力をもっていたのだ。現代は、宇宙を理解する多くのことば、人間のこころ、魂を理解する言葉、世界の平和を理解することばの多くがまだ、封印されたままなのだ。」
「それって、どうゆうことですか」
「社会を変革する言葉が、社会の変化ともに生まれだして行くのだよ」
「どんな言葉ですか」
「最近の言葉では、平等、人権、民主主義といった言葉だな」
「このことばが登場することによって、世界はまったく違う世界になってきたのだ。そして、平等、人権、民主主義などを超えるあたらしい言葉が登場すれば、世界は、また、どんどん変わってくのだ。」




