第九話「誰も読めない石板」
石板を持ち帰った日から、ギルドの一角は、ちょっとした騒ぎになっていた。
オーウェンをはじめ、文献に詳しい者が何人か呼ばれ、石板を取り囲んでいる。
「……お手上げですな。どの時代の文字とも一致しません」
オーウェンが、眼鏡を外しながら肩をすくめた。
セイラとベルナルドも、これまでに集めた資料を片手に唸っていたが、結論は出なかった。
「古代語の派生系統は、大きく分けて七系統あります。ですが、これはどれにも当てはまりません」
ベルナルドが、資料を机に広げながら言った。
「つまり、まったく未知の文字、ということか」
「もしくは、文字として記録されること自体を、想定していなかった可能性もあります」
涼介には、その違いがまだうまく飲み込めなかった。
「魔導院に送るしかなさそうだ。だが、専門家でも時間がかかるだろう」
グレイスの言葉に、涼介も頷くしかなかった。
自分でも何度かその文字を見返してみたが、相変わらず何の意味も伝わってこない。
この世界に来てから、初めて出会った「分からないもの」だった。
その日の夕方、ギルドのホールで、アレンたちと再会した。
「黒崎さん、また何か見つけたって聞きました」
「噂はもう広まってるのか」
「ギルド中、その話で持ち切りですよ。新しい遺跡、未知の文字、おまけに見つけたのが黒崎さんって、話題にならないわけがないです」
涼介は、特に嬉しくも誇らしくもなかったが、面倒なことにならなければそれでいいと思っていた。
「お前らも、前に似たようなものを見つけてなかったか」
涼介の言葉に、アレンが思い出したように声を上げた。
「あ、最初の依頼の石板! まだ魔導院に届けられてなくて、写しだけ取って、現物はギルドの保管庫にあるはずです」
「写し、見せてもらえるか」
アレンが持ってきた紙には、不格好だが、丁寧に書き写された文様があった。
涼介は、新しく見つけた石板と、その写しを並べて見比べた。
文字の形そのものは違う。だが、配置の規則性、文様の崩し方の癖――どこか、同じ手によって書かれたような気配があった。
「セイラ、これ見てくれ」
セイラが二つを見比べ、しばらく沈黙した。
「……断定はできません。でも、書き方の『癖』みたいなものが、似ている気がします」
「つまり?」
「二つの遺跡は、無関係ではない可能性があります。同じ文明か、同じ目的で作られたものかもしれません」
ホールが、一瞬静まり返った。
涼介は、最初に枯れ谷で目を覚ました日のことを思い出していた。
あの時はただの偶然だと思っていたことが、少しずつ、一本の線で繋がりはじめている。
「これも一緒に魔導院に送るべきだろうな」
グレイスの提案に、アレンも頷いた。
「僕らの依頼、結局まだ完了してなかったんですよね。ちょうどいい機会です」
「お前らも、王都に行くのか」
「行けたら、と思ってます。黒崎さんが行くなら、一緒に」
ガロが、横から口を挟んだ。
「俺は別に、王都見物も悪くないと思ってるけどな」
「お前は単純に観光気分だろ」
ミラが呆れたように言うと、ガロは肩をすくめるだけだった。
涼介は、その軽いやり取りを見ながら、それ以上深く考えず、ただ頷いた。
少しずつ、自分一人の問題ではなくなってきている――そんな実感が、確かにあった。
宿に戻る道中、涼介は懐から、預かったままの石板の写しをもう一度取り出した。
意味は分からないままだが、見れば見るほど、ただの装飾とは思えない緻密さがある。
誰かが、何かを残そうとした。
それだけは、文字が読めなくても、はっきりと伝わってきた。
―― 第十話「『異世界人』という噂が、ギルド中に広がる」へ続く ――
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