第十話「『異世界人』という噂が、ギルド中に広がる」
その週を境に、涼介を見る町の人間の目が、少しずつ変わっていった。
「あれが、噂の迷い人か」
「魔法なしで枯れ谷を歩けるんだろ。本当かよ」
依頼の合間、すれ違う人々の視線や、ひそひそとした声が増えていく。
最初の数日は、ただの興味本位の噂程度だった。
露店の店主が「迷い人さんだろう、これ持ってきな」と、頼んでもいない果物を渡してくることもあった。
だが、未知の遺跡と、誰も読めない石板の件が広まると、噂はさらに大きくなった。
「黒崎さん、ちょっといいですか」
ギルドの受付に、これまで見たことのない商人風の男が来ていた。
「専属の護衛として、うちで雇いたいんですが。ギルドより、ずっと良い条件を出せますよ」
「専属契約がある。悪いが、その話は受けられない」
涼介はそれだけ言って、すぐに依頼の確認に戻った。
その日のうちに、似たような話が、あと二件あった。
中には、報酬の額だけを並べて、契約の内容には一切触れない者もいた。
そういう相手ほど、後で面倒なことになる――それも、元の世界の経験から学んだことだった。
「最近、お前を引き抜こうって連中が増えてるらしいな」
ダグが、酒の入った杯を片手に、笑いながら言った。
「お前まで聞いてるのか」
「ギルド中の噂だぞ。お前は気にしてないみたいだけどな」
「気にしたところで、状況は変わらない。今は依頼を続けるだけだ」
「相変わらず、ぶれないな。まあ、それがお前らしいんだろうけど」
ダグは、それ以上茶化さず、小さく笑って杯を傾けた。
別の席では、アレンたちが、似たような話で盛り上がっていた。
「黒崎さん、本当にすごい人だったんですね。最初に会った時は、まさかこんなことになるとは思いませんでした」
「お前らが大袈裟に話すから、余計に広まるんだろ」
「いや、僕らは事実しか言ってませんよ」
フィーナが、にこやかに言うと、ガロも頷いた。
「俺も、お前を巻き込んだ手前、ちゃんと礎にしてもらわないと困るんだよな」
「礎、というのは穏やかじゃないな」
涼介がそう言うと、ガロは慌てて言い直した。
「いや、そういう意味じゃなくて……いい意味でだ、いい意味で」
ミラが呆れたように笑い、その場の空気が少し和んだ。
涼介としては、騒ぎが大きくなることに、特別な喜びはなかった。
ただ、これまで誰にも顧みられなかった存在から、誰かに必要とされる立場に変わっていくことに、慣れない感覚もあった。
その夜、ギルドに一通の書状が届いた。
封蝋には、これまで見たことのない、王家の紋章らしき印が押されている。
グレイスが、それを受け取った瞬間、表情を硬くした。
「……王都の魔導院から、正式な招集状だ。石板の件と、お前自身についてだ」
「俺自身、というのは」
「迷い人としての聴取、というところだろう。これまでも前例がないわけじゃない」
「断ることはできるのか」
「できる。だが、勧めない。向こうが本気で調べに来る前に、自分から行った方が、まだ条件を選べる」
涼介は、その書状を一瞥した。
これまで自分のペースで進めてきた調査が、もう自分一人の問題では済まなくなっている。
その実感が、はっきりとした形を持って突きつけられた気がした。
「いつまでに行けばいい」
「十日後だ。準備しておけ。アレンたちも同行を希望しているなら、許可は出す」
涼介は短く頷くと、窓の外、王都のある方向に視線を向けた。
この世界に来てから初めて、自分の意思だけでは進む方向を選べない局面に立っている――そんな感覚があった。
―― 第十一話「王都からの招集」へ続く ――
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