第七話「谷の奥で見つけた、古い遺跡の入口」
調査隊の救助から二日後、涼介は再びギルドに呼ばれた。
「あの遺跡、正式に調査することになった」
グレイスの前には、見たことのない地図と、何枚かの報告書が広げられていた。
「未知の遺跡が、枯れ谷の最深部にある。これを放置する選択肢はない」
「俺とダグだけで行くのか」
「いや、今回はもう一人つける。魔導院から派遣された、セイラという魔導士だ」
呼ばれて入ってきたのは、まだ二十代前半に見える、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「セイラです。今回、現地での魔力反応の観測を担当します」
「観測、というのは?」
「枯れ谷の中でも、魔法は完全にゼロになるわけではありません。微弱な反応くらいは、本来なら残るはずなんです。でも、報告書にある今回の遺跡は、その反応すら一切ない、と記録されています」
涼介には、その違いの重大さがまだ分からなかった。
だが、専門家がわざわざ派遣されてくる時点で、普通ではない場所だということは伝わってきた。
「危険なら、引き返す判断もする。だが、放置すればもっと厄介なことになる可能性がある。それが、魔導院の見解だ」
グレイスは、それだけ言うと、地図を涼介の方へ押し出した。
「無事に戻ってこい。それが最優先だ」
涼介は地図を受け取り、最深部までの経路を、もう一度頭の中で確認した。
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枯れ谷の最深部、あの窪地に再び辿り着いた頃には、すでに日が高くなっていた。
道中、セイラは終始落ち着いていたが、深部に近づくにつれ、その足取りはわずかに重くなっていった。
「セイラ、平気か」
「すみません……理屈では分かっているんですが、近づくほど、何かに見られているような気がして」
「気のせいとは言い切れない。それも、記録しておいてくれ」
セイラは小さく頷くと、手元の道具を確認しながら、再び歩き出した。
苔に覆われた石組みの入口は、前回見た時と変わらず、闇に沈んでいる。
「正直、また来たくはなかったな」
ダグが、軽口とも本音ともつかない調子で呟いた。
セイラは入口の手前で足を止め、小さな魔法具を取り出した。
「試してみます」
セイラが詠唱を始めるが、魔法具は何の反応も示さなかった。
「……枯れ谷の入り口付近でも、これくらいの距離なら、普通はもう少し反応があるはずなんです」
「つまり?」
「この場所だけ、明らかに何かが違います。まるで、魔力を端から吸い取られているような」
涼介は、入口の奥に視線を向けた。
風もなく、音もなく、ただ静かにそこにある。それなのに、見ているだけで、得体の知れない圧を感じる。
「入るぞ。慎重に進む。何かあれば、すぐに合図を送れ」
三人は、ランプ代わりの灯りを手に、ゆっくりと入口をくぐった。
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内部は、思っていたよりも広かった。
壁には、見たこともない文様が彫られている。
涼介には読めないはずだったが、不思議と、その文様が「何かを封じている記録」のように感じられた。
「セイラ、何か分かるか」
セイラは壁に手を当て、しばらく目を閉じていた。
「……何も、感じません。普通なら、古い遺跡には微弱な魔力の残滓があるはずなんです。でも、ここには本当に、何もない」
「無いんじゃない。吸われてるんだろ」
ダグが、壁の一部を指差した。
そこには、明らかに人工的な、複雑な彫刻が施された円形の窪みがあった。
セイラの顔から、血の気が引いた。
「これは……魔導院の文献で見た、古代の『魔力吸収機構』の意匠です。本物を見るのは、初めてですが」
「文献には、何が書いてあった」
「はっきりとは……ただ、一説では、大きな災厄を封じるために作られた、という記述がありました。今まで、ただの伝承だと思われていたんですが」
涼介は、その言葉を頭の中で繰り返した。
枯れ谷の正体に関わる、決定的な手がかりが、今、目の前にある気がした。
ダグが、窪みの縁をそっと指でなぞった。
「触れて大丈夫なやつか、これ」
「分かりません。今は、刺激しない方がいいと思います」
セイラの言葉に、ダグは素直に手を引いた。
灯りの先、奥の通路はさらに深く続いていた。
「……この先、まだ続いているな」
涼介の言葉に、ダグとセイラは、互いに顔を見合わせてから、無言で頷いた。
「今日はここまでにしましょう。装備も、人数も、これ以上の探索には足りません」
セイラの判断に、涼介も異論はなかった。
無理に進めば、調査隊と同じことになりかねない。
引き返す道中、涼介はふと、最初に枯れ谷で目を覚ました日のことを思い出した。
あの時はただ、生き延びることだけを考えていた。
今は、この世界そのものの仕組みに、少しずつ近づいている。
その実感は、決して心地よいものではなかったが、足を止める理由にもならなかった。
―― 第八話「この空間は、魔法を『無効化』している」へ続く ――
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