第六話「行方不明の調査隊を追え」
ギルドに呼ばれたのは、いつもより早い時間だった。
「調査隊が一つ、消えた」
グレイスの表情は、これまで見た中で一番硬かった。
「枯れ谷の深部を地図化する任務で、三日前に入ったまま、定時連絡が途絶えている。普通の捜索隊じゃ、深部までは入れない」
「人数は」
「五人。全員、ある程度の経験を積んだ調査員だ。だからこそ、何かあったとすれば、生半可な理由じゃない」
「俺に行けと?」
「お前と、もう一人。今回は護衛じゃなく、捜索だ。報酬は通常の依頼の三倍出す」
涼介は、報酬の話より先に、地図を広げさせた。
調査範囲、最後の連絡地点、想定される行動範囲。情報が多いほど、捜索の精度は上がる。
部屋の隅から、聞き覚えのある声がした。
「俺も同行する。文句はないだろ」
そこにいたのは、初日にギルドで絡んできた、体格のいい男だった。
「お前、名前は」
「ダグだ。今更だけどな」
ダグは短く笑うと、すでに準備を終えた装備を担ぎ直した。
涼介は、それ以上聞かず、ただ頷いた。
態度より、こうして動ける準備をしてきたという事実の方が、よほど信頼できる。
枯れ谷の深部は、これまで涼介が踏み入れたどの場所よりも、空気が重かった。
風はほとんど動かず、音もほとんどしない。
時折、遠くで何かが崩れるような音が響くだけだった。
「ここまで来ると、俺でも気を抜けないな」
ダグが、いつもの軽口を抑えた声で言った。
「足跡、それと荷車の跡がある。調査隊のものだろう」
涼介は地面に視線を落としたまま、跡を辿って歩いた。
土の乾き方から、三日前という時間経過にも矛盾はない。
「お前、よくそんな細かいところまで見えるな」
「見るというより、確認する。違いがあれば、必ず理由がある」
ダグはそれ以上何も言わず、涼介の数歩後ろを、警戒を保ったままついてきた。
しばらく進むと、簡易の野営跡が見つかった。
テントは半分崩れ、荷物の一部が散乱している。
「争った跡、ではないな」
「だったら、何だ」
「慌てて撤退した跡だ。何かを見て、急いで荷物をまとめずに逃げた」
ダグが眉をひそめた。
「枯れ谷の深部に、そんなに慌てさせるモノがいるってことか」
「分からない。だが、追う方向は分かった」
逃げた跡は、谷のさらに奥――これまで地図にも記されていない方向へ続いていた。
涼介とダグは、無言のまま、その跡を追い続けた。
一時間ほど進んだところで、弱々しい声が聞こえた。
岩の隙間に身を寄せていたのは、調査隊の生き残りらしい、三人の男女だった。
一人は足を負傷し、残りの二人も明らかに衰弱している。
「ガイドの……黒崎さん、ですか……?」
「動くな。今、確認する」
涼介は手早く三人の状態を確認した。
脱水と、軽い低体温。命に関わる重傷者はいない。最低限の処置で動けるはずだった。
水筒の水を少しずつ飲ませ、負傷した足には添え木を当てる。
ダグも黙って涼介の指示通りに動き、毛布代わりの布を三人に巻きつけていった。
「何があった」
「分かりません……突然、谷の奥から、すごい威圧感みたいなものが……魔法は効かないのに、何かが、こっちを見ている感じがして」
リーダーらしい男が、震える声で答えた。
「一人、まだ戻ってきていません。様子を見に行ったまま……」
ダグが、すぐに谷の奥に視線を向けた。
「俺が見てくる。お前はこっちを頼む」
「いや、俺が行く。お前は三人を安全な場所まで運べ。お前の方が、力はある」
ダグは一瞬迷ったが、納得したように頷いた。
「……分かった。だが、無茶はするなよ。お前まで戻ってこなかったら、それこそ目も当てられない」
涼介は短く頷くと、跡が続く方向へ、一人で進んでいった。
跡が途切れたのは、谷の最奥、岩壁に囲まれた窪地だった。
そこには、これまで見たどの建造物とも違う、苔に覆われた古い石組みが、半分埋まるように残されていた。
入口らしき穴の奥は、闇に沈んでいて、何も見えない。
その手前で、迷子になっていたらしい調査隊の最後の一人が、放心したように座り込んでいた。
「……生きてるか」
「あ……黒崎、さん」
「中に何があった」
「分かりません……でも、確かに、何かが、こっちを見ていました」
涼介は、その入口に視線を向けた。
風もなく、音もなく、ただ静かに口を開けているだけのその場所から、得体の知れない圧を感じた。
枯れ谷そのものよりも、もっと深い場所に繋がっている――そんな予感があった。
「今日はここまでだ。お前を連れて戻る」
涼介は男を支えて立ち上がらせると、もう一度だけ、入口を見た。
何があるのかは分からない。だが、いつかここに戻ってくることになる。
その確信だけが、はっきりとあった。
―― 第七話「谷の奥で見つけた、古い遺跡の入口」へ続く ――
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