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無魔法地帯の踏破ガイド 〜転移先は、山岳救助のスキルだけが頼りの異世界でした〜  作者: 紅一文字


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第三話「最初の依頼は、初心者パーティの薬草採取護衛」

翌朝、ギルドの掲示板の前で涼介を待っていたのは、まだ十代後半に見える二人組だった。


「あなたが、黒崎さん……ですか? わたし、リナといいます。見習いの薬草師で」


「護衛のノルドだ。よろしく頼む」


ノルドは腰の剣に手を置き、やや胸を張って名乗った。


リナの方は緊張した様子で、何度も涼介とギルドの依頼書を見比べている。


「お二人とも、まだ冒険者になって半年なんです。だから今回、初めて枯れ谷に入ることになって……」


「そう緊張するな。専属ガイドがついてるんだから、心配いらない」


ノルドが軽い口調でリナを宥める。


涼介は黙ってその様子を見ていた。自信があるのは悪いことではないが、経験の浅さからくる自信は、時に判断を鈍らせる。山でも、何度もそういう客を見てきた。


「依頼書には、枯れ谷の入り口付近で『月白草』という薬草を採取する、とある。詳しく聞かせてくれ」


「はい。月白草は、魔力のある土地だとすぐに変質してしまって、薬の材料には使えないんです。でも枯れ谷の中では、魔力の影響を受けないので、新鮮なまま採れて……」


涼介は頷いた。前にグレイスから聞いた話と一致する。魔力が物を変質させるなら、枯れ谷だけが本来の姿を保てる場所になる。理屈としては、筋が通っていた。


「危険な生き物は出るか?」


「浅い場所なら、滅多に出ません。でも、念のためノルドさんに護衛を頼んでいます」


「俺がいれば、何が出ても問題ない。剣の腕は、見習いの中でも上の方だって、ギルドでも言われてるんだ」


涼介は何も言わず、ただ三人分の荷物と装備を確認した。


自信のある言葉より、装備と準備の方が、よほど信頼できる指標だった。ノルドの剣は手入れが行き届いていたが、革靴の底はすでに磨り減っている。普段の依頼が、よほど楽だったのだろう。


   


枯れ谷の入り口は、前回涼介が転移した場所とは別方向にあったが、空気の質感はよく似ていた。


風の流れが妙に静かで、生き物の気配が薄い。木々の輪郭も、どこかぼやけて見える。


「ここから先、魔力が効かなくなります」


リナの言葉どおり、境界を越えた瞬間、ノルドが小さく舌打ちをした。


「……いつもの『身体強化』が、入らないな」


「気をつけろ。普段の感覚で動くと、足元すくわれるぞ」


涼介はそれだけ言うと、先頭に立って歩き出した。


地面の湿り気、草の倒れ方、わずかな足跡。すべてを拾いながら進む。


途中、苔の生え方から斜面の崩れやすさを判断し、ルートを一度大きく外して回り込んだ。


ノルドが不思議そうに尋ねる。


「わざわざ遠回りする必要、あるか?」


「あの斜面、見た目より地盤が緩い。近づかない方がいい」


ノルドは納得していない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。


月白草の群生地は、枯れ谷の入り口から十数分の場所にあった。


リナが慎重に根を傷つけないよう採取を始める一方、ノルドは少し離れた場所で見張りに立っていた。


採取が半分ほど進んだ頃、まさに涼介が迂回した斜面の方向から、土が崩れる音がした。


「リナ、危ない!」


ノルドが叫び、剣を抜いて駆け出す。


だが、踏み出した足が、思ったより前に出なかった。普段なら魔力で補っていた踏み込みの強さが、ここでは出ない。


バランスを崩し、斜面に向かって倒れ込む。


「ノルドさん!」


涼介は迷わず動いた。


崩れた土砂の流れを横から読み、リナの腕を掴んで引き、同時に足を素早く滑らせてノルドの肩を支える。


三人分の重心を一瞬で計算し、安全な方向へ全員を導く――山で何百回と繰り返してきた動きだった。


土砂が収まった頃には、三人とも斜面の外、安全な場所に立っていた。


リナは荷物を抱えたまま、息を切らして地面に座り込んでいる。ノルドは無言で、自分の手のひらを見つめていた。震えが、まだ少し残っている。


「す、すみません……いつもの感覚で動いてしまって」


「魔力がない場所では、体の使い方そのものを変える必要がある。重心を低く、一歩ずつ確かめながら動け。お前の体は、本来そう動けるはずだ」


「本来……?」


「ずっと魔力に頼ってきたなら、生身の感覚は鍛えられていないだけだ。鍛え方を知らないだけで、できないわけじゃない」


ノルドは、虚を突かれたような顔をした。


リナも、採取の手を止めて涼介を見ていた。


「具体的に、どうすればいいんですか」


「歩幅を半分にして、足の裏全体で地面を確かめてから重心を移す。それだけでも、今みたいな失敗は減る」


ノルドは半信半疑のまま、その場で何度か足を動かして試した。


最初はぎこちなかったが、数分後には、明らかに動きが落ち着いていた。


その後の採取は、特に問題なく進んだ。涼介の指示通りに重心を低く保ったノルドは、先程よりずっと安定した動きで周囲を警戒できていた。


   


依頼を終え、町へ戻る道中、リナが小さく口を開いた。


「黒崎さんがいなかったら、今日、ノルドさんが怪我していたと思います」


「結果的に何も起きなかった。それでいい」


「……ギルドでも、もう噂になってますよ。枯れ谷で魔法なしで動ける『迷い人』のガイドが現れたって」


涼介は特に反応せず、ただ前を見て歩き続けた。


評判がどうなるかより、今は一つ一つの依頼を、確実にこなすことだけを考えていた。それさえ守れば、信頼は自然とついてくる。それも、元の世界で学んだことだった。


ギルドに戻ると、グレイスが報告書に目を通しながら、小さく笑った。


「初日から、上々の報告だな。次の依頼も、すぐに用意できそうだ」


報告を終えてホールに出ると、隅のテーブルから、見覚えのある視線が向けられているのに気づいた。


前日に絡んできた、体格のいい男だ。


「……ノルドの坊主が、お前の言うこと聞いて生き残ったんだろ。リナのやつから聞いたぞ」


「大したことはしてない」


「いや、十分な手柄だ。新人を一人で死なせる依頼なんて、ここじゃ珍しくないからな」


男はそれだけ言うと、興味を失ったように酒の方へ視線を戻した。


だが、初日のような敵意は、もう感じられなかった。


涼介にとっては、それで十分だった。一晩二晩で態度を変えてくる人間より、こういう淡々とした評価の方が、よほど信用できる。


宿に戻る道中、ノルドとリナと再び合流した。


リナが手の中の月白草を、嬉しそうに掲げて見せる。


「予定の倍くらい採れました! 黒崎さんが落ち着いていてくれたおかげです」


「次の依頼の時も、よろしく頼む」


ノルドが、今日とは違う、落ち着いた声でそう言った。


涼介は短く頷くだけにした。


涼介の評判は、こうして少しずつ、この世界に根を張り始めていった。


―― 第四話「魔法が効かない場所での生き方を教える」へ続く ――


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


この作品が少しでも楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。


これから毎日更新を目標に投稿していきますので、主人公たちの物語を一緒に楽しんでいただければ幸いです。


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