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無魔法地帯の踏破ガイド 〜転移先は、山岳救助のスキルだけが頼りの異世界でした〜  作者: 紅一文字


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第二話「冒険者ギルドは、魔力のない男に何を依頼するのか」

町の外壁をくぐると、見たことのない景色が広がっていた。


石造りの建物が並び、通りには露店が連なる。


荷車を引く動物は、馬にも牛にも似ていない奇妙な生き物だった。


人々の服装も、現代日本のどこにも見ない様式で、それが「ここは本当に元の世界ではない」という事実を、否応なく涼介に突きつけてくる。


「黒崎さん、こっちです。ギルドはもうすぐですから」


先導するアレンの足取りは、来た時よりずっと軽い。


命を救われた相手への遠慮もあるのか、四人は終始涼介の少し後ろを歩いていた。


冒険者ギルドは、町の中央広場に面した、ひときわ大きな建物だった。


中に入ると、依頼の貼られた掲示板、武器を持った男女、酒を飲みながら談笑する集団――まさに、これまで仕事で読んだ覚えのある「異世界もの」の小説そのままの光景が広がっていた。


「アレン! お前ら、無事だったのか」


受付の女性が驚いた声を上げる。


アレンが手短に状況を説明し、涼介を指し示した。


「この方が、僕らを枯れ谷から助けてくれたんです。魔法を一切使わずに」


途端に、ホール中の視線が涼介に集まった。


「魔法なしで枯れ谷を出たって? 何かの間違いだろ」


奥のテーブルから、体格のいい男が立ち上がり、こちらに歩いてきた。


腰の剣に手をかけたまま、明らかに値踏みするような目で涼介を見下ろす。


「お前、本当に迷い人か? 過去にも自称迷い人を名乗る詐欺師がいたって話、知らないわけじゃないだろうな」


「俺はただ、客を山から無事に帰すのが仕事だっただけだ。それ以上のことは言えない」


涼介は男の視線を避けず、しかし無駄に挑発もせず、淡々と返した。


十年以上、現場で気の短い人間と接してきた経験が、こういう場面での立ち回りを教えてくれている。


「……つまらん奴だな」


男は一瞬の沈黙の後、興味を失ったように席へ戻っていった。


アレンが小声で「すみません、ガロ族の人はみんなあんな感じで……」と弁解したが、涼介は気にしていなかった。値踏みされるのは慣れている。


「ギルド長に取り次ぎます。少々お待ちください」


待つこと数分、奥の部屋から一人の女性が現れた。


年齢は四十代半ばだろうか、片目に古い傷跡があり、纏う雰囲気は柔らかいが、視線には明確な鋭さがあった。


「私はグレイス。このギルドの長をしている。アレンたちを助けてくれたと聞いた。感謝する」


「黒崎涼介だ。詳しい事情は、俺自身もよく分かっていない」


「分かっている範囲だけでいい。聞かせてもらえるか」


涼介は、吹雪に遭ったこと、気を失って枯れ谷で目を覚ましたこと、それ以外は何も分からないことを、淡々と説明した。


グレイスは黙って聞き終えると、小さく頷いた。


「お前のような者を、こちらでは『迷い人』と呼ぶ。元の世界から、何かのきっかけで紛れ込んでくる者だ。珍しいが、皆無というわけでもない」


「俺以外にも、そういう人間がいるということか」


「過去にはいたと記録に残っている。ただ、長く生きた者は少ない――いや、これは今話すことではないな」


グレイスは話を切り替えるように、机に一枚の書類を置いた。


「単刀直入に言う。お前を、ギルド専属の『無魔法地帯踏破ガイド』として雇いたい。お前のような、魔力に頼らず動ける人間は、この大陸でも数えるほどしかいない」


「具体的に、何をする仕事なんだ」


「枯れ谷や、似た性質を持つ危険地帯への同行が中心になる。魔法が効かない場所で、調査隊や採取の依頼者を生きて連れ帰ること。要するに、今日アレンたちにやったことを、仕事として続けてもらう」


「危険度は依頼によって変わる、ということか」


「その通りだ。最初は浅い場所、軽い依頼から任せる。お前の動きを見て、徐々に深い場所の依頼も回していくつもりだ」


涼介は黙って頷いた。仕事の中身が見えなければ、判断もできない。


涼介がその情報を頭の中で整理している間に、グレイスは構わず話を続けた。


「報酬の話もしておく。基本給に加え、危険地帯への同行料も別途出す。住居と、最低限の装備もこちらで用意する。冒険者としての等級も、初級から始めてもらう」


「等級というのは?」


「下から見習い、初級、中級、上級、特級の五段階だ。普通は見習いから始めるが、お前の場合は、枯れ谷でアレンたちを救出した実績がある。見習いを飛ばして、初級からで構わないだろう」


「報酬の単位は?」


「銀貨と銅貨だ。銅貨百枚で銀貨一枚。銅貨一枚あれば、屋台の食事が一回どうにかなる程度だ。普通、初級の依頼料は銅貨数枚程度が相場だが――お前には、依頼一回につき銀貨一枚を出すつもりだ」


「それは……ギルド長、初級にしては破格では?」


口を挟んだのは、奥で書類を整理していた受付の女性だった。


グレイスが軽く手を上げて制する。


「分かっている。だが、こいつの能力を考えればおかしな額じゃない」


涼介には、銀貨一枚が銅貨数十枚分に相当することしか分からない。


だが、ギルド長の部下が思わず口を挟むほどの金額だということは、十分に伝わってきた。


額面そのものは正確に判断できなくても、「破格」だと評価されている事実だけで、警戒する理由は十分にある。


「悪い話ではなさそうだが、なぜそこまでの条件を出すのか、まだ腑に落ちない」


涼介は書類を見つめながら、率直に言った。


十年以上、人の安全を預かる仕事をしてきた経験が、頭の奥で小さく引っかかるものを感じていた。額が良いか悪いか以上に、「相手が何を求めてそこまで出すのか」が分からないことの方が、よほど気になる。


グレイスの表情が、わずかに動いた。


「察しがいいな。理由はいくつかある。だが今日、初めて会ったばかりの相手に、すべてを話すつもりはない」


「……分かった。なら今は、契約の内容だけ確認させてもらう」


涼介は焦らなかった。情報が不十分なまま動くのは、山でもっとも危険な行為だと教えられてきた。


今は受け入れつつ、慎重に状況を見極める。それでいい。


「まずは小さな依頼からでいいか。様子を見ながら、こちらも判断したい」


「もちろんだ。明日にも、ちょうど良い依頼がある。簡単な薬草採取の護衛だ。枯れ谷の入り口程度の、軽い場所だが」


グレイスは、わずかに口の端を上げた。


「ようこそ、黒崎涼介。お前がどういう人間か、これから見せてもらおう」


   


契約書に署名を終えると、アレンたちが見送りに来ていた。


「黒崎さん、本当にありがとうございました。これ、お礼に……といっても大したものじゃないんですが」


ミラが、小さな布袋を差し出してきた。


中には、見覚えのない乾燥した薬草が入っている。


「枯れ谷の外でしか採れない、傷の治りを早くする薬草です。ガイドのお仕事なら、きっと役に立つと思って」


「助かる。ありがとう」


涼介が素直に受け取ると、ミラは少し驚いた顔をして、それから安心したように笑った。


フィーナとガロも、それぞれ小さく頭を下げる。


「また会えたら、その時はこちらが何かお手伝いします。今日のお礼、まだ全然足りていないので」


アレンの言葉に、涼介は短く頷いた。


元の世界でも、こちらの世界でも、人との繋がりが思いがけない場面で役に立つことは、何度も経験してきた。今は、まだその価値が分からないとしても、悪い縁ではないはずだった。


四人と別れ、ギルドが用意した宿へ案内された。


簡素だが清潔な一室で、ベッドに腰を下ろした涼介は、ようやく一日分の緊張を吐き出すように、長く息をついた。


窓の外には、見慣れない二つの月が浮かんでいる。


帰る方法も、帰れるかどうかも、まだ何も分からない。


だが今は、それを考えるよりも先に、目の前の仕事を一つずつ片付けていくしかない。


「……明日は薬草採取、か」


涼介の異世界での日々は、こうして正式に始まった。


―― 第三話「最初の依頼は、初心者パーティの薬草採取護衛」へ続く ――


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


この作品が少しでも楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。


これから毎日更新を目標に投稿していきますので、主人公たちの物語を一緒に楽しんでいただければ幸いです。


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