第十六話「商隊が、谷の中で足止めされている」
町に戻って三日後、ギルドに新しい依頼が入った。
「商隊が、枯れ谷の中で足止めされている。早急に救出してほしい」
グレイスが、依頼書を机に広げながら言った。
「商隊が、なぜ枯れ谷の中に入っているんだ」
「近道として使ったらしい。それが、裏目に出た」
涼介は、思わず眉をひそめた。
枯れ谷を近道として使う発想が、そもそも危険の過小評価から来ている。
ただ、今それを言っても始まらない。まず助け出すことが先だ。
「商隊の人数と、足止めされた原因は」
「荷車ごとで十二人。足止めの原因は、荷車が泥にはまって動けなくなったとのことだ。連絡は早馬で来たが、それ以降は音沙汰がない」
「いつから足止めされている」
「丸二日だ」
「荷物の中身は分かるか」
「薬品類と、乾燥食料の混載だ。どちらも、できれば濡らしたくない」
涼介は地図を確認した。
該当する枯れ谷の入口まで、馬で半日ほど。そこから商隊がいるはずの地点まで、さらに二時間程度の行程だった。
「今すぐ出られるか」
「準備はできている。お前次第だ」
「行く。ただ、荷車を引っぱり出す道具を用意してくれ。ロープ、スコップ、それと木の板を数枚」
グレイスが、受付の方に指示を出す間、涼介は今回の構成を考えた。
商隊の救出なら、力のあるダグは必須だ。セイラは、念のため同行させる。アレンたちは、今回は待機でいい。
「ダグ、準備はいいか」
「いつでも。ただ、枯れ谷での荷車引きは初めてだぞ」
「俺の指示通りに動けば問題ない。そのための経験は積んできただろ」
ダグは、肩をすくめながらも、すぐに出発の準備に取りかかった。
枯れ谷の入口に着いた頃には、すでに昼を過ぎていた。
「ここから先は、魔力が薄くなる。ダグ、念頭に置いておいてくれ」
「分かってる。だが、体が言うことを聞かないのは、相変わらず慣れないな」
ダグが、腕を回しながら、苦笑いを浮かべた。
三人が枯れ谷に踏み込むと、すぐに空気の質感が変わった。
音が吸われるように静かになり、足元の感触が、普段より丁寧に伝わってくる。
「涼介さん、地面の状態は」
「水はけが悪い。昨日、雨が降ったなら、泥はかなり深くなっているはずだ」
「昨日の夜は、確かに降っていました」
セイラの言葉に、涼介は足元を確かめながら歩く速度を少し落とした。
しばらく進むと、前方に荷車の輪郭が見えてきた。
横に傾いた荷車が、二台。どちらも、車輪が半分近く泥に埋まっている。
荷物を守ろうとしたのか、布が何重にも掛けられていたが、端の方はすでに泥で汚れていた。
その周囲に、十二人の商隊員が、それぞれ疲弊した様子で座り込んでいた。
二日間、枯れ谷の中で過ごした疲労が、全員の顔に出ている。
「助けに来た。怪我人はいるか」
リーダーらしい、がっしりとした体格の男が立ち上がった。
「軽い捻挫が一人と、体調を崩している者が二人います。命に別状はないですが、早く出たい」
「分かった。まず荷車を引き出す。全員、指示通りに動いてくれ」
涼介は、地面の状態を確認しながら、荷車の向き、泥の深さ、周囲の地盤を素早く読んだ。
無理に引っぱれば、車輪が折れる。押せば、さらに深みにはまる。
正解は、一度荷物を降ろし、車輪の下に板を敷いてから、斜め前方に引き出すことだった。
「荷物をすべて下ろせ。それから、この板を車輪の下に……」
セイラが、体調を崩した二人の傍に屈み込んで状態を確認し、ダグが荷物の荷下ろしを手伝い始める。
山での救助と、やることは変わらない。現場を読み、手順を決め、動かせる人間を動かす。
―― 第十七話「谷の外から来た、見覚えのない集団」へ続く ――
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