第十七話「谷の外から来た、見覚えのない集団」
荷車の引き出し作業は、一時間ほどかかった。
板を敷き、角度を調整し、ダグと商隊員の力を合わせてロープを引く。
二度目の試みで、ずぶずぶと音を立てながら、車輪がようやく泥から抜け出した。
「よし、もう一台も同じ手順でいく」
二台目は、最初より手こずった。泥の深さが違い、板の角度を何度か変える必要があった。
それでも、三十分ほどで引き出すことができた。
「……本当に、助かりました。魔法なしで、こんな方法があるとは」
商隊のリーダーが、汗を拭きながら言った。
「近道のつもりで入ったが、大きな代償になるところだった」
「枯れ谷を近道に使うのは、今後はやめた方がいい。時間のロスより、こういう状況の方がずっと厄介だ」
涼介は率直に言った。
リーダーは頷きながらも、どこか釈然としない顔をしていた。
「実は、今回は仕方なかった事情がありまして。いつも使っている街道が、ここ数日、通れなくなっているんです」
「通れない、というのは」
「原因は分からないんですが、街道沿いで、何者かが往来を妨害しているらしくて。商隊がいくつか足止めを食らったと聞きました」
「妨害の方法は」
「倒木で道を塞いだり、夜間に荷物を奪ったり。組織的な動きのようで、一帯の商人たちが困っています」
涼介は、その話を頭の中に留めておいた。
街道の妨害、そして枯れ谷への迂回。偶然かもしれないが、意図的に商隊を谷に誘導しようとしていたなら、別の話になる。
「その妨害が始まったのは、いつ頃だ」
「十日ほど前でしょうか。急に、という感じでした」
涼介は記憶を辿った。自分たちが王都へ向かったのが、ちょうどその頃だ。
荷物を積み直し、出口に向けて移動を始めた頃、セイラが小声で涼介に近づいた。
「さっきから、後ろが気になっています」
「気づいていた。十分ほど前から、三人が距離を保ってついてきている」
「追い払いますか」
「まだ待て。こちらに近づく気がないなら、刺激しない方がいい」
涼介は振り返らず、前を向いたまま周囲の気配を読み続けた。
足音の間隔、移動の速さ、距離の保ち方。
戦う意図があるなら、もっと近づいてくるはずだ。だが、この三人は一定の距離を保ったまま、ついてくるだけだ。
「観察している、ということか」
「恐らく。ただ、こちらの人数も把握しているはずだ。三対三でも、向こうに不利な状況ではない。それでも近づいてこないということは、目的が別にある」
ダグが、自然な動作を装いながら、さりげなく後方に目をやった。
「黒ずくめの格好だな。見たことない装備だ。あの腰の道具入れ、うちの国の冒険者は使わないぞ」
「他国の可能性がある」
セイラの声が、わずかに硬くなった。
「ロセイユ、ということですか」
「決めつけるには早い。だが、街道の妨害と、こいつらの出現が、王都から帰った後だというのは、気にかかる」
涼介は少し考えてから、判断を下した。
「出口まで、このままのペースで進む。出口を出たところで、商隊を先に行かせる。その後で、向こうの出方を見る」
ダグとセイラが、それぞれ短く頷いた。
枯れ谷の出口が近づいてくる。
三人の影は、その距離を保ったまま、相変わらずついてきていた。
―― 第十八話「彼らは、何かを探していた」へ続く ――
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