第十二話「学者たちは枯れ谷をどう見ているか」
ファルコは、石板と写しを並べたまま、しばらく無言で見比べていた。
「同じ筆致だな。少なくとも、同じ製作者か、同じ集団によるものと考えていい」
「これが何なのか、見当はついているのか」
「見当、というより、いくつかの仮説がある段階だ」
ファルコは、別室から数名の研究者を呼び、一枚の古い羊皮紙を広げさせた。
そこには、枯れ谷に関する、これまでの学説がまとめられていた。
研究者の一人が、咳払いをして説明を始めた。
「私たちの間でも、これは長年、結論の出ない議題でした」
「第一の説は、自然発生説だ。何らかの自然現象によって、魔力の薄い土地が偶発的に生まれたとする考え方だ。ただ、これは近年、ほぼ否定されている」
「理由は」
「自然現象なら、形状も拡大の仕方も、もっと不規則になるはずだ。だが、実際の枯れ谷の拡大には、明確な規則性がある」
涼介は、その説明に頷いた。
これまで見てきた限りでも、枯れ谷には、単なる偶然とは思えない一貫性があった。
「第二の説は、戦争の遺物説だ。古代の大規模な魔法戦争で使われた何らかの兵器、あるいはその後遺症だとする考え方だ」
「可能性はあるのか」
「ある。だが、戦争の記録自体が、ほとんど残っていない。何かが、意図的に記録を消した可能性すらある」
セイラが、わずかに身を乗り出した。
「先生、私たちが見つけた遺跡には、魔力を吸収する機構がありました。それは、どちらの説にも当てはまるんでしょうか」
ファルコは、しばらく考え込んだ。
「お前たちの報告は、第三の説――封印説を、強く後押しするものだ」
「封印説、というのは」
「古代文明が、何か大きな災厄を封じるために、魔力を吸収する装置を作った、という説だ。その副作用として、周囲一帯が枯れ谷化したと考えられている」
「災厄、というのは、具体的に何なんだ」
「分からない。ただ、複数の古文書に、断片的な記述が残っている。『大いなる飢え』『境を越えるもの』――比喩なのか、実在したものなのか、判断がつかない呼び名ばかりだ」
涼介は、これまで自分なりに辿り着いていた仮説と、ほぼ同じ結論が、ここで初めて学術的な裏付けを持って語られたことに、奇妙な感覚を覚えた。
独りで気づいたことが、別の角度からも正しいと示される。それは、安心と同時に、別の不安も連れてきた。
もしこの説が正しいなら、今も封じられているはずの「何か」が、まだこの世界のどこかに存在している、ということになる。
「だとすれば、なぜ今、枯れ谷が広がっているんだ」
涼介の問いに、ファルコは一瞬、研究者たちと視線を交わした。
「それを話す前に、まず、この拡大の記録を見てもらいたい」
ファルコは机の引き出しから、もう一枚の資料を取り出した。
その資料には、これまで涼介が見た中で最も詳細な、枯れ谷の拡大データが記されていた。
数十年分の年代と、地図上に重ねられた拡大範囲。
一目見るだけで、その変化が、ただの自然現象では説明できないことが分かった。
セイラが、息を呑む音が聞こえた。
「これ……思っていたより、ずっと早いペースで広がっています」
涼介は、その資料を手元に引き寄せ、一行一行、丁寧に目を通していった。
―― 第十三話「拡大し続ける枯れ谷の記録」へ続く ――
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