七月・初旬
「……言葉の数が多い。多分あいみょんみたいなのを考えているんだろうけど、ああいう歌詞でまとめるのは難しいんだ」
いつもの囲碁将棋部の部室で、渉君は小さいノートパソコンに向かいつつ作曲していたけど、京子ちゃんが出してきたノートに書かれた歌詞の評価をしていた。
「例えば八小節で母音十二ぐらいで考えてみるのがいいかも」
「……はい」
しゅんとする京子ちゃん。
とは言え、渉君はただダメ出しするだけじゃなく、目指すべき具体的な数字を出している。教員になったらきっと教え方がうまいと言われるタイプだろう。
「テンポ揺れまくってます。ちゃんとクリックに合わせて」
「はい……」
「はい……」
しゅんとする僕と畑中。僕らも渉君にダメ出しを喰らったのだ。
京子ちゃんは、新曲……渉君が言う所の、シンセ系の音を入れたJ-POPっぽい新曲の歌詞を書いている。
これまでの曲は、渉君が『仮詞』まで作って練習し、京子ちゃんが少しずつ自分で書いた歌詞に置き換えている。
渉君はその次のステップとして、「詞先」という歌詞があってからそれに合わせて曲を作るタイプをやりたいそうで、それで京子ちゃんが歌詞を書いているのだ。
渉君は「やっぱり女子高生が詞を書くのは集客上有効なので」と主張している。
そして僕と畑中は、部室に畑中が持ち込んだ、練習用のドラムパッドとミニベースアンプを使って、曲のシンセサイザパートと共に流れることになる「クリック」にテンポを合わせて、畑中がそれにベースをわせるという練習をやっていた。
これまでも僕は、一人の練習の時にはメトロノームを聴きながら練習はしてきた。
だけど、畑中のベースと合わせている状態で、左耳に突っ込んだイヤフォンから流れるクリックに合わせ続けるというのがこんなに難しいとは思わなかった。
というか、ズレているのはどちらかと言えば畑中だった。
クリックは、僕の左耳に突っ込んだイヤフォンだけで鳴るから、クリックを聴いているのは僕だけ。
畑中は僕のドラムを聴いて『いつも通り』合わせる……だけかと思いきや、それが全く上手く行かない。
渉君曰く、普段僕と畑中と一緒に演奏している時には、実は畑中の方が揺れていて、僕が畑中に合わせている、という状態になっていたらしい。
つまり、畑中のリズムが揺れれば僕も揺れてしまい、クリックからズレてしまう。
「だー!」
畑中が奇声を上げた。
「ロックってフィーリングだと思うんだよね。人間なんだからテンポ揺れてて当たり前なんだよ。私と持田君が合ってればいいじゃん!」
畑中もこの練習は非常にキツいようだ。
畑中のテンポ感が悪いわけではない。
むしろ、ギター一本で曲のうねりみたいなものを作れる人だ。
ただ、そのうねりは、一小節とか二小節とか、もっと大きな単位で気持ちよく戻ってくる。
今、渉君が要求しているのは違った。
一拍。
いや、半拍。
その単位で、線路から外れるなと言われている。
畑中には、それがかなり苦痛らしい。
「今やってるのはロックじゃないし、今の持田先輩とアキラさんのは揺れじゃない」
「えー!」
「リズムに乗れてないだけ。こういう曲の場合、どっちかって言うとノリを作るのは持田先輩のハズなんだけど……アキラさんが揺らして持田先輩が混乱してる感じ」
渉君が真剣にアドバイスしてくれているのはわかるけど、結構グサグサとくる。
スマホの中を探している渉君。
「簡単に言うと、ノリの捉え方がブルース混じりの古典ロックとは違うから。ちょっと聴いてみて」
渉君の解説が始まる。スピーカーから五十未満の娘のどれかっぽい曲が流れ出した。
つまり、僕には区別がつかないタイプの、人数の多い女の子の曲である。
「歌は、今は評価対象じゃないです。ドラム聴いてください」
渉君の言葉は辛辣というより、渉君の音楽に対する評価軸が、丸わかりの一個しかないことがそのまま出てきたみたいだった。
「これは打ち込みドラムなんですけど、この曲ではこの感じが欲しいです。周りが打ち込みだけど打ち込み以上にノリを出せる生ドラム」
「ちょっとごめんわからない」
僕が謝る。
でも、そもそも普段聴かない曲のことを言われても。
「アキラさんと持田先輩は、ずっと六十年代七十年代のロック聞いてたから……あの時代ってロックなんだけどまだブルース由来の横揺れが激しくて……」
「ふーむ?」
「今の打ち込み中心の音楽って、一拍一拍縦ノリで合わせた上で、ちょっと突っ込むか、ちょっと後ろで発音するかを全ての音符に同じように適用して、ノリを作り出してて」
「うーん?」
僕は初心者なんで、言ってることがわからない。
「えーと、そうだな」
渉君は考えた後に続けた。
「ちょっと突っ込む方が、古典ロック好きな人にはいいかな。持田先輩はルーズなリズムを無理にクリックに合わせようと頑張りすぎてて。降り下ろしの時にクリックが鳴ってる場所がある。実際はそうじゃなくて、全部の音で、叩き終わったというか、ドラムが鳴った直後にクリックが鳴るようにする感じで」
長々と、言葉に出しながら考える渉君。
「あー、そうかタイトを目指せばいいんだ」
何か気付いたように言ったかと思ったら、
「まずハイハットの叩き方変えましょう」
結論がそれだった。
「え?」
でも、渉君の中では何かが腑に落ちたらしい。
「そんなこと言われても、変えたらテンポがもっと乱れるんじゃないか?」
「それは逆です。持田先輩はちゃんと人差し指小指薬指でアタック作ることができているんで、多分いけるはず……右手を手のひらを上にして体に付けてください」
「ん?」
「『心臓を捧げよ』のポーズで、手のひらは上」
渉君が、胸の下に下腕部を手のひらを上にしてくっつける動きをやって見せてくれたので、スティックを持ったままその通りにする。
「で、小指薬指の動きだけでハイハット叩くんです」
「は?」
また声が出てしまった。
やってみたらハイハットを確かに叩けるんだけど、全然まともに動かない。
「……なんか、持田君の右手だけ別の楽器になってない?」
畑中が、何やってんの?みたいな意味を込めたことを言っている。
「ハイハットです」
渉君が即答した。
「今は練習パッドだけど」
「でもこれじゃ一回揺らすのに二回叩くってのができないんじゃ」
畑中に最初に教わったことだ。
「それは今忘れてください。一回で一回叩いてください」
「動きが間に合わなくない?」
出来る気がしない僕だったけど、
「この動きならできます。持田先輩はちゃんと叩けてるので。実際は手首も少し回転しますが、指だけを意識するようにしてみましょう」
渉君は断言する。
しょうがないので、しばらく練習してみる。小さい方の練習パッドをハイハットに見立てているので跳ね返りは実際のハイハットとはちょっと違うけれど、感覚的にはわかった。
「さすが持田先輩」
渉君は僕のことをやたら持ち上げてくるな。
「私は?」
畑中が言うのは、僕にアドバイスしたんだから、私にはないの?って意味だ。
「アキラさんは、変拍子のプログレやってる時のこと、思い出して」
「変拍子のプログレ?」
農家バンドがそうだろう?
「拍ちゃんとカウントするでしょ? ああいうノリ」
「……」
黙ってしまった畑中だ。
「どうした?」
僕が怪訝に思って声をかけると、
「数えてない」
ぼそっと畑中が言う。
渉君がちょっと驚いた顔をした。
「え、ホントに?」
「プログレは、そんなめまぐるしく拍子変わるわけじゃないから、大きなノリだけで大体わかるじゃん。こんな酷くないよ」
苦虫をかみつぶしたような顔をする畑中。
よっぽどこの練習がキツいらしい。
「おお……」
と、渉君は予想外のものを見るような声を出した。
馬鹿にしているのではなく、たぶん、完全に想定外の別種のもの……例えば電卓をイメージしていたのに、スチームパンクに出てくるような蒸気計算機を見せつけられたような声だった。
「なら……アキラさん、ギターインスト結構好きでしょ? 最近のテクニカル系マスロックは?」
「全然聴かない」
「ちなみに、持田先輩は?」
「右に同じく」
渉君の視線が、天井をさまよった。
渉君は、
「えーと、生演奏だけの曲で、タイトな突っ込み型のノリの曲あるかな」
とつぶやきながら、またスマホの中を探し始めた。
しばらく考えながらスマホを漁っていたけれど、
「あ」
と声が出た。
「ワンノートサンバのB……早めに設定の方が良さそう……」
B。
曲の二つ目の部分、という意味らしい。
僕にはそれ以上のことは分からない。
「この音源に合わせて今の叩き方だけで八分を刻んでみてください」
と言って渉君が流し始めたのは、曲の名前や誰が演奏したものかは知らないけど、ガット弦のギターとベースの生演奏で、八分で登って降りてまた登る、それだけをやっている八小節だった。
何かのアプリの機能なんだろう。その八小節だけをループさせる。
テンポとしては早め……だけど、それを聴いた時、僕の右手は自然に動いていた。パカパカと小気味よくパッドが音を立てる。
「え!?」
畑中が驚く。そりゃそうだ、実際に手を動かしている僕の方が驚いている。
たっぷり五分も一つの動作を繰り返して……おそらくテンポ百ぐらいで八分だから、千回ぐらい叩いたということになる。まぁ音楽のテンポ感を回数で数えるのは無駄だけど。
「これが打ち込みのノリってことか」
何となくわかってしまった僕である。
「多分アキラさんの最初のアドバイスが違ってて。一小節の中で何個かの音符にアクセントをつけて、アクセントがない音は力抜いて叩く、みたいなことを言ってませんでした?」
「言ってた」
「え、それが間違ってるの?」
畑中は信じられないような様子だ。
「古典ロックとか……クラシックもそうか。そういうジャンルなら間違ってない。最初に体をきれいに動かすことを意識するという意味でも合ってる。でもそれだと、アクセントの音だけが長めになってしまって、揺れちゃう」
「そうなの?」
「そうなの?」
顔を見合わせる畑中と僕だ。
「アクセントの音だけを意識させるのは、本人が意識しなくてもノリの揺れを作るには、かなりうまい方法なんです」
「じゃあ、いいんじゃないの?」
「古典ロックなら。でも、打ち込みでシンセが走ってる曲だと、その揺れが邪魔になります。全部の八分が、同じ間隔で並んでないとうまく合わない」
要するに、今までの僕は「強弱をつけて『フレーズ』と認識できるものを叩こう」という意識が強かったんだけど、こういう曲は「ちょっと前にずらして全部の音をアクセントを強調せずに叩く」方が上手くいくようだ。
「……渉君、すごいな!」
自分でも考えてみなかったことができてしまったので、渉君の教育能力は非常に高いらしい。
「同じエイトビートでも、古典ロックはルーズなリズム、打ち込みはタイトなリズム、と言えるかも」
「なるほど、わかる、わかるようになったぞ!」
「でもそれは、持田先輩が今までちゃんと意識をしながら指先で強弱をつける演奏をできていたから、簡単に転換できたんで、持田先輩もすごい」
「んなことはない。自分だけじゃ気づかなかった。渉君のおかげだよ」
「褒められても、まだまだ入り口なので、甘くならないですよ。今やった右手……クローズハイハット八分刻みは、全部八分叩きっぱなしだからいいですけど、今度はもっと音数が少ないスネアとバスドラですから。強弱ができやすいので、それを修正しましょう」
「はい……」
だけど、それまで全然わからなかった「今時の曲」のノリのコツが掴めてきたような気がする。僕は明るい気分になっていた。
一方畑中は落ち込んでいた。
「私の持田君が汚されちゃったようー」
とさめざめしく泣きまねをする。
「畑中、僕は畑中のじゃないけど、大丈夫だ。僕が古典ロックの揺れるエイトビートを叩けたのは間違いなく畑中のおかげだ。僕のプレイの幅が広がったことを喜んでくれ」
「古典ロック以外の浮気プレイの持田君なんていらないね!」
「ポップでキッチュでキュートなラブソングを望んでたのは畑中じゃないか……」
「こんなんだとは思わなかった……なんか持田君が女の子に声かけまくる今時のチャラ男になっちゃったみたい」
「ひでぇなそれは」
京子ちゃんは京子ちゃんで、ノートの上で母音の数を数えている。
僕は僕で、左耳のクリックと右手の小指薬指を数えていた。
畑中だけが、数えたくない顔をしていた。
今日の囲碁将棋部は、急に、数える部活になってしまった。




