九月・朝
「十時です! 開場します!」
校内アナウンスが流れる。校舎全体で生徒たちが気合の声を上げたのが、振動として伝わってくる。
さすがに一般公開の今日は、昨日の昼過ぎからの校内向けの開催とは、もう全然違った気合いの入り方だ。
アナウンスが終わると同時に、僕らが下手側に陣取っているメインステージの上では、吹奏楽部のサックス五重奏が、
「ぱーぱぱぱぱぱぱ ぱぱぱぱー」
なぜか競馬のファンファーレを演奏しはじめた。
お客さん達が入場ゲートから雪崩出てくるというイメージなのだろうか。
そしてファンファーレが終わるのと同時に、メインステージの奥に陣取った、合気道の胴着……上は白柔道着そのままっぽいけど、下は藍の袴姿、角刈りの頭にDJヘッドフォンをつけた杉宮が、ドラムマシンの再生ボタンを押した。
電気的に作られたバスドラムの四つ打ちのフレーズが、メインステージの周囲を満たしていく。
そしてループする中で少しずつ足されていくスネアドラム。
杉宮は目を閉じながらじっくり音を聞いて、少しずつフレーズを変化させていく。少しずつ盛り上がりを作っている……胴着姿で目を閉じて集中している姿は、さすが武道家だと思わせる迫力がある。
でもやっているのはDJだ。
「なにが始まるの? あれ誰?」
「ほら、あの角刈りの……袴? かっこいいね!」
といった生徒たちの声が周りから聞こえてくる。
そんな声も聞こえないかのように……実際聞こえていないんだろうけど、杉宮は真剣な顔をしながら、少しずつドラムマシンのフレーズは変化している。
あ、コンコンって音も入ってきた。
たっぷり三分はかけてドラムマシンのフレーズが、シンプルな四つ打ちからサンバを思わせるブラジリアンスタイルに変化していって、盛り上がりが最高潮を迎えた時、杉宮はカッと目を見開いて、ファンファーレを吹いていた吹奏楽部のサックス五人に目で合図する。
ドラムマシンのリズムに乗せて演奏が始まった……イントロ。
「マツケンサンバかよ!」
思わず叫んでしまった僕だけど、他の生徒たちもそうだったようで会場からワッと声が上がった。
イントロが終わってAメロに入ったところで、ドラムマシンの音は低く抑えられ、そのリズムの上でサックス五重奏がきっちりノってボリュームが倍増した演奏になった。
そしてメインステージ前、駐車場広場の向かいの離れた場所に待機してたらしいトランペット隊が、立ち上がってサックスのフレーズを装飾する合いの手を演奏し始め、楽器を吹いたままステージに向かって行進してくる。
「おお、すごいな」
「吹奏楽部の人達もこの話に乗ってくれたので助かりました。中学の時にマーチングを経験した人もいたようで」
後ろには渉君がいて、やっぱりこのメインステージの開始を見ていたのだ。
「屋外のメインステージって、普通どうしても軽音部の独壇場になってしまいますよね。木製の楽器は外で演奏できないって問題もありますし」
「あ、そうなの?」
渉君はとにかく色々な音楽に詳しいようだ。
「でも、やっぱり高校の音楽の部活と言えば吹奏楽部だから、出て欲しくて。音だと遅れちゃうんでトランペット側には無線でドラムマシンの音飛ばしたりして、結構工夫したりとか」
「この選曲も渉君が? 競馬ファンファーレとマツケンって」
渉君は首を振って、
「吹奏楽部の人達のアイデア。トランペットをステージ向かいに待機させておくのもそうで。やっぱりみんなからアイデアを募るべきで……一人では思いつかなくて」
「なるほどねぇ……でもマツケンって古くない?」
「古いけど、少なくとも六十年代七十年代の古典ロックに比べれば、みんな知っている曲だから」
いつもの渉君の僕と畑中ディスりから、僕は話を逸らす。
「そろそろ終わるかな」
「ここも見せ場ですよ?」
「え、誰の?」
渉君はニヤリとするだけで答えを教えてくれなかった。
最高潮に盛り上がったマツケンが、オ・レ!っと最後の音を奏でた。ドラムマシンの音も止まっていて静寂が訪れる。
だけど、僕の頭の中ではまだビートが鳴っていた。余韻がすごい。
きっかり一小節、その実際には鳴っていないビートの余韻を皆に聞かせてから、ドラムマシンが同じテンポで、しかし大音量で四つ打ちを始めた。
「うおおおおおおお! 格好いい!」というどよめきが周囲から上がる。
既に踊り始めている生徒もいる。
「なに、これも吹奏楽部のアイデア?」
「これは部長」
「はー、杉宮、すげぇな」
四つ打ちのテンポが徐々に落ちてきて、二拍に代わり、バラードテンポになる。
そのうちにステージの前に移動していたトランペット隊と、どこからか登場したトロンボーン隊が、ステージに上がっていた。
ドラムマシンの音が小さくなっていって……消えた所で吹奏楽部のバラード演奏が始まる。
メロディはよく知っている曲だけど、曲の名前は知らない。
渉君を振り向くと、
「あ、これは僕も曲名は知りませんよ……たしかコンテなんとか……ここからはしばらく吹奏楽部に預けて部長は休みですね」
杉宮がステージから降りてきた。
「おう、お疲れ」
軽く手を挙げて杉宮を出迎える。
同じく杉宮も手を挙げて応えてくれる。
「緊張したけどな。やれるもんだな」
これだけ会場を沸かせたにしては、杉宮の感想はそれほどではない。
「なんだ、もっと興奮しているかと思った」
「冷静さが必要だからな。それにまだまだ先は長い」
バラードが終わって、吹奏楽部の部員らしき生徒がマイクを握って、会場に手拍子を促し始めた。
その隙にパーカッションとベースもステージに上る。
そしてそのテンポのままゴダイゴの銀河鉄道999を演奏し始めた。
「吹奏楽部って、古いけどみんな知ってる曲のレパートリーがすごい」
渉君が感心していた。
「軽音の人達は、どこかの誰かみたいに、音楽が好きになればなるほど知られていない曲ばかりやるようになるのに……いやスリーナインの知名度は微妙か」
渉君は今日も徹底的に僕と畑中をディスっているようだ。
「やっぱり、最初にお客さん盛り上がると、吹奏楽部だって嬉しいんだろうね、多分だけど」
僕が杉宮を褒めると、杉宮はまんざらでもなかったらしい。
「俺が助けになれたのなら、そりゃ嬉しいさ。うちみたいな弱小部とは違って部員多数の強豪だけどな。トイレ行ってくる」
笑いながら後ろ手を振ってその場を離れた。
再びステージに目を戻しながら、渉君に訊いてみる。
「杉宮の出番はこれで終わりなの?」
「部長は、吹奏楽部が終わったら、軽音部の最初のバンドへのつなぎでまたステージ」
「そりゃ大変だな、つなぎ全部やるの?」
「部活以外から申し込みがあった、コントとか漫才のステージもあるから……やっぱり文化祭ステージって、入れ替えの時が一番シラケるから、そこを何とかしたくて」
「そりゃすごいな」
去年僕らに回ってきたような細切れの時間も、部活外で埋められたということか。
今年のメインステージは大盛況だ。
「なので、部長は出ずっぱりです」
杉宮もすごい。
「つまりさ、渉君の狙い通り?」
「そうです」
渉君は、存外あっさり言う。
「俺が話を持って行ったのは文化部連合ですが、部活外で出たい人達まで全部伝わって」
渉君もすごい。
しかし、僕たちも手伝っている。
ステージは昨日の午前中に執行部が頼んだ業者さんが組み上げてくれたから、僕らは、昨日の夕方に届いたレンタル機材の搬入と数量確認。
これも結構しんどかった。本当に肉体労働だった。
さすがに、一番出るバンドが多い軽音部から一番多く人手を出してもらったけど、それでもキツかった。
音響や楽器関係は、各種スピーカー、アンプ、ミキサー、ギターアンプ、ベースアンプ、キーボードアンプ、スタンドとマイクが十本ずつぐらい。
名前を聞くだけなら音楽機材だが、運ぶ時には全部ただの重い物体だった。
それに加え、囲碁将棋部が棋譜コントで使う大型ディスプレイ。これには講堂でやる演劇部の公演を紹介するミニ劇が相乗りしてきたので、肩身の狭い思いをしなくて済んだ。
盲点だったのが大量のケーブルだった。
ケーブルは普段僕らが扱う範囲内では、別にそんなに重さを感じることはない。
でも実際は、銅の塊である。
つまり金属。
まさかこんなに重いとは思ってもみなかった。
それを、今朝六時半集合で設営した。
ロックの人間にあるまじき早起きである。
指揮を取ったのは、今日のPAオペレータ、池田電機の長女であるところの、渉君のお姉さんだった。
レンタル機材は二泊三日で割と安く揃えられることが分かってホクホクだった渉君や畑中が、壁にぶち当たったのは、PAオペレータの人件費だった。
どうせならプロに頼んだ方がいいというのは、最初に渉君も畑中も言っていたことだったんだけれど、今日の朝の設営から夜の撤収まで、丸一日押さえると、どんなに安くても十万円ぐらいかかるらしかった。
撤収は自分たちだけでやって、夕方までの拘束だとしても八万円。
当然そんな予算はない。
喧々諤々はあったようだけど、「学生アルバイトなら安くお願いできるんじゃないか?」という案が出て、そこで白羽の矢が立ったのは、池田電機の長女だった。
PAやレコーディングの専門学校に通ってるらしい。
学生だということもあり、三万円で夕方まで。異様に安い。
その分……池田電機は、美術部が作った文化祭パンフレットに巨大な広告枠を確保した。
さらに、棋譜コントと演劇部が使うとき以外はステージの端っこに寄せられている大型ディスプレイには、池田電機の広告が繰り返し流れている。
この広告映像は、池田電機の長男、歳が離れたお兄さんが作ったらしい。
美術部とお兄さんの交渉もあったと聞く。多分今日のどこかのタイミングで、その成果が披露されるのだろう。
それはともかく、今朝は一時的に置いておいた鍵がかかる教室から、運び出し、指示に従って設置し、ケーブルを這わせた。
軽音部の部室からのドラムやキーボードスタンド・キーボードの移動もやった。
マイクを全部接続、設置してテストもやった。
小物類……例えばD.I.ボックスなどなどの設置もやった。
本当に肉体労働だった。
八時半までに設営しないと、簡単な音出し程度ではあるけどリハが間に合わないこともあり、必死に頑張った。
渉君と軽音部が中心になって、怪我をしないための軍手の準備まで含めて、事前に設営の手順書を綿密に作ってはいたけれど、やはり想定通りにスムースにはいかなかった。
軽音部が出してきた人手の半分は女子だったということもあり、作業自体の進みも遅かった。
なんでも今年の軽音部の一年生は、半分以上女子だったらしい。
でも、渉君のお姉さんがしっかり指示をくれて、おまけに執行部経由で運動部を引退した三年生男子を借り出し、なんとか設営とテストを終えたのだ。
やはり運動部は強力だった。
うん、楽しかった。
去年の囲碁将棋部は、ほとんどステージに『載せてもらった』程度だったから、こんな裏側まで知らなかった。
そういう、言葉にすれば「ただ大変だった」というような羅列だったり、情報だったりするものが、実際には高校生活の思い出として残るんだろう。
去年まで青春なんてものは自分からは遠いものだと思っていたのに、今はそんな実感を持ってしまった僕である。
「吹奏楽部有志でしたー! 講堂で十三時から吹奏楽部全体でやりますので、よろしくお願いしまーす!」
名探偵コナンのテーマを最後に演奏し、ステージを後にする吹奏楽部有志。
ステージに戻っていた杉宮がドラムマシンを四つ打ちビートで再び鳴らし始め、ステージを撤収中の吹奏楽部がそれに合わせて手を高く上げて手拍子をして見せた。
また周囲から手拍子が沸き上がる。
今僕たちが見ているのは、去年、僕と杉宮が棋譜コントをやってドン引きされたステージじゃない。
今年は違う。何より杉宮が違う。
つまらないネタを嬉々として出してきた去年の杉宮とは全然違う。
その手拍子のリズムに乗せて杉宮がつないだのはJ-POPっぽい曲……僕はその曲を知らなかったのだが、周囲の生徒たちから地響きのような歓声が上がる。
「え、何? なんか有名な曲なの?」
と、渉君の方を振り返ったら、渉君が震えるように感動していた。マジで?
「そんな震えるほど?」
僕にはさっぱり分からない。
そしたら渉君が感極まったようにボソッと口にする。
「これ、名探偵コナンのオープニング曲で、しかも僕らが小学生低学年の時の」
ああ、なるほど……子供の頃に刷り込まれた音楽は強い。
アドリブではないのかもしれないけれど、考えに考えた上でそういう選曲をできる杉宮は、おそらく僕や畑中にはない音楽センスを持ち合わせているのだろう。
「部長、本当に上手いですね、DJが天職」
渉君はべた褒め。
「いや、あいつの天職は武術家のはずなんだけどな……」
僕はつぶやいた。




