Ep.13 酒場の影
エリアスとソラが図書館で話していたのと同じ頃。
リュウガは一人、行くあてもなく下町の酒場に居た。
片手でグラスを傾けながら、酒場の中の人々を見回してみる。
この時間帯は冒険者や傭兵で席が埋まっており、賑やかな笑い声や会話が飛び交っている。
リュウガ
(暇を潰すくらいならここが一番だな。)
そんな事を考えながら人々の顔を見ていた。
その時。
「よう。ちょっといいか?」
後ろから強く肩を叩かれる。
見れば、そこには筋骨隆々の大男がリュウガを見下ろすように立っていた。
「お前、見ない顔だな。
しかも見た所ガキじゃねぇか。
残念だが、ここではお前みたいや奴らはお断りなんだよ。
俺たちのテリトリーを邪魔されちゃ困るんでな。
ちょいと出てってもらえねぇか?」
彼はそう言いながら、手を合わせて指をポキポキと鳴らす。
不敵な笑顔でリュウガを見下した。
リュウガ
「…なんでお前に従わなくちゃいけねぇんだよ。」
「あぁ?まさか俺を知らねぇのか?
『暗撃のガーディス』。
俺はこの下町でも一番有名と言っても過言じゃない…
そんな俺を知らねぇのか?」
リュウガ
「知らねぇな。」
リュウガは冷静に受け答えをしている。
「…まさか、」
彼は何かに気付いたのか、にやりと口元を上げた。
「お前、旅人だな?」
リュウガ
「…それが何か?」
「道理でなぁ。
ガキのクセして旅なんてしやがって。
旅なんて子どもが読むような絵本とは大違いさ。
お前もたかだか"そんな理由"で旅してんだろ?」
リュウガ
「…あ?」
リュウガの目付きが変わる。
リュウガ
「今、なんつった?」
「へっ、聞こえなかったんならもう一回言ってやる。
たかだか"そんな理由"で旅してんだろって訊いてんだよ。」
その言葉を聞いた直後、
リュウガはテーブルを蹴り上げて立ち上がる。
リュウガ
「"そんな理由"だと?
…俺の何も知らねぇくせに、よくそんな口を叩けたもんだ。」
リュウガはそう言って彼を睨みつける。
それと同時に、いつの間にやら集まっていた聴衆から野次が飛ぶ。
「知らねぇよ。
大体、そう言って大した理由じゃねぇだろ──」
彼がそう言った直後、
凄まじい速度と共に彼の巨体は壁に叩きつけられた。
壁が壊れ、崩れる音が鳴り響く。
静寂が流れる。
リュウガ
「…っと、やりすぎちまった。
すまねぇな、店主さん。」
彼はそう言うと、金貨を数枚店主に渡す。
リュウガ
「これくらいならこの壁も直せるだろ。
俺は帰るぜ。じゃあな。」
彼はそう言って、静かに酒場を後にしていった。
─────
彼は宿屋への道をしばらく歩き続けていた。
と、その時だった。
???
「おい、そこのお前。待ってくれよ。」
また面倒な奴が来たのか。
そう思い、リュウガは後ろを振り返らずこう告げる。
リュウガ
「さっきのあれか?
文句があるならいくらでも言えばいい。
ただ、俺はお前の話を聞く気はねぇからな。」
すると、こんな言葉が返ってきた。
???
「違う。
お前に訊きたい事があるんだ。」
リュウガ
「…?」
リュウガはその言葉につられ、後方を振り返る。
そこには、自分と同じか数歳年上だろうか、
背丈の高い青年が立っていた。
リュウガ
「…まぁ、いいぜ。聞いてやる。」
???
「そうか。ありがとう。」
そうして、彼は静かに語り始める。
リュウガは黙って彼の話に耳を傾ける。
???
「そうだな。
まずは感謝したい。
お前がさっき、あの大男を一瞬で倒しているのを見ていた。
人の肩書きを勝手に使われたら困るのでな。
お前には本当に感謝している。」
リュウガ
「礼には及ばねぇよ。
俺が勝手にやった事だ。
…にしても、その言い草は……」
リュウガはそう言いかける。
すると、その人物はこう告げた。
???
「察しの通りだ。
本当の『暗撃のガーディス』は俺だ。」
そう言うと、彼は右腕の袖を捲くる。
その中からは、黒く禍々しい模様が入った腕が現れた。
リュウガ
「ッ…!!」
リュウガは少し狼狽えながらも、姿勢を低くして戦う構えを取る。
ガーディス
「まぁ待ってくれ。こんな姿だがお前と戦う気はない。」
リュウガ
「…そうか。」
彼は一息ついた後、こう言った。
ガーディス
「この腕は昔にやられた物だ。
暗撃だなんて大層な二つ名を付けられてはいるが…
こいつは一生治らない傷みたいなもんだよ。」
リュウガ
「そりゃあ…災難だったな。
にしても、どこかで見覚えがあるんだよなぁ…
その模様。」
そう言ってリュウガは彼の腕を見つめる。
ガーディス
「そうなのか?」
リュウガ
「…そうだ、思い出したぜ。
『魔瘴気』の侵食だ。」
ガーディス
「『魔瘴気』…?
何だそれは。」
ガーディスはリュウガにそう問う。
リュウガ
「魔族が持つ魔力の、特殊な性質だよ。
あいつらの放つ魔力は他の生物の生命を蝕むんだ。
魔瘴気に侵食された生物の肌には、確かそんな模様が浮かび上がるんだ。」
ガーディスは自身の腕の模様を見つめる。
ガーディス
「そうか…
そういえばこれが付いたのも魔族と戦った時だったか。」
ガーディスは思い返すような素振りを見せ、そしてそう言った。
ガーディス
「…おっと、話がかなり逸れてしまったな。
本題に戻ろう。
早速だが質問だ。
お前は旅人と言っていたな。
…ホーリッド近郊の村が滅ぼされたのは知っているか?」
リュウガ
「………
…あぁ。」
リュウガは目を伏せながらそう言う。
ガーディス
「…何かあったのだな。
こんな事を訊いてしまい申し訳ない。」
リュウガ
「…お前が謝ることはねぇよ。
んで、それがどうした?」
ガーディス
「あの村には、俺の"同胞"が住んでいたんだ。」
リュウガ
(…"同胞"?妙な言い方だな。)
「そうなのか…」
ガーディス
「あぁ。
そして、あの村が魔族に滅ぼされたという情報もある。
その魔族について何か知っている事は無いか?」
リュウガ
「…俺は実際にその魔族と戦った。
六天魔族の一人、『《煉獄》のグリューエン』。
あいつはそう名乗ってた。」
ガーディス
「六天魔族…魔王直属の配下と言われているあの?」
リュウガ
「俺も詳しい事は分からねぇ。
でも、あいつは確かにそう言ってた。」
リュウガの言葉を聞き、ガーディスは考え込むような素振りを見せた。
ガーディス
「…なら、どうしてだ?」
リュウガ
「…?」
ガーディス
「『六天魔族』ともあろう魔族が、あの小さな村をわざわざ狙うなんて有り得なくないか?
近くに人間の集落があるにも関わらず、だ。」
リュウガ
「…言われてみればそうだな。」
リュウガも少し感心したようにそう返す。
彼は話を続ける。
ガーディス
「そのグリューエンとやらには、あの村を滅ぼす何かしらの理由があったと見るのが良さそうだ。
…まさか、俺たちを狙って?」
ガーディスは最後に何か付け加えるように言ったように聞こえた。
しかし、リュウガにはその内容までは聞き取れなかった。
ガーディス
「とにかく、情報の提供に感謝する。
お前には色々と借りを作ったな。
いつかこれは必ずどこかで返そう。約束する。」
リュウガ
「そんな借りだなんて思わなくたっていいよ。
ま、でも貰えるもんは貰っとくか。
…俺も、あの魔族を追ってるんだ。
一緒に来ないか?」
そう言われたガーディスは、少し驚きながらも考え込む。
そしてこう返した。
ガーディス
「いや、いい。大丈夫だ。
俺はあの村の方を目指す。
…"同胞"を弔ってやらなければならないからな。」
リュウガ
「…分かったぜ。
気を付けてな。」
ガーディス
「それはお前の方もだろう。」
そう言って二人は互いに笑う。
ガーディス
「そうだ。
お前の名前を教えてくれないか。」
リュウガ
「そういや自己紹介もしてなかったな。
『緋本 龍牙』だ。」
ガーディス
「こちらも改めて自己紹介させてもらおう。
『ガーディス・ゼクサート』。
…それじゃあ、またいつか会おう。
リュウガ。」
リュウガ
「おう。またな、ガーディス。」
そうして、二人は路地裏で別れる。
気付けば、家々の遥か向こうでは地平線に陽が沈んでいっている。
リュウガはソラたちの待つ宿屋へと戻っていくのだった。




