令和女流歌人・花村美咲の和歌日記 第七巻 『三十六歳、美咲の言葉が海を渡る』 ~小さな短歌、世界とつながる~
序章 海の向こうから届いた一通のメール
三十六歳の春。
花村美咲は、いつものように会社のデスクでパソコンの画面を見つめていた。
月曜日の朝。
コーヒーは冷めている。
メールは増える。
会議は予定より長い。
そして、上司からの一言。
「花村さん、この資料、今日中にお願いできるかな?」
美咲は笑顔で答えた。
「はい、承知しました!」
心の中では、別の声が叫んでいた。
(承知しました、じゃないのよ。私の人生にも、休憩時間を承知してほしい!)
その日の昼休み、美咲はスマートフォンを開いた。
短歌投稿サイト「ことばの庭」から通知が届いている。
件名は、
『あなたの短歌を海外の文化交流企画で紹介しませんか?』
美咲は目を丸くした。
「えっ……海外?」
そこには、短歌イベントの編集スタッフからの連絡があった。
以前、参加した全国短歌交流会で知り合ったスタッフが、美咲の作品を海外の日本文化交流イベントで紹介したいというのだ。
紹介される予定の歌は、あの一首だった。
月曜日
会社の時計
見つめつつ
心の中は
日曜のまま
美咲は画面を見つめた。
「私の月曜日が……海を渡るの?」
その夜、帰宅して悠人に報告すると、彼は食卓の向こうで驚いた。
「すごいじゃないか! 世界デビューだ!」
「いや、まだ紹介されるだけだから」
「でも、世界の人が美咲の歌を読むんだろ?」
「そうだけど……」
悠人は少し考えてから言った。
「じゃあ、僕も英語で短歌を書こうかな」
美咲は笑った。
「あなた、英語できたっけ?」
「できるよ。アイ・ラブ・ユーくらいなら」
「それは短歌じゃなくて告白です」
悠人は胸を張った。
「愛は世界共通だ!」
美咲はノートを開き、今日の出来事を書き留めた。
今日の一句
海越えて
届く言葉に
夢を見る
いつもの私の
月曜の歌
こうして、美咲の三十六歳の新しい一年が始まった。




