第二章 会社員と歌人、二つの顔
四月 時間が足りない
春になり、仕事が忙しくなった。
プロジェクトの新年度計画。
新人の指導。
部署間の調整。
会議の準備。
家に帰ると、夕食の準備と洗濯が待っている。
短歌を書く時間がなくなってしまった。
美咲は机に向かうが、言葉が出てこない。
「何も浮かばない……」
悠人が温かいお茶を持ってきた。
「今日は休んだら?」
「でも、投稿の締め切りがあるの」
「無理して書いた歌より、休んで明日書いた歌の方がいいかもしれないよ」
美咲はうなずいた。
休息の歌
書けぬ夜
無理に言葉を
探さずに
月を眺めて
心を休める
五月 仕事の失敗、歌の力
会社で大きなトラブルが起きた。
プロジェクトの進行に遅れが出て、関係部署から厳しい指摘を受けた。
美咲は責任者として対応に追われた。
帰宅しても気持ちが沈んでいた。
悠人が言った。
「今日は大変だったね」
美咲はぽつりと言った。
「頑張っても、うまくいかない日ってあるね」
その夜、短歌を書いた。
雨の日の歌
雨の日は
傘を差しても
濡れるけど
歩いた道は
消えたりしない
翌朝、投稿した歌に感想が届いた。
「今の私に必要な言葉でした」
美咲は、その一文を何度も読んだ。
歌は、誰かを励ますためだけにあるのではない。
自分自身を支えることもできるのだ。
六月 会社の後輩に見つかった!
昼休み。
後輩の田中さんが、スマートフォンを見せてきた。
「花村さん、これ知っていますか?」
画面には、短歌投稿サイトの特集ページ。
そこに「花うた」の名前があった。
美咲は固まった。
「ええと……」
「この人、会社員の日常を詠んでいて、すごく面白いんですよ」
「そ、そうなんだ」
田中さんは続けた。
「特に、この歌が好きです」
上司から
急ぎと言われ
時計見る
急ぐ理由は
上司が決める
美咲は、思わず吹き出した。
「それ、いい歌だね」
田中さんは笑った。
「ですよね! 花うたさん、天才です」
美咲は、少しだけ複雑な気持ちになった。
秘密の歌
秘密とは
知られた途端
秘密じゃない
会社の昼に
歌人ばれる
その日の帰り、美咲は田中さんに打ち明けた。
「実は……私なんです」
田中さんは目を丸くした。
「えええっ! 花村さんなんですか!」
そして、満面の笑顔で言った。
「サインください!」
「まだ有名じゃありません!」




