令和女流歌人・花村美咲の和歌日記 第二巻 ~三十一歳、恋愛・結婚・転職・貯金。人生の四重苦と四重奏~
序章 さよなら三十歳、こんにちは三十一歳
三十歳の誕生日を迎えた日、美咲は思った。
「三十歳になれば、大人の余裕というものが自然に身につくと思っていた。でも、現実は違った。三十一歳になっても、冷蔵庫のプリンを誰かに食べられただけで、人生の意味を考えてしまう」
隣には恋人の佐藤悠人。
仕事は相変わらず忙しく、給料日は相変わらず遠い。
それでも、二人で迎える新年は、少しだけ特別だった。
元日の歌
初夢は
億万長者と
結婚し
目覚めて隣
彼氏の寝顔
「お金持ちじゃなくても、寝顔がかわいいから許すか」
そうつぶやいた美咲の横で、悠人は大きないびきをかいていた。
第一章 結婚という名の大仕事
春。悠人から、突然のプロポーズ。
「美咲、結婚してください」
美咲は驚いた。
そして、泣いた。
最後に、こう言った。
「ところで、貯金はいくらあるの?」
悠人は少し黙った。
プロポーズの歌
指輪より
気になるものは
通帳で
愛の深さを
残高で見る
二人は結婚を決めた。
しかし、結婚というものは、指輪を買って終わりではない。
式場、衣装、招待客、料理、引き出物。
決めることが山ほどある。
式場見学では、豪華なチャペルに感動した。
見積書を見た瞬間、二人は現実に戻った。
結婚式場の歌
白いドレス
夢は広がる
チャペルかな
見積もり見れば
夢から覚める
「結婚式って、こんなにお金がかかるの?」
「一生に一度だからね」
「一生に一度なら、値段も一生分なの?」
悠人は答えなかった。
結局、二人は身の丈に合った式を選んだ。
家族と親しい友人に囲まれた、温かい結婚式だった。
結婚式の日
父の手を
離れて歩く
白い道
涙の母と
笑顔のあなた
美咲は、悠人の手を握った。
「これからよろしくね」
「こちらこそ」
その言葉が、何よりうれしかった。
第二章 新婚生活は甘くない
結婚して最初の朝。
美咲は朝食を作り、悠人は洗濯物を干す約束だった。
しかし、洗濯機の中には、洗濯物がそのまま残っていた。
「悠人、洗濯は?」
「回したよ!」
「干してないよね?」
「洗濯機が乾燥までしてくれると思ってた」
美咲は深呼吸した。
家事分担の歌
愛してる
その一言は
うれしいが
皿洗いにも
愛を見せてよ
家事分担表を作った。
冷蔵庫に貼った。
悠人は真剣な顔で眺めた。
その翌日、悠人はゴミ出しを忘れた。
「ごめん!」
「ごめんでゴミは消えません!」
それでも、二人で暮らす日々には、小さな幸せもあった。
休日の朝、二人でパンを焼く。
焦げたパンを見て笑う。
スーパーで半額シールを見つけて喜ぶ。
半額シールの歌
夕暮れの
スーパーに咲く
赤い丸
半額シールは
我が家の宝
第三章 お金とマイホームと人生設計
秋。二人は家計について話し合った。
家賃、光熱費、食費、通信費、保険料。
数字を並べてみると、自由に使えるお金は思ったより少なかった。
美咲は家計簿を開いた。
「外食費が多いね」
「幸せ代だよ」
「幸せにも予算があります」
家計簿の歌
給料日
財布の中は
秋の風
諭吉の姿
夢のまた夢
二人は毎月少しずつ貯金することにした。
マイホームも考え始めた。
住宅展示場に行くと、立派な家が並んでいた。
「ここに住めたら素敵だね」
「うん。でもローンがすごいね」
「夢は大きく、借金は小さく」
美咲の言葉に、悠人は大きくうなずいた。
家探しの歌
広い庭
大きな窓に
憧れる
現実見れば
家賃が恋し
第四章 仕事を変えるという勇気
美咲は、会社での働き方に悩んでいた。
毎朝の満員電車。
終わらない会議。
急な仕事の依頼。
そして、上司の口癖。
「これ、今日中にお願い」
今日中という言葉は、なぜこんなにも簡単に使われるのだろう。
美咲は転職サイトを開いた。
会社員の歌
今日中に
できると言った
その人は
今日の長さを
知らないのだろう
転職活動は簡単ではなかった。
履歴書を書き、面接を受け、何度も落ち込んだ。
それでも悠人は言った。
「美咲なら大丈夫。自分が納得できる仕事を探そう」
その言葉に励まされ、美咲は挑戦を続けた。
そして、ついに内定をもらった。
新しい会社は、以前より通勤時間が短く、働き方にも柔軟性があった。
新しい朝の歌
窓を開け
新しい風
胸に吸う
昨日の私に
ありがとう言う
美咲は新しい職場で、少しずつ自信を取り戻していった。
第五章 家族という不思議な関係
年末。夫婦で互いの実家を訪ねた。
実母は美咲に言った。
「ちゃんと食べてる?」
義母は悠人に言った。
「美咲さんを大事にするのよ」
二人とも、心配の仕方が違うだけで、言っていることは同じだった。
帰り道、悠人が笑った。
「うちの母さん、美咲のこと大好きなんだよ」
「知ってる。でも、料理の作り方を毎回教えてくれるのは少し緊張する」
お義母さんの歌
優しさが
鍋いっぱいに
煮えている
レシピの文字は
少し細かい
家族とは、少し面倒で、少し温かいものなのかもしれない。
終章 三十一歳の大晦日
大晦日。
美咲と悠人は、こたつに入って年越しそばを食べていた。
テレビからは除夜の鐘。
テーブルにはみかん。
洗濯物はまだ畳まれていない。
「今年はいろいろあったね」
「結婚もしたし、転職もしたし、貯金も始めた」
「来年はどうする?」
美咲は少し考えた。
「まずは、洗濯物を畳んでほしい」
悠人は笑った。
「それは来年の目標にしよう」
「今年やって!」
二人の笑い声が、静かな部屋に響いた。
三十一歳、最後の歌
幸せは
遠くに探す
ものじゃない
隣で笑う
あなたと私
美咲は日記を閉じた。
三十一歳。
人生は、思った通りには進まない。
けれど、思いがけない出来事の中にも、笑えることや、うれしいことがある。
そして何より、明日も一緒に笑える人がいる。
それだけで、十分に幸せなのかもしれない。




