第三話 ままならない思い
「…ギュリア、ここは『引き裂きの地底』ダンジョンだな」
『引き裂きの地底』ダンジョン。ここは難易度B級の、数層からなる洞窟型のダンジョンだとエルシアは言った。
横穴から抜けた先、開けた空間は、俺たちが最初いた空間よりも何十倍にも大きな場所だった。光苔と岩肌の鉱石が輝き、巨大な洞窟内に満点の星空を作り出している。
俺たちの前には、クランの大広間よりも遥かに広い岩棚が広がる。対岸の崖にもいくつもの岩棚があり、遠くでは漏れ出した地下水が、谷底へととめどなく流れ滝を形成している。
目に飛び込んできた景色と、生息している魔物から、ここがどこかを判断したのだろう。苦虫を噛み潰したよう表情をし、彼女は奥歯を鳴らした。
そんなとき、俺たちからは死角となる場所。そこからは魔物との戦闘では聞こえるはずのない剣戟音と、悲痛な声が聞こえた。
キンキン!
「お願いだ、正気に戻ってくれよ!」
それを聞いたエルシアがすかさず指示を飛ばす。
「新人二人も私に着いてこい!必ず守ってやる!いくぞギュリア!」
再び彼女が走り出し、俺たち四人は岩棚を駆け抜けた。そして広い岩棚の縁から伸びる、岸壁に沿って緩やかにカーブを描く細い道を進んだ。
悲痛な叫びと戦闘の気配がどんどんと近づき、剣に沿えた俺の手には自然と力がこもる。
エルシアの背中だけを見つめ、俺は走った。そして視界が開けると同時、エルシアの激が飛ぶ。
「ギュリア!突っ込むぞ!二人は撃ち漏らしをやれ!」
緩やかなカーブの先、再び広大な岩棚へとたどり着いた。そこではクランメンバーと大群の魔物が戦っていた。一部のクランメンバーはメンバー同士で相対している乱戦の場だ。
乱戦へ突っ込む俺たちに気付き、大量のヴァンパイアバットが向かってくる。
俺を先導するように、斜め前方を走るエルシア。彼女は自身の髪色と同じようなレイピアを突き出し、魔物を突き刺しながらも、一切スピードを落とさず進んだ。
俺は両手に剣を握り、向かってくる魔物の間を隙間に入り込む水の様に駆け、斬り伏せながら進んだ。
お互いに自身の進路の邪魔となる魔物だけを殺し、クランメンバーの元へ向かい全力で走る。
くそっ!魔物の数が多すぎる!これでは体力を消耗するだけだ!そう思ったとき。
「ギュリア!私を飛ばせ!」
彼女は言葉数少なく俺に指示を飛ばす。俺はすかさず剣に魔力を纏わせ、風魔法を行使した。
俺の右の剣からは、飛び上がったエルシアをより遠くへ飛ばす風魔法を。俺の左の剣からは飛ぶ斬撃を。
長年連れ添ったエルシアとの関係があってできることだ。俺はクランメンバーの元へ飛んでいくエルシアを確認し、一度背後を振り返った。
「二人とも!ここまで走ってこい!合図をしたら三人でエルシアのところまで駆け抜けるぞ!」
俺は再び飛ぶ斬撃を繰り出し、レベッカとアルスの進路上の魔物を斬り伏せた。そして俺自身に襲いかかる魔物に突風を浴びせ、魔物を遠ざける。そうして二人が息を整えれる場を作り出した。
「怪我はないか?解毒薬がない、決して油断するな」
「はぁ、はぁ、はぁ、分かりました」
「ぜー、はー、ぜー、はー」
俺の問いかけにレベッカは指で輪っかを作りつつ、息を整えて答えた。一方アルスは息を整えれるのに精一杯だ。
だが見たところ怪我はない、魔物の返り血で多少汚れてるだけだ。問題ない。
戦闘スタイルの違いだろう。襲い掛かってくる魔物への対処に、ショートソードの彼女は慣れている。だが、弓使いのアルスには不慣れだ。飛び回り襲いかかる魔物に狙いを定めるのは、地面を駆ける魔物よりも難しい。そして後方ではなく、慣れない前線への突撃だ、息が切れても仕方ない。
今一度二人が息を整えれるように、俺たち三人に襲いかかる数匹のヴァンパイアバットを俺は斬り伏せた。そして俺は、エルシアが向かった方へと視線を移す。
「や、やめてくださいリーダー!」
「無理だ!解毒薬がない!全滅するぞ!」
ヴァンパイアバットの毒牙にやられ、理性を失ったメンバーをエルシアは突き殺していた。それを一人のクランメンバーが必死に止めようとしている。
彼はこのダンジョンを知らないのだろう。そして魔物の特性も。そんな彼とエルシアの上空に、一つの黒い塊が見えた。
バサバサと羽音を立て、大きく旋回し、大量の魔物がエルシアとクランメンバーに狙いを定めていた。
俺がエルシアを風魔法で吹き飛ばしたとき。そして、新人二人の息を整えれる場を作り出すために、突風で魔物を遠ざけたとき。広範囲を飛び回っていたヴァンパイアバットが飛ばされ、一箇所に集まってしまったのだ。
俺たち三人の周りにもまだ十を超える魔物が居るが、その比じゃない、五十は居るだろう。
「レベッカ!アルス!ここで待機していろ!突撃は中止だ!俺はエルシアたちの上を飛んでる大群を片付ける!」
「分かりました!お気をつけて!アルス、ほら立って!」
レベッカがアルスの腕を掴み、膝に手を当てていたアルスを立ち上がらせた。俺は近くを飛来していた魔物に魔法で斬撃を飛ばし、二人に頷く。
今ので二人の周りに居るのは十ピッタリだろう。レベッカなら大丈夫なはすだ。
俺はすぐさまエルシアたちの元へ駆け出した。
「くそ!なんでこんな目に!なんでこんなとこに転移しちまうんだ!」
「狼狽えるな!上を見ろ!魔物が来るぞ!」
意気消沈しているメンバーへと激を飛ばし、彼女がレイピアを構えている。
俺は駆けながらも彼女らへ叫んだ。
「魔物を壁に押し付ける!叩き落とされたのを対処してくれ!」
上空を縦横無尽に飛び回る無数の魔物に、同時に攻撃されれば剣ではなす術がない。
俺は剣に魔力を纏わせ、上空の黒い塊に突風をおこした。
ヴァンパイアバットが短い悲鳴を上げ、黒い塊となっていた魔物の一部が突風により壁に衝突する。そして、エルシアたちの周囲にボトボトと落ちた。
気絶し落下してくる魔物は彼女に突き刺され、レイピアを抜き去られたときには絶命した状態で地面に叩きつけられている。
その場にようやく辿り着いた俺は、上空に残った塊を見上げ、彼女に指示を出す。
「エルシア!頼んだぞ!」
「ああ!」
言葉数少なくも、俺たちは通じ合う。俺は彼女の返答よりも前に魔力を込め始めていた。
両手の剣に魔力を纏わせ、二つの剣を交差させる様に上空へと向けた。
両剣から放たれた魔法は激しい風を起こし、上空の魔物を一箇所に留める。
そうして出来上がった一つの黒い塊を、エルシアはレイピアを構えて見据えていた。バチバチと魔力を纏ったレイピアが音を立て、淡く光だす。
光の加減によって七色に見える彼女の髪同様、レイピアが七色に輝き、光を増していく。
彼女がレイピアを上空の塊へと突き出すと同時、魔力の雷により、満点の星空がより一層光り輝いた。
光り輝いたと思った次の瞬間、耳をつんざくような雷鳴が洞窟内にこだます。
あまりの轟音に俺は耳を塞ぎ、目をきつく結んだ。
キーーーンとした耳鳴りが治ると、俺はゆっくりと目開けた。視界の先には黒焦げ、墜落してくる大人程の大きさの魔物があった。
なっ!魔物とキスなんてごめんだ!
大きく口を開き、獣が焼け焦げたような不快な香りを発したヴァンパイアバットを避け、すかさず俺は風の幕を上空へと張った。
風の幕に遮られ、俺とエルシア、そして生き残っていた一人のクランメンバーを避けて大量の魔物が積み重なる。
地面には無数の魔物の死骸の他、クランメンバーの死体も転がっている。数人の死体にはレイピアで貫かれた穴が空いていた。
誰かを助けるために躊躇する暇はない。俺はそう思う。そして彼女もそれを理解している。だが実行するのと、頭で理解しているのでは大きな違いがある。
ままならない感情を押し殺しているのだろう。俺はエルシアから視線を外し、分かりきった五人の死体の安否を確認した。そして生き残ったメンバーにも声をかけ、安否を確かめた。
「大丈夫か?立てるか?」
「ええ、ギュリアさん。俺は大丈夫です」
胡座をかき、両手で顔を覆っている。怪我はないが、大丈夫ではないだろうな。『引き裂きの地底』ではよくあることだ。
だが冒険者稼業をやっているのだ。この程度の覚悟もないとはな。コイツは役に立ちそうもないか?
俺の背後では死体を確かめるためだろうか、エルシアが膝をつく音が聞こえ、俺は彼女を振り返った。
「…エルシア、やっぱりクランメンバー全員がここに転移したと考えてよさそうだな。このままダンジョン最奥を目指して、メンバーの安否を確かめよう。装備を整えてる暇はないぞ」
「…ああ、そうだな。分かった。最奥へ向かおう」
俯き、エルシアの銀髪に遮られていて彼女の表情はうかがい知れない。
「取り敢えずここを離れよう。俺たちが出てきた横穴の前まで戻らないか?」
大量の魔物が焦げる臭いが充満したここに、俺は長居したくない。俺がそう提案したとき、レベッカの叫び声が響き渡った。
「きゃあーーーー!やめて!アルス、やめてよ!正気に戻って!」
俺は新人二人を残してきた場所へ視線を移すと同時に、両膝をつき座り込んでいるエルシアの横を駆け抜けた。
ここからでは二人が小指の爪ほどの大きさに見える。主戦場から離れた位置に置いてきたのだ。間に合うか?
ヴァンパイアバットの毒牙にやられ、理性を失ったアルスと、レベッカが掴み合っている。
幸いにも新人二人の周囲にいた魔物は、エルシアの魔法が響き渡らせた雷鳴により全てが気絶している。
だが、いくら開けた岩棚だとしても片側は崖だ、落ちては助からないだろう。そんな崖にレベッカは押しやられていた。
理性を失い、正気ではないアルスが躊躇わず押しているのだ。味方に剣を向けれないレベッカではどうしようもない。
「レベッカ!後は崖だ!離れろ!」
「え?きゃあーーー!」
一瞬背後を確認したレベッカと、掴み合っていたアルスがバランスを崩した。
くそ!ここからでは間に合わない!二人とも落ちるぞ!
崖際に押されていたレベッカが、アルスと入れ替わるように半転し、立ち位置が変わった。
そしてアルスは、掴み合ったまま崖へと放り出されていく。
「手を離せ!レベッカ!」
「む、無理です!だってアルスが落ちちゃう!」
レベッカは地面に倒れ込み、頭が谷底を覗き込むような体制になっている。レベッカの片腕がアルスを掴み、アルスはレベッカの腕を両腕で掴んで離さない。
そのままでは理性を失い暴れているアルスごと落ちるぞ!今にも二人とも落下しそうだ。
「…チッ」
俺は崖際を走り、二人の元へ駆け続けた。
そして、駆け続けながらも剣に魔力を込め、斬撃を飛ばす。
俺から放たれた斬撃はアルスの両腕を切り離し、アルスは谷底へと消えていった。
戦闘描写って一番難しいですね。頭の中の映像を言葉にするのがこんなにも大変だとは…次の話ではチート能力に目覚めさせて楽に描写したいです。覇気とかで全員倒して欲しいものです。




