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第二話 脱出に向けて


「落ち着け!レベッカ!」


 俺は両腰に携えた二振りの剣を抜き、振り下ろされるショートソードを挟み込むように受け止めた。そして弾かれたレベッカのショートソードは高い音を立て地面を滑った。


 剣を弾かれたことにより、ハッ!っと見開かれた彼女の新緑の瞳が、俺をようやく認識した。


「す、すみません!わたし、急に転移して、目の前には魔物がいて、それで、それで、あの」


 短慮で直情的な彼女のことだ、動揺していてもしょうがない。俺は二振りの剣を納めると、「転移先で魔物が居り、人影が見えれば斬りかかるのも仕方ない。いいから剣を拾ってこい」と彼女に告げ、辺りを見渡した。


 光苔がうっすらとひかり、岩肌の微細な鉱物がきらめく。心許ない二つの光源が、やや薄暗い空間を浮かび上がらせる。


 俺含めたクランの総勢四十四名、全員が集まっても余裕のある大広間の数倍はあろう空間。そこに居るのは俺とレベッカの二人だけだ。


 天井からはつらら状の鍾乳石が水滴を滴らせ、地面や壁は凸凹とした岩場が見える。


 不安に染められた彼女の瞳も、俺と同じように辺りを見渡していた。


「深呼吸をしろ。一度落ち着くんだ」


 俺の指示通りに深く呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻した彼女はゆっくりと口を開いた。


「あの、ギュリアさん、ここはどこでしょうか?」

「…俺の知らない場所だ。分からない」


 先程まで居たクラン本部の大広間でも、町のどこかでも、向かおうとしていた廃村でもない場所。どこかの洞窟内。その洞窟内のどこかに転移したことしか分からない俺は、彼女の疑問に答えることはできない。


 自分の置かれた現状から今後の方針を考え始めたとき、俺とレベッカ、二人しかいない空間に、俺たち以外の足音が近づいてくる。


 俺とレベッカは足音の鳴る方を警戒し、それぞれ腰の剣に手を当てた。俺たちの居る開けた空間、そこから伸びるいくつもの横穴。その一つからは次第に足音が大きくなり、見慣れた二人組が姿を現した。


「ギュリアとレベッカか!無事だったか?」

「…ああ、エルシアとアルスも無事なようだな」


 俺とレベッカが剣に添えていた手を離すと、横穴から現れたエルシアも剣から手を離し、俺たちの元へと走り寄って来た。大広間に居た全員の足元で魔法陣は光っていた。当然、彼女らもここへ転移したのだ。


 俺とエルシアがお互いの無事を確かめ合う後ろ、レベッカとアルスもお互いを確かめ合っていた。


「アルス!大丈夫だった?」

「僕は問題ないよ、レベッカは?それにしてもここはどこなんだ?そこの死骸はヴァンパイアバットだろ?どこかの洞窟?それともダンジョンなのかな?」


 アルスはレベッカと同じく、半年前にクランに加入した新人メンバーだ。大広間ではレベッカと同じテーブルに居り、その際、アルスは自身の弓矢の点検をやり直しをしていた。


 レベッカとは違い、思慮深く、後方に配置すれば遺憾なく力を発揮してくれるタイプの青年だ。現に今も己の状況を見定めるため、魔物の死骸にまで頭を働かせている。


「アルスの言う通りそれはヴァンパイアバットだ。俺にもここが洞窟なのか、ダンジョンなのかは分からない。だが、比較的浅い場所か低階層だろう」


 大人ほどの体に、飛行するための巨大な翼、真っ赤な三つの眼が特徴の魔物だ。新人でも倒せる強さで、外から比較的近い暗がりに生息する。だがコイツは厄介な特性を持つ。


 噛まれた人は理性を失い、敵味方関係なく襲い出すようになってしまう。そして大群の群れを形成しているのだ。レベッカに斬られ死骸となっている個体は、はぐれ個体だろう。


「じゃあ出口が近いんですね!?早く外に出ましょうよ!僕たちはロクな装備もないですし」

「…いや、駄目だ。俺たちは出口に向かわず、他のメンバーを探そう」


 俺たち四人が転移したように、他のクランメンバーも転移しているはずだ。だが、アルスが言ったように俺たちはロクな装備がない。クランでは対人の装備を整えていた。魔物と戦い、探索をする装備ではない。


「な、なんでですか?出口に近い僕たちが、助けを呼びに外にいかないと!それに他のクランメンバーがここに飛ばされた保証もないじゃないですか!全く別の場所かもしれない!」


 悲痛な表情をし、アルスが俺に詰め寄る。どうしたものかと、俺はエルシアに視線を投げかけた。


「アルス、落ち着け。君の言う通り他のメンバーがここにいる保証はない。だが、いるのであれば私は助けねばならない。彼らもまた、整った装備をしていないのだから」

「俺たちはクランのリーダーとサブリーダーだ。メンバー全員の安否を確認する責任がある」


 俺とエルシア、二人に丸め込まれるアルスではなかった。彼は食い下がる目で俺を睨む。


「じゃあ、お二人のどちらかが捜索し、残りの三人で出口に向かうのはどうですか?これなら全員が助かりますよね?」

「エルシアか俺一人がメンバー捜索に向かい、もう一人がお前たち二人を出口に連れていくのは可能だろう。だがいくら強くても、ロクな装備もなしに一人で捜索をしては命を落とすんだ。エルシアか俺、どちらかに死ねと言うのか?メンバーも見捨てろと?すまないが理解してくれ」


 俺は地面に横たわる魔物の死体を指差し、アルスに言い含めた。魔物の個体名を言い当てた、賢い彼なら分かるだろう。ヴァンパイアバットの生態と特性を。


 大群で行動し、理性を失わせる毒牙があること。それを解毒するポーションを、誰も持っていないことを。


 危険な捜索になるがエルシアと俺に着いてくることが、アルス自身の生存確率を最も高めると判断したのだろう。項垂れた彼は静かに了承の返事を返してくれた。いくら出口に近いと言っても、新人二人でたどり着くことは不可能だ。


 一方レベッカは、アルスと逆の反応をしていた。自身の不安を押し殺し、「皆んなを助けよ、アルス!」と語っている。微かに震える彼女の手から視線を外し、俺は歩き出した。



 開けた空間から伸びるいくつもの横穴。エルシアたちが通った横穴とは別の、どこに続くのか分からない横穴を俺たち四人は進んだ。


 四人が等間隔に位置取り、剣を振り回せる大きさの横穴を進む。四人の革靴が凸凹とした地面を歩く音。つらら状の鍾乳石から伝い落ちる水音。それだけが辺りを支配する。


 日光の代わりに、光苔と岩肌の鉱物が微かにきらめき照らしだす通路。魔物の獣臭と、ジメッとした湿度が鼻を通り、全員の体を満たす。


「ギュリア。しばらく歩いたが、ここがただの洞窟なのか、はたまたダンジョンなのか。分かりそうか?」


 先頭を歩く俺に、殿の位置を歩くエルシアが問いかけた。


「…いや、情報が足りないな」

「…そうか」


 比較的出口に近い場所に転移した俺たち。それなのにいくら歩けど、別のメンバーにも、出口にもたどり着かない。


 なんの進展もないまま横穴を進む俺たちは、自然と口数も減り、四人の足音がやけに大きく聞こえる。


 見知らぬ場所、魔物への警戒、なぜ転移したのか、他のクランメンバーも居るのか。そんな考えで三人の頭はいっぱいなのだろう。俺の後ろを歩く三人は、一様におんなじ表情をしていた。


 多少の間ならば耐えられる。だが長時間の沈黙と、魔物への警戒なんて俺には苦痛だ。そんな風に思っていると、俺の後ろを歩くレベッカと目が合った。


「なんですか?ギュリアさん」

「いや、最近体重を気にしていたろ?以前、クランの食堂で騒いでたじゃないか。ここはダイエットにちょうどいいな」


 レベッカは決して太っていない。どちらかと言えばスリムで出るとこは出ている、魅力のある十八歳だ。それでも女性と言うのは、自身の体型が少しでも崩れると気になるのだろう。以前小耳に挟んだ会話を思い出し、俺はレベッカに軽口を叩いた。


 そんなデリカシーの欠片もない俺の発言に、レベッカはその場にしゃがみ込むと、耳までをも真っ赤に染め上げた。


 アルスはそんな彼女の肩を叩き、なだめ始めた。困惑する俺の顔へは、エルシアの胸の谷間からポーションの瓶が飛んできた。「…ギュリア、頭に使え」と彼女は言うが、ポーションじゃ頭の良さは変わらないですよ。エルシアさん?


 俺は心の中でエルシアへと否定すると、彼女へポーションを投げ返した。そしてしゃがみ続けてうなだれるレベッカの傍へ、俺は片膝を着いた。


「失礼なことを言った、すまない。ただ、俺は今のレベッカを素敵だと思っているよ。食堂でもそうだ。君の淡く光る、黄色い髪に見惚れてしまってね。それで会話の内容を知ってしまったんだ。レベッカは美しいよ」


 なぜだろうか。沈黙に耐えられず、軽口で失言の一つでもすれば場の空気が和ぐと思ったのだが、失敗をしてしまったか。


 レベッカは怒り反論をすると思えば、しゃがみ込み耳まで赤くしてしまった。さらにフォローをかけてみたのだが、先ほどよりも赤くなってる気がする。


 俺はサブリーダーとしてクランメンバーの仲には詳しいし、数時間前には資料にも目を通している。レベッカが想いを寄せているのはアルスだ。アルスからの甘い言葉なら、赤くなるのは理解できるのだが。なぜだ?


 エルシアに至っては殴りかかってくると思ったのだ。それなのに彼女は俺にポーションを投げつけ、ゴミを見るような目を向けているだけだ。今は顔に手を当て、ため息までこぼしている。


 場を和ませるのには大失敗したようだ。再び沈黙がこの場を支配する。四人の足音もなくなり、本当の沈黙だ。


 ………バサバサ…キン…


 そんな沈黙の中、顔に当てていた手をバッ!っと離したエルシアと俺は目が合う。俺が彼女に頷くと同時に、エルシアは目にも止まらぬ速さで駆け出した。


「え、え?」

「…あれ?エルシアさんは?」


 突然のことに目を丸くするアルスと、俯いていた顔を上げ、一拍遅れて反応をするレベッカが困惑の声をあげていた。


 俺はエルシアの背に視線を向けたまま、新人二人に告げた。


「微かだが、魔物との戦闘音が聞こえた。二人とも、俺から離れるな。走るぞ」


 俺は整備のされていない凸凹とした岩肌の地面を駆け、姿の見えなくなったエルシアを追いかけた。


 新人二人に離れるなとは言ったが、俺を追いかけるレベッカとアルスとは、どんどんと距離が離れていく気配がする。だが俺は速度を緩めずエルシアの行方を求め直走った。


 視線の先、俺の走っている横穴から大きな空間に出るのだろう、逆光の中立ち止まっているエルシアが見えた。俺は立ち止まっている彼女に追いつくと、横に立ち並び、開けた大きな空間を見渡した。


 やがて後ろの二人も追いつき、俺たちの後ろで息を切らして立ち止まる。


「…ギュリア、ここは『引き裂きの地底』ダンジョンだな」


 洞窟内の、光り輝く満点の星空を見上げて彼女は言った。

ファンタジー溢れる風景とかを言葉で表現するのも、地形を表現するのも難しいですね。一生だだっ広い草原だけで、冒険させたい気持ちになります。

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