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第一話 決起集会

剣と魔法が存在する、ありふれた異世界。

 ああ、自分はなんでこんなことに巻き込まれたんだろう。


 ダンジョンの最奥。ひんやりとした地面に倒れ込む自分の下半身は、漏らしたおしっこで生暖かい。顔は涙とよだれを流し、酷いありさまだ。


 吐き出した嘔吐物のが匂いが自分を包み込み、今にももう一度吐いてしまいそうだ。顔は痺れ、上手く表情を作り出せない。痛む体は動かそうとするだけで軋み、電流のように痛みが体を駆け巡る。


 霞む視界の先。あの人は何故、血の海に立っているのだろう。



*



 クラン本部建物内。その建物内にある一室、クランの幹部のみに与えられた私室。そこで俺は、手元に持ったクランメンバーの資料に目を通していた。机の上には闇組織の資料も広げてある。


 冒険者ギルドから俺たちのクランへ、闇組織を壊滅させる指名依頼が入っているのだ。


 こんな指名依頼を俺に相談もなしに受けてくるなんて、うちのクランリーダー様は何を考えてるのやら。


 人身売買の闇組織ねー。…これをうちのクランだけで一掃しろとは、冒険者ギルドも無茶を言ってくれる。クランメンバーの配置はどうしたものか。


 十五で冒険者デビュー、三年の活動を経て半年前に俺たちのクランに加入、か。この新人たちはどう使えばいいものかね。


 二つの資料に目を通していると部屋の扉をノックする音が聞こえ、俺は手元の資料から部屋の扉へと視線を上げた。


「入ってくれ」

「失礼します、サブリーダー。顔馴染みではない商人がギュリアさんに品物を届けに来たのですがどうしましょうか?」

「…ああ、来たか。ポーションを安く買い入れたんだ。通してくれ」

「え!?金に汚いギュリアさんが?」


 俺は、商人の来訪を伝えに来たクランメンバーをひと睨みし、さっさと退室させた。


 はぁ。誰も彼もが俺を金に汚いと言うが誤解だ。確かに金を集めることには熱心だが、決して使うことに躊躇いはない。自由に使える金を増やしたいから熱心に集めてるだけなんだがな。


 周りに広がっている誤解をどう解けばいいのか考えつつ、クランメンバーと闇組織の資料を机の引き出しに仕舞い込み、商人がやってくるのを待った。


 ガチャ。


 ノックの一つもなく、悪びれる様子もない商人が俺の部屋へと入ってくる。下卑た笑みを浮かべ、金にしか興味のなさそうな商人だ。ソイツは上質なポーションの詰まった箱を、乱雑に俺の机に置いた。


「ギュリアさん、お約束のポーションです。くれぐれも失敗なさいませんよう、お願いしますね」

「…安く購入できても、その態度では客足が寄り付かないわけだ。ノックくらいしたらどうだ?」

「ふふっ。これは失礼しました。では、わたしはこれで失礼しますね。確かにお届けしましたんで」


 俺は先程資料を入れたのとは別の引き出しを開き、金の入った小袋を取り出す。そして、形だけの謝罪をする商人へと放り投げた。


 袋を開けるでもなく、軽く手の上で小袋を弾ませ、中の金の音を確認した商人が退室をしていく。


 俺は箱に詰まったポーションを軽く確認した。商人としての質は悪いが、ポーションの品質は確かな物だった。注文通りの品質、個数がしっかりと届けられたことに頷き、俺は再び資料に目を通して時間を過ごした。



 ガチャ。


「ギュリア、入るぞ。そろそろ時間だ、広間に来て作戦内容を伝えてくれ」

「…なあ、エルシア。ノックくらいしてくれ。質の悪い商人みたいだぞ」

「む、それはすまなかったな。私は先に広間に行ってるぞ」


 光の加減によっては七色に見える銀髪を首元まで伸ばし、腰には髪と同様の色合いをしたレイピアを携えたクランリーダーは、連絡事項だけを言い、すぐさま退出をしていった。


 俺は既に閉じられた私室の扉から視線を外し、壁の時計を確認する。夜食を食べ逃してしまったな、もう集合時間だ。


 作戦は深夜に決行し、長丁場になることが予想できた。俺は用意していた夜食のサンドウィッチをウェストポーチに押し込め、そして通信魔石を懐に仕舞い込む。口に含めるだけチーズを入れ、ワインで一気に流し込んだ。


 広げていた資料を乱雑に仕舞い込むと、肘当てと手甲を着ける。そして二振りの剣を左右の腰に差し込み、部屋に備え付けられた洗面台へと向かった。


 作戦を練るのに少し無理をし過ぎたのだろうか、元々白い肌が、いつもより血色が悪く見える。顔を洗い、前髪を軽く中央で分け、顎のラインまで伸ばした紺色のストレートの髪を輪郭につたわせる。


 ポーションの詰まった木箱を小脇に抱えると、俺は部屋を出た。


 一人廊下を歩き、突き当たりの階段を降りると、そこはクラン本部の大広間だ。壁にはクランマークである三本足の鷲が描かれた幕が飾られている。広間には準備をしているクランメンバー全員と、リーダーであるエルシアの姿が見えた。


 いくつも並べられた長テーブルの間を通り、大広間前方、クランリーダーであるエルシアのみが座るテーブルの元へと俺は向かった。


「エルシア。安く買い付けたが品質は保証する。上質なポーションだ。一つ受け取ってくれ」


 俺は小脇に抱えた木箱からポーションを二つ取り出し、一つをエルシアに差し出した。すると彼女は、ポーションと俺の顔を交互に見比べ、失礼な言葉を発した。


「金に汚いギュリアがポケットマネーで買ったのか?どういった風の吹き回しだ?随分と高価なポーションじゃないか」

「今日、俺はもうその言葉に飽きた。集めるのは好きだが金は使い込む派だ。いいから受け取れ!」


 俺は片方の口角をヒクつかせながら、殊更笑顔を作り彼女に語りかけた。


 俺は二つのポーションをエルシアの目の前に突き出す。彼女は一つのポーションを受け取ると、ぎゅっと握り込んだ。何かを考えていた彼女はゆっくりと視線を上げ、俺を見つめた。


「私よりも、そのポーションを必要とするクランメンバーに優先して配ってくれないか?」


 彼女はそう言うと、ベテランメンバーの一人に目掛け、ポーションを投げた。「ギュリアから差し入れだ、上等だぞ。持っていけ」と告げた彼女は、にこやかな笑みを向けていた。


 俺は彼女がこういう人間だったのをすっかり忘れていた。己よりも他者を優先し、責任感と慈愛に満ちた女性だ。だから皆んなが彼女を慕い、付き従うのだ。


 軽く息を吐き、俺は自分の分のポーションを木箱へと戻した。


 そして俺は、アメジスト色の彼女の瞳を一度見据えた。彼女の意思を確認した俺は踵を返し、広間に整然と並べられた長テーブルの一角へと移動した。このテーブルにはベテランのクランメンバーたちが集合している。


 彼らは闇組織の一掃作戦では前線を担当する者たちばかりだ。椅子に腰掛けながら身支度をしていた者。テーブルに暗器を広げ、最終確認をしていた者。自身の身長ほどある長物を壁に立て掛け、手入れしていた者。


 クランリーダーであるエルシアが己よりも優先し、ポーションを必要とするだろうクランメンバーへ、俺はポーションを配っていった。


 その後も一つ一つの長テーブルへと俺は向かい、メンバー全員へ手渡していく。そしてここが最後のテーブルだ。前線からは比較的離れた場所を担当させる、新人たちのテーブルだ。


 新人たちのテーブルに木箱を下ろすと、彼らと視線が合う。新人たちは一様に、緊張と、活躍したい野心、それらが混同している目をしている。


「レベッカ、利き手側の腰にショートソードを差してどうするつもりだ?もう一度最初から装備を見直せ。他の新人たちも全員だ」

「あっ!す、すみませんギュリアさん」

「あまり気負うな、レベッカたち新人は後方に配置予定だ。普段の魔物相手と今回のような対人では、心構えも変わって来るからな」


 動きが早く、新人にしては見所のある彼女だが緊張しているようだ。普段のクエスト通りに活躍して貰えれば助かるのだが、対人経験の浅い彼女らでは厳しいだろう。


 やや短慮な部分もあるがエルシア同様、レベッカも責任感が強く、正義感に溢れ思い切りがいい。使い勝手の良い新人として、俺は今回の作戦において彼女を期待している。


 レベッカは自身の手甲、肘当て、革鎧のベスト、ショートソード、最後にウェストポーチの中身を確認し、テーブル脇に立つ俺を見上げた。


 淡い黄色のショート髪の隙間から、新緑のような瞳が俺に向けられていた。


 俺は彼女にポーションを手渡し、同席していた新人たちにもポーションを一つずつ配った。


 全てのクランメンバー四十二人に配り終え、俺は大広間前方に戻った。エルシアのみが座るテーブルへ腰掛け、木箱に残った最後のポーション二つを取り出す。


 コトリ、とテーブルへ置いたポーションが音を立てる。そしてエルシアの前までポーションを押しやり、彼女に声をかける。


「エルシア、君がクランメンバーを大切に思うように、俺は君を大切に思っている。受け取ってくれ」

「…すまないなギュリア。だが、テーブルに座らないでくれ」


 ポーションを自身の胸の谷間へ仕舞い込むと、彼女は俺をテーブルから押し出した。


 押しやられた俺は、テーブルに残されたポーションをウェストポーチに押し込んだ。ポーチ内のサンドウィッチに刺さった感覚を無視し、テーブルの前、大広間を見渡す位置に移動した。そして大広間に集められたクランメンバーを見渡す。


 一泊も置かず、エルシアも椅子から立ち上がり俺の隣へと移動して来る。リーダーとサブリーダーである俺たちの姿を見て、クラン一同が立ち上がりると、彼らは俺たちの言葉を待っていた。


 俺よりも数歩前へエルシアは足を進め、声を張り上げた。


「皆んな、集まってくれて感謝する。わたしたち銀(アルギュロ)の鉤爪(ハラ)へ、ギルドから指名依頼が来たことは知っているな。人身売買を行う闇組織の壊滅をギルドより命じられた。今夜、一掃作戦を行う。詳しくはサブリーダーであるギュリアから説明がある」


 彼女は俺を振り返り「ギュリア、あとは頼む」と告げ、俺に発言の場を譲った。


「作戦決行は今から数刻後、場所はこの町から少し離れた廃村だ。極力捉えて欲しいが自身の安全を最優先に、やむ終えない場合は斬り捨てて構わない。それから、現場では……なっ!?」


 俺がクランメンバーへ作戦を伝えている最中、突然大広間全体が輝き出した。


 突然のことに俺は声を漏らし、視線を彷徨わせた。広間全体を明るく照らす光源は、俺やエルシア含め、クランメンバー全員の足元から発せられていたのだ。


「こ、これなんですか!?」

「ワシが知る分けなかろう!」


 謎の光る紋様。誰もが事態を飲み込めず、驚愕の言葉を発している。


「落ち着け!これは転移魔法陣だ!転移先では動かずに」


 エルシアがクラン一同へ注意を促しているとき、光る転移魔法陣が一際強く、カッ!と光を放つ。すると一人、また一人と転移されて行くのが見えた。


 俺の足元の魔法陣が強い光を放った時、俺はあまりの眩しさに目を閉じた。



 閉じた瞼の先、耐えられない明るさが次第に消えていく。魔法陣の輝きが消えたのだろう。俺は目を慣らすかのようにゆっくりと開け、辺りを確認した。


 俺から数歩離れたところには、いま斬り殺されたばかりの魔物の死骸。そして、魔物を斬り伏せた剣が流れるような動きで、俺に振り下ろされているのが見える。


お付き合い頂けると幸いです。

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