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【最悪仕様のチート魔法】お嬢様な【俺】と、たたれし恋のメヌエットはデラ・アイロニック ――魔法使いたちの//クロスロード 異世界トリップ篇(D篇)単独掲載版――  作者: 庭廷梛和
第二章 狐の懸想曲 【赤狐さまはご執心】

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【tp31】同じ夢の中の、主従ならざる二人。水底の甍の下で、カエルが歌う“こいのうた”

 妻入(つまい)りの造りを持つ、小さな石祠(せきし)。その(いらか)の上で、アイツが手持ち無沙汰そうにしているのが、ここ二、三年ほどは、常になっていた。


「なあ、つまんなくね?」

「つまんなくないよ。お前といっしょだしさ」


 微かな苦笑いの気配ともに、応じてきたのは、今日も俺と、瓜二つ(まおんなじ)な顔。


 本当の顔だって、別にあったんじゃねえの? ()の前はそうだったって、お前()ってたじゃん?

 

「⋯⋯()ってたっけ?」

「言ってた。何度も聞かされたから、間違いねえし」


 俺、記憶力だって、自信あるもん。「明かし」だしね。


 子供みたいに、頬を膨らませて主張する俺に、再びクスクス笑いが帰ってくる――。



 (すばる)と共にあった、一月前。

 その頃とはやや違う角度で、切妻(きりづま)の屋根と、遥か上のほうでキラキラと輝く墨色の水底を、頭痛の残る頭を抱えながら、ぼんやりと見上げている俺は、石造りの(ほこら)――今は統じゃなくって、レベッカに貸し与えている――のひんやりとした外壁に、背中を軽く預けていた。

 足首に嵌った枷は、水面に引き摺り込まれた時から、ずっとそのままだった。

 指先で弄んでやれば、鎖のように、かちゃかちゃ鳴くクセに、手触り自体は、髪の毛そのものな赤土色の足枷。


 ――俺とレベッカの意識がせめぎ合ってる最前線だから、知覚そのものが一定しないんだろうけど。 


「これはこれで結構参るよな⋯⋯」


 統と似ているようで、その(じつ)、大いに醒めた苦笑いを、俺は顔面に貼り付け直した。


 水底より更に下に沈んでいた祠から、足元の枷まで伸びている赤毛の束を手繰り寄せ、もういちど、目を落とす。


 外観(みてくれ)は、どう見ても辰砂色(しんしゃいろ)のワイヤーロープ⋯⋯か。

 今朝、見せつけられた瞳――木の洞奥(ほらおく)に宿った漆黒(ぬばたま)のような虹彩を持つ、超絶に不穏だったアレ――より、絶対にタチが悪そう。


 これ、味覚や嗅覚だったら、どう入ってくるんだろう?

 噛んで確かめてやろうか?

 

 味見のために摘まみ上げた毛束を、口元に近づけつつ、心の中でそう思い浮かべかけた、次の瞬間。

 俺の肩口に、やけに熱量を持った重みがのし掛かってくる。


 ったく。冗談が通じないお嬢様だな⋯⋯。なあ、今度はなにしようって積もり?


 心底呆れ返りながら、手のひらに捕まえていた赤茶けた一房分の細かな三つ編みを放り出して、振り向く。


 予想通り、そこには、膨れっ面のレベッカの姿。


  胸元で切り替えられたシンプルな秘色(ひそく)の上に、浅葱色(あさぎいろ)のリボンやレースがふんだんに(かさ)ねられた、いかにもお嬢様然としたワンピースタイプの寝間着を(まと)っている。


 そんな童女の裾から覗いた、まるで肉付きの良くないくるぶしには、俺と揃いの、無骨そうなバーントシエナの足輪が、しっかりと結わえ付けられていた。


 あの足枷、レベッカにもあるのか。てっきり、この子の仕業だと思ってたのに。


 想定外だったのは、彼女も変わらなかったらしい。

 赤みの差したほっぺたから、唇の先まで目一杯空気が詰まっていそうな幼い顔つきには、明らかに戸惑い気味の(ひわ)色の丸い双眸と、毛先をゆらゆら揺蕩(たゆ)たらせた、見事な銅色(あかがね)の長い髪が、添えられている。


「もしかして、お前の認識だと、まだ水の中ってこと?」


 尋ねてやれば、こくん。頷きがひとつ。


「大丈夫なはずだから、息、吐いてみなよ」

「⋯⋯⋯⋯」

「水の中だとしたら、とっくにお陀仏(オダブツ)だろうけどさ。生きてるだろ? お前も、俺も。だから、ここは水中じゃない」


 身の丈は同じはずだから、意識せずとも合う目線を据えつつ、言い切る。

 彼女は、再び首を横に振りながら、左右の手で、大きなバツ印(ばってん)を作ってみせた。


 レベッカの認識に加担するかのように、彼女の両腕を包んでいた袖へ、しとどに濡れた色合いがさっと()かれる。


 ほらとばかりに、濡れそぼって濃い色に変わったワンピースを視線で示す、レベッカの瞳は大層剣呑そうな三角形になりつつある。


「そんな顔されてもよ。どうしたら信じられる?」


 こちらも眉根を寄せて、尋ね返す。返答はない。

 

「喋ったら溺れる?」


 アプローチを変えて、聞き直せば、また、こくん。端的であったけれど、今度ははっきりとした反応があった。


 ⋯⋯|要するに、息を吐くのが嫌なワケね。


 そう踏んだ俺は、了解に見せかけた条件を、目の前の幼い女の子に聞き入れさせることを、頭の中で結論付けた。


「なら、限界になるまで待ってやるよ。息継ぎなしで、ずっと居られっかないしな。⋯⋯手ぇ貸してみ?」

「?」

「お嬢様が苦しくなったら、ちゃんとお知らせできるように。愛しの笙真じゃなくて悪いけどさ! 俺だって、いっぱしの『明かし』だしね。こうすれば、分かるから。いやなら、おんぶにしてもやってもいいけど、どうする?」


 俺ほどは「ぶっきらぼうじゃないほうの別のスバル」を志向した、歯の浮きそうな早口を、()の抜けたアンダースローで、慎重に投げ込んでやる。


 レベッカは、まじまじと俺を見た。

 俺が何を言おうとしているか、五歳児なりに計算でもしているのだろう。


 なんだか、必死になったキツツキみたい。


 俺がそう評価した瞬間、視線が逸らされる。顔どころか首ごと、ぷいっと音がしかねない勢いだった。


「素直なクセに、妙なところでこだわるよね、レベッカ様」


 俺は肩を竦めると、わざと()の抜けた音声つきの言葉で、少しばかり煽りを入れてみせる。

 ちら。レベッカはこちらに、わずかに気色ばんだ耳だけを向けて、それから、濃浅葱(こあさぎ)の袖口を固く握りしめた。


 まだ濡れたままでいるつもりなんだ? ホント、律儀(りちぎ)な子。どのみち、俺は待つだけなんだし、いいんだけどさ。


 今の俺が持たされている、彼女と同じに違いない、大きな鶸色の瞳。そいつを和らげながら、レベッカの出方を、じいっと待つことにする。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 俺の視界のど真ん中で、レベッカは視線を彷徨(さまよ)わせながら、濡れた生地や髪の上で、手のひらを、()ったり来たりさせていたが、やがて。


「⋯⋯、⋯⋯〜〜!!」


 明らかに苦しげな表情になった彼女は、俺に向けて、ほんのわずかに指先を伸ばしかけ、また握りしめる。

 小さく丸まった右のこぶしと、それを覆う左の手のひらが、限界まで尖りきっていた口先に触れ――


 ぷはりっ!


 短くて、大きな破擦音が、空中に響き渡った。

 (あぶく)にならなかった呼気を、完全に上気した表情のまま、不思議そうに見送ったお嬢様は、口元に寄せていたと両手を、恐る恐るといった(てい)で、喉から胸元へと辿らせ、乾いた下草の上に、ペタンとへたり込んだ。

 彼女に合わせて、俺も腰を下ろす。

 二人分の足枷が、金属音を響かせながら動きに追従してきた。


「な。水じゃなかっただろ」

「なかったけど、まだ、信じられない。絶対、息しちゃいけないって、思ったのに。あたし」


 肩を大きく上下させて、呆然と呟くと、俺のほうに視線を投げかけてくる。すっかり相好を崩していた俺と、まだ角の残る彼女の二対の鶸色がかち合う。


「息したのに、リベ、溺れなかった」

「そりゃそうだろ、水の中じゃなし」

「でも、リベは、息したら、死んじゃうはずだった⋯⋯生きてるなんて、へん」

「変って、お前な⋯⋯」


 真面目くさった顔で、妙ちきりんな一人問答を披露しだしたレベッカに、俺は思わず破顔した。


 ここは、あくまで夢の中。


 そんな自覚がないまま「馬鹿の考え休むに似たり」ぶりを、全力で発揮している、小さなお嬢様。

 真っ赤に色づいた、彼女のほっぺたに、俺は指先を伸ばす。


 笙真のことが頭をよぎるが、こいつはノーカン。夢だけに。

 そういうモンだと割り切ってしまう。


「夢の中のほうが、哲学的だなんて、面白いやつだよな、レベッカ様ってさ」

「⋯⋯てつが、てき?」

「違う違う、敵でも鉄でもなくて、理屈っぽいってこと。笙真あたりにそう」


 言われた(こた)ない? 極々気楽に、そう続けかけた俺の手のひらを、レベッカが打ち払った。

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