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【最悪仕様のチート魔法】お嬢様な【俺】と、たたれし恋のメヌエットはデラ・アイロニック ――魔法使いたちの//クロスロード 異世界トリップ篇(D篇)単独掲載版――  作者: 庭廷梛和
第二章 狐の懸想曲 【赤狐さまはご執心】

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【tp30】違える夢の主従ふたりと、兄上さまのノン・マアベラスで憂鬱な貝合わせ

 サンド・グリーンを(にじ)ませたような色合いを経て、コーラルへと変じた(ほの)かな輝きは、灼光(しゃっこう)に届く手前で、忽然(こつぜん)とその姿を消した。


 それもその(はず)だ。思った私の眼前で、レディ・レベッカの瞳が、大きく見開かれるや否や、一気に反転する。最後まで抵抗を維持したがっていた指先まで、糸が切れたように力を失った。

 ……誰がどう断じようとも、ペトロフ家の御令嬢と、彼女に憑いた少年は、発熱に負け、完膚なきまでに目を回していた。


 何一つ、マアベラスではない。


 私は人知れず、ため息を()く。

 つい今ほどまでクラムシェルのようにマーゴットの背の上に重ね合わせられていた小さな体躯。力を失い、途端にずり落ちかけた蛤の上半分(それ)を、鋏から解放された私の妹が、両腕を回してすかさず背負い直した。

 (うる)みきって、薄皮一枚分の意識だけをどうにか留めている令嬢の瞳が、少年の意図によるものだろうか。なおも渇望するような意地だけを、私に投げ掛け続けている。

 縋り付くのではなく、いっそ可笑しく思えるほどに滑稽で物狂しげな経緯(いきさつ)を見定めるため、私は妹へと視線を転じることを決めた。


「マーゴット」

「答えたく、ありませんわ。ならぬと仰られてもです」

「ならば、妹殿の主殿を起こして、直接問い質すとし」「なりません! ――お嬢様は答えられるお加減ではありませんもの」

「なる、ならぬを決めるのは私だ、マーゴット。私は、アデリー家の当主として、君に尋ねているのだけど?」


 私は、氷みたいな兄の視線が背中に突き刺さるのを感じながら、レベッカお嬢様の身体を寝台へと横たえる。


 ひどく汗をかかれた、お嬢様のお召し替えを理由に、退出を促してやろうかしら。


 背後から投げかけられている兄様のペールブルーの眼差しはもちろんのこと、熱と一緒に、ポーリャ殿の意識がぼんやりと浮かんでいるかもしれない、黄とも緑ともつかない、お嬢様の瞳とも目を合わせたくない気持ちのまま、私は考えを巡らせた。


 やめるべきよ、マーゴット。兄様のことだもの。父様そっくりの朴念仁を装って、子供の着替えだから立ち会うとでも、言い出しかねないわ。


 内心で首を振って、自分自身と、減らず口を叩いた想像の中の兄の両方に、即座に「却下よ」と告げる。

 てきぱきと動かしている手がもどかしく思えるくらい、ゆるゆるとした思考を必死に働かせながら、どうしたらいいか。そんな模索を私は続けていた。


 ケフケフ……カハッ! 寝台に寝かされていたお嬢様が、苦しそうに咳をするくぐもりが、私の目線をつき動かした。

 さっき私にすごんでみせた、ポーリャ殿の振る舞いが嘘のように、お嬢様の肌には、色が見当たらなかった。

 艶の失われた、紅いお(ぐし)の上に()せる小さなレベッカ様。


 あまりに、おいたわし過ぎる。


 彼女に嫉妬を覚えたばかりの、今しがたの自分に、ここ数日でいっとうに嘆かわしい、情けなさを覚えて、私は両手をぎゅっと握り締めた。

 出水先生の御同伴に(あずか)って、昨夜、少しだけ(たしな)ませてもらったシャルトリューズ。それによく似た淡い色合いが、沈黙に飲まれそうになりながら、私を追視してきた。かわらけ色に褪せた唇が、微かにうごめく。


「ペギー……」


 ポーリャ殿と、レベッカ様。どちらの声かもはっきりしない、精彩の欠けた呟き。

 はっとした私に合わせるように、お嬢様の丸みを帯びた瞳が、少しだけシャープな光を(はら)む。

 レベッカ様であって欲しかった。そんな願いを見透かすわけのない、(みどり)掛かったカナリーイエローの双眸(そうぼう)が、気遣わしげに私を見つめている。

 そこにいるのは、いずれにしたって、元のレベッカ様でない。私は落胆しかけながら、お嬢様の胸元に掛けられていた毛布の端を、ぐいと引き上げる。


「⋯⋯(わり)ぃ⋯⋯おまえの、スバルの振りで傷つけて⋯⋯⋯⋯」


 その刹那。掠れて途切れ途切れになった声が、やけにはっきりと私の鼓膜を穿(うが)ってきた。

 ポーリャ殿が口にしているに違いない、刻み込むような言葉を最後に、レベッカ様の呼気がすとんと穏やかになる。


「眠ったのか」

「ええ、そのようで」「ミクス・スヴェトラーナは何を謝ったのだろうな。なあ、妹殿?」


 統はもちろん、ポーリャ殿とも全然異なっている、心を掻き乱すだけの、相当に悪質な口調。兄様が被せるように(うそぶ)いてきたのは正にそんな一言だった。

 私の脇をすり抜けて、レベッカ様のお(ぐし)(すく)おうとした兄の手を、半ば反射的に、魔法で撃ち払う。

 普段とはまるで別な、半眼に研がれきった私の魔力で、間違いなく指先を弾かれたはずのデイビッド兄様が、私への返事のつもりなのか、隣に腰を下ろしながら、思い切り肩を(すぼ)めてみせた。

 平然を装いきれなくなった私は、包帯を巻かれた右手で、目尻を粗く拭って、(うつむ)くことしかできなかった。


      ◇


 アデリー家の当主たる長兄として、背中を丸めてすっかり悄気(しょげ)返ってしまった妹を、放置する(いわ)れなど、私に存在するべくもなかった。

 彼女の隣へ並べた、華奢で質素な丸椅子に腰を据えたばかりの私は、ひりつく指の先を、手の甲とともに、ひらひらと振ってみせる。


鎌鼬(ラム・ド・プリュム)でなくても、痛いものは痛いのだよ、マーゴット。私が体面を失わずに済んでいるのは、君との加減いうより、この革手(グローブ)のお陰だけれどもね」


 マーゴットにしては、珍しくも荒々しい、魔法が巻き起こした小さな(つむじ)風を引き合いに、婉曲な不満を伝えて()る。


 とはいえ――当の本人がこれではな。


 音が聞こえそうなほど、(した)かに(こす)った所為(せい)だろう。アカネ色が差している目元が、ようやく視線を戻してくる。

 平素と変わらぬ眼差しをどうにか取り繕ろう。終始そう腐心しているのを別にすれば、全く(かんば)しくない妹のありさまに、私は、心の(うち)で盛大にクリック音を打ち鳴らした。


      ◇


 天蓋のように涙膜を覆う、レベッカの瞼。

 その手前に(しつら)えられた、ささやか過ぎる踊り場に、俺は、立たされていた。


 (かす)かにあかく、けれども決して明るいとは()えない光が、辺りへ、じんわりと降り注いでいる。

 開く気配のない眼裏(まなうら)の向こうが、ひときわ陰影を帯びた。

 眠っているこの体の両目なのか、顔ごとなのか、わからないけれど、誰かに手を(かざ)されたみたいな揺らぎ。


 ⋯⋯参ったな。今は、表に出ることも、叶わないらしい。


 悟らされた俺は、殊更(ことさら)に外を窺おうと頑張っていた目線を下げ、ゆっくりと「後ろ」を振り返った。

 俺が立ち尽くしている踊り場から、下方に向かって、緩やかな階段が延びている。


 心の最奥(さいおう)へと繋がる、きざはしの一番先には、俺の秘密を丸抱えにした石造りの小さな祠が――「あったはずなのに、水浸しじゃねえか」


 レベッカの眉間をひたすらに苛み続けている、頭痛を伴った熱。

 お嬢様の体にへばりついている、もう一人の特権よろしく、重苦しい温度を、存分に味わわせてもらい中の俺は、短くぼやきながら、足元を(さら)うように、視線を走らせた。


 ほんの少し前に、俺を押し退けてまで大号泣を披露した、お嬢様の心象に()るものなのだろう。


 見通しなんて、一向に利かない、真っ黒な(フチ)が、ずっと先のほうまで続いている。

 遥か彼方に向けた目線を、あらためて傍らへと転じ直せば、薄い瞼越しに、差すように落ちている燃えさし色の暗がりの中、金と銀の尾を引いた光がひっきりなしに水面の上を錯綜(ゆきか)っていた。

 二〇五〇年の宮代家で、最標準式とされる、EAPを用いた走査型の「読み」の手法。


 スマホとの連系図に、なんだかよく似てる(そっくり)――。


 静まり返りながら、広がる景色に、そんな印象を抱きかけた、次の瞬間。カチャリ。俺の足元に硬く、生温(なまぬる)い感触が唐突に現れた。

 思わず目をやれば、バーントシエナの(きら)めきが一束(ひとたば)。足首に、がっちりと、食い込んでいた。


「⋯⋯⋯⋯!」


 反駁(はんぱく)が許されるより早く、強い力で、水底へ引き()り込まれる。

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